第二夜 29

 黒正は頭が痛くなったのち、呆れた。心底呆れた。本当に犬も食わんやつだ、と思った。何故、遙は見ているだけで疲れるこのような二人を見ているのだろう、と黒正は不思議に思ったが……そこで何かに気がついた。 ──ああ、女の腹に『子』がおるのか。  遙は顔を赤くさせたのち、心配そうに、それはそれは心配そうに二人を見つめた。女の腹にいるのはどうやら喧嘩相手の男の『子』で、女はそのことを目の前の男に伝えられていない。遙が叶えようとしている『願い』は腹の『子』が無事に育って産まれてくることのようだ。だが、この喧嘩で腹の『子』は小さいながら、ひどく|怯《おび》えている。それを心配しているようだ。 ──……。  黒正は息を吐いた。相変わらず、詰めが甘い、とそう思った。黒正は|徐《おもむろ》に目を細め、|僅《わず》かに左手の指先を動かした。すると西から突風が吹き──春の黄砂混じりのその強い風に、痴話喧嘩をしていた男女も、その男女を見つめていた遙も思わず目をぎゅっと閉じる。まるで生き物のような風に髪も服も|攫《さら》われて──それぞれが風に背を向け、体を|強張《こわば》らせた。そして、その風によって、遙の目がそれた|隙《すき》に、 「こういうのは、元をしっかりせねば解決せんのだ」  そう小さく苦く呟きながら、黒正は男女の頭上にある赤い『糸』を……|緩《ゆる》んで|解《ほど》けそうになっている『糸』をその節ばった手でしっかりと結んだ。|解《ほど》けないようしっかりと、切れてしまわないように念をこめて、丁寧に結んだ。 「『子』は二人の宝だろうに」  黒正が結び終えると、風は止み──同時に女は泣き出した。うっうっ、と泣き出して、 「あんたが嫌い、無頓着なあんたが嫌い、大嫌い」 「……マミ」 「でも嫌いなあんたの、あんたの赤ちゃん、お腹におるん、産みたいん、この子と家族になるん」 「え……あ、ええ?!」 ──たわけ、女が泣き出したら問答無用で抱きしめろ。  黒正は、今度は人差し指をすい、と上げて、あたふたする男の体を動かす。男がそのままぎゅっと泣く女を抱きしめた。 「あ……マミ、俺はお前が好きや、お前しか好きやない、信じられへんかもしれんけど、お前しか好きやない」 「……」 「ゆっくり、これからゆっくり話しよ、高いのは無理やけど結婚式して、ベビーグッズ買って、あ、家も、家も家族三人で暮らせる家に住んで……」 「……」 「お前が俺のこと嫌いでも、俺はお前が好きや」 「……アホ」  ホンマにあんた、アホやわ、とそう言って、女は泣きながら男の胸に顔を埋めた。       *

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この作品の評価

34pt

毎日楽しみにしていました🎵とても好きな作品でした🤗こ

2020.04.05 23:26

のんこ

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