オオカミ様がいた村 | 発展都市イナリ
降雪 真

大都市イナリへ

「ここがイナリか」  カズイシ村を屍龍が襲撃してから一月ほど後、アユムは大都市イナリまでやってきていた。  その手にはクオンから貰ったお守りと、2つの神石が握られている。  屍龍を倒し、クオンを看取った後、アユムはヨミとクオンの魂に対し分け御霊の儀を執り行った。いつまでも2人と共にいたかったからだ。   儀式を行った後、アユムはぼろぼろになったクオンの家で抜け殻のように過ごしていた。以前と同じ生活を取り戻そうとするのだが、何かしようとする度にクオンの顔がちらつく。たまらず家を飛び出すと、瓦礫の海がある。元の面影などまるでないのに、微かな残響がアユムの気持ちを優しく逆撫でる。  クオンの家でまんじりともせず、神石を握りしめながらその優しい明かりを見つめる日もあった。  神石の温もりはゆっくりとアユムの心を癒してくれたのだった。 (僕は何で生きているんだろうか?)  サリナとクオンの最期の言葉を思い出す。 (僕は生きている。皆の分も、生きていかなきゃ駄目なんだ)  2人の言葉がアユムの背中を押してくれた。  アユムは気持ちを奮い立たせ、小屋に残っていたわずかな食糧とハチミツ、お金になりそうな毛皮を鞄に入れて旅立ることにした。  さらに鞄の中には大きな魔石が入っている。旅立つ前日、アユムが村を回っていると屍龍がいた場所に怪しく輝く何かを見つけた。躊躇いつつも近づくと、そこには以前シスターが持っていたものと同じ、妖しく紫色の光を放つ魔石があった。その光は美しいが、どこか気持ちを底冷えさせるものだ。 (いつか役に立つかもしれない) アユムは魔石にどこか引き付けられつつも、直接持つ気にはなれず、すぐに袋の中に入れて固く口を縛って鞄の奥底に仕舞っていた。 ※  近くまで来て改めて街を見上げると、大都市イナリはアユムたちが噂していた以上に大きな街だった。石でできた城壁は高く、見上げれば首が痛くなるほどだ。アユムは首からぶら下げたクオンから貰ったお守りをぎゅっと握った。  門の前にはたくさんの人だかりがある。旅人だろうか、アユムのように身軽な者もいれば、大きな荷車を率いた商人もいた。アユムはどうしたらいいかわからず、そわそわと辺りを見渡していた。 「旅人さんですか?」  声をかけてきたその男は年頃はクオンと同じ40代くらいのひょろりとした体型をして、質のよさそうな衣服を身に纏っていた。 「驚かせてしまってすみません。私はこの街で商店を営んでおります、ヨーグと申します」 「あ、僕カズイシ村から来ました。アユムと申します」  あたふたとしながら、失礼のないように気を付けながら答える。 「初めましてアユム君。なるほど、カズイシ村ですか…」  一瞬ヨーグの目が鋭く細められる。 「それは随分遠いところからいらっしゃったんですね。この時期にわざわざどうされたんですか?」  さっき見たのは目の錯覚だったのだろうか。ヨーグは感じのよい微笑を浮かべながら首を傾げる。 「……カズイシ村は、もうありません」  申し訳ないようにアユムは答える。 「あっという間のことでした。突然村に屍龍がやってきまして」  するとヨーグは途端に顔を曇らせ顔を伏せた。 「それは失礼しました。さぞかし大変だったでしょう。屍龍は恐ろしい魔物(モンスター)と聞きます。何故そんなところに…。あなたはご無事でよかった」 「大切な人たちが、命を賭して鎮めてくれました」  アユムもまた、俯きながら答える。だからそのとき、アユムの話を聞きヨーグの目が怪しく光ったのに気づくことはなかった。  ヨーグはとても親切な男だった。入門のための列に並んで待つ間、街についていろいろなことを教えてくれた。驚いたことにレイたちが旅立った春以外の時期に街へと入る場合、税金を支払わなければならないようだ。その額なんと銀貨1枚。マリの宿屋であれば、食事付きで2泊はできそうな金額だ。現金などほとんど持ち合わせておらず困り果てたアユムを見かねて、ヨーグはその場で毛皮を買い取ってくれた。 「これはいい毛皮ですね。これほどのものは市場にも滅多に出回りません。よほど腕の立つ狩人の手によるものでしょう」  アユムは自分のことのように喜び、顔をほころばせた。 「そうですね、これなら全部で銀貨30枚はお支払いできそうです」 「そんなになりますか!」  アユムはいままで聞いたこともない金額に目を白黒させた。 「これも何かのご縁ですから、頑張らせていただきました。ほかにも何かあれば高く買い取りますよ」  ヨーグはアユムの鞄を見てさりげなく言った。しかし心当たりといえばハチミツしかない。 「いえ、あとはめぼしいものはないですしもう充分です」  アユムは笑顔で答える。現金はあるに越したことはないが、ハチミツが惜しかったのだ。 「そうですか、それは残念。それでは何かありましたら、ヨーグ商店までぜひお越しください」  アユムとヨーグは固く握手を交わした。  こうして、予想外のトラブルはあったが、ヨーグの手助けもありすんなりとイナリに入ることができたのだった。  イナリでは街に滞在するにあたって身分証が必要なようだった。市民となるには住居と税金が必要だ。しかしそれには土地と家を買うためのとても払いきれないような初期費用が必要だ。そのため街へやってきた村人は大抵、まず冒険者ギルドに登録するらしい。  冒険者ギルドとは街で困ったことを一手に請け負い、所属しているギルド会員に依頼として割り振る組織のようだった。  アユムは早速ヨーグに教えてもらった通り、街の大通りを進み街の中央にある冒険者ギルドへと向かった。  イナリは街中も話に聞いていた以上に発展した都市だった。その様子はどこかアユムがTVで見た、かつての西洋都市に似ている。門を抜けると石畳が敷き詰められた大通りを盛んに荷車が行き交い、道に沿うように歩行者用の道路があり、村では考えられない程高い建物が並んでいる。  建物の1階部分には商店が多いようだ。美味しそうな匂いを漂わせ、威勢のよい掛け声とともに物が売られている。どこを見ても人人人。まるで祭りのような賑やかさだった。

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7pt

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