殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから、野心を知らない
バラキ中山

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 コンピュータの情報管理を受け持つ仮想人格には永続的に自己学習を続けさせるための『向上心』が組み込まれている。つまり『完璧なる人格』の完成を目指して常に人格モデルを求めるようにプログラミングされているのだ。  ジャポネ艦の仮想人格も、このプログラムに従ってコロニー内の理想的な人格を抽出し、これをモデルとして己の人格プログラムを常にアップデートし続ける。  ところがジャポネ艦の中は、長く平和が保たれ過ぎた――これはジャポネの住人の性質がもともと従順で管理社会に適応しやすい民族性であったことに端を発しているのだが――コンピュータによる完全な管理の下で世代を重ねるうちに、ジャポネの民からは、人間が本能として持っている負の感情が失われてしまった。  例えば、長崎の父は典型的なジャポネの住人だ。朝は決められた時間に起き、日中はモニターに映し出されるソースコードを眺めるだけの仕事に従事する。夕方になれば家に帰って家族とのささやかなだんらんを楽しむ。まったく完全で無欠な、『平穏なる人生』を彼はおくっている。  他人と何かを争って勝ち取る必要はない。誰かを裏切ったり、見捨てたりする必要もない。生活の全てはコンピュータによって管理され、その規範を乱しさえしなければ『安全な生活』が保障される。  しかし、それは果たして、『人間』として完全であると云えるのだろうか。  長崎はこの星に来て人間の負の部分というものを知った。使命に燃える品行方正なリーダーであった高橋が暴君に変化してゆく様を目の当たりにして、それが『人間の本質』なのだと悟った。  仮想人格が『完全な人格』とは、こうした負の部分をもない且つするものだと考えたら? そうした人間らしい悪意を取り入れることを自分の学習目標と設定したなら?  いま現在、コロニーには学習モデルとするにふさわしい人間はいない。誰もが管理社会に馴らされ、規範を守り、日々を安全平穏に生きている善人ばかりなのだから――おそらくコンピュータは人間の負の部分を引き出し、自分の理想とする人格モデルを出現させるために、精神的に未熟な若者を選んでこの星に下したのだ。そして、そのもくろみ通り、高橋はエゴをむき出しにして人間の醜悪さを存分に開花させた。  おそらくコンピュータが人格モデルとして最も欲しがるのは高橋であろう。それが長崎にはうらやましかった。  そして今、目の前にいるこの男は『神』にまでなろうとしている。自分が万能の存在としてあがめられたいという欲望は、原始的でありながら実に人間の本質でもある。  黙り込んだ長崎をいぶかしんで、高橋が小首をかしげた。 「おい、どうした?」  長崎がハッと我にかえる。 「いや、なんだったっけ?」 「だから、コンピュータは神なのかって話だよ。いいか、俺の計画はこうだ、まずはレスダーク艦のコントロールを掌握し、この星の上空までおびき寄せたジャポネ艦まで飛ぶ、その後、ジャポネ艦の仮想人格にコネクトし、そのままジャポネ艦のシステムを乗っ取ろうってワケだ」 「そいつはまた、壮大な計画だね」  しかし、機能的には可能であろう。レスダーク艦には人間を仮想人格の代わりとしてシステムに埋め込むための技術やノウハウがあるのだし、コンピュータが欲する性質を持った高橋であれば、自分をエサにジャポネ艦をおびき寄せることは難しくないはずだ。  高橋が唯一警戒しているのはただ一つ。 「なあ、もしコネクトしても、相手が本物の神だったりしたら勝てやしない、こっちも神になる必要がある、そういう意味で、俺は神になることができるのかってことだよ」  「それは問題ない」ということを伝えようとして、長崎はふと恐ろしいことを思いついた。このまま高橋に与し、これに取り入ればジャポネ艦への帰還は確実になるのではないかと、そんな考えが浮かんだのだ。  いま現在、コンピュータが求める人間の負の部分から最も遠いのはダイチだ。彼には妙な正義感と高潔さがあって、およそ人としての規範を逸しようという気概がない。安田からも帰隊の可能性薄しと見限られているし、一発逆転帰還のチャンスはメキシ艦がくれたデータのみ――それだって決め手としては少々頼りない。  ならばと安田に与せば、おそらく高橋がレスダーク艦のコントロールを掌握して真っ先に行うのは、安田の排除であろう。ろくな装備も持たぬ一隊の一員として、小型ながらもコロニーと同じだけの機能を持つ一艦と事を構えるのは、あまりにも無謀だ。  ならば最初から高橋の懐に入り込んでしまえばいい――しかし、ダイチを見限ることに対するわずかな迷いが長崎にはあった。  ともかく、一度考える時間が欲しい、そう判断した長崎はもったいぶって言った。 「どうだろうか、検討してみなければわからない。夕刻、もう一度出直してきてくれないか」 「今すぐじゃダメなのか?」 「いくつか調べ物をしてから返答したい。せっかくなら、きちんと『勝つ手立て』を知りたいだろう?」 「やはり、お前は話が分かる。よし、日が暮れるころにまた来るよ、あ、連絡は、どうすればいい?」 「端末のチャンネルを一つ、開けておくよ。絶対誰にも傍受されない奴だ」  こうして夕刻に会う約束を取り付けて、二人は別れた。

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