剣奈々の現状

 関東近郊のとある田舎町の傍ら。  一見すると古ぼけた倉庫にしか見えないその建物には、その外見のボロさとは不釣り合いなほどに立派な木製の看板が立てかけられており、そこには 『ヴァルキリー女子プロレス』  と、筆で書かれていた。  そこには今、数人の人物が出入りしており、その倉庫の中央部分に何かを組み立てている最中だった。 「しかし、ゴージャス世田谷にはしてやられたわねぇ」  複数本のロープを、倉庫前の横に止めているトラックの中から運び出しながら、神野五月雨は大きなため息をついていた。 神野五月雨  リングネーム同じ  細身で長身の手足から繰り出される数多の関節技で相手を冷酷に締め上げているファイトスタイルは、関節冷女と呼ばれ、一世を風靡したが、最近は主に中堅どころに落ちついた感じが強い30代後半のベテランレスラーである。 「そのことはもう言うな……すべて私の不徳のいたすところだ」  そんな神野に、組み立て中のリングの上から、剣奈々が声をかけていく。  剣奈々  リングネーム:ブレード奈々  ヴァル女の社長にしてレスラーの彼女は、痩せマッチョな体躯を駆使したストロングスタイルは一部に熱狂的なファンを持っていた。30代後半ながらもその闘志はまだまだ燃えたぎっているのだが、度重なる怪我には勝てず、ここ数年は休場を繰り返し続けていた。  神野は、リングを黙々と組み立てている剣へ視線を向けると 「いえいえいえ、言わせて頂きますわよぉ。そもそもゴージャス世田谷のヤツ、大手のスポンサーを見つけたんなら、まず社長であるあんたに報告すべきだったはずでしょ?  それがよ? こともあろうに、そのスポンサーをうまいこと抱き込んで、自分をエースにした新団体『ゴージャス女子プロレス』を設立してよ、ウチの選手までごっそり奪っていくなんて、絶対におかしいわよ!」  そう言いながら神野は、持って来たロープを地面に叩きつけた。 「んでぇ、ヴァル女に残されたのはぁ、  廃棄予定だったズタボロのこのリングとぉ、  物置代わりに使ってたこのボロボロの倉庫とぉ、  車検切れ寸前のオンボロ2トントラックだけ……  逆にぃ  新築したばかりだった選手寮やらぁ、  道場やらぁ、  常設会場までもぉ全部全部ぜ~んぶ、世田谷のヤツがスポンサーの金を使って奪い去っていったのよぉ? これを黙っておけっていうのぉ?」  神野は、両手を広げながら、剣に向かって声を荒げていく。  だが、剣は、黙々とリング設営作業を続けながら、 「なってしまったものは仕方あるまい」  それだけ言うと、リングの設営作業を続けていった。  その様子に、神野は再度ため息をつくと 「あんたが自分の後継者にって、特に目をかけてた岡野なんてぇ、あのビジュアルしか能がなかったユイと組まされてぇ百合カップルレスラーで売り出されるそうよぉ?……ホント、あの世田谷の脳みそお花畑の考えることはわけわかんないわぁ」  すると、  剣はそこで手をとめると、神野へ視線を向けた。 「五月雨よ」 「何ぃ? 奈々。怒った?」 「その、『ゆりかっぷる』というのはどういう意味なんだ? さっぱりわからんのだが?」  そう言いながら、首をかしげていく。  そんな剣の言葉に、神野はガクンと肩を落とすと 「……あ、あんたはぁ、学生時代からそうだったわねぇ……格闘技以外まったく興味がない脳筋だったわねぇ」  そう言いながら、再度大きなため息をついていく。  剣は、そんな神野へ視線を向けたまま 「まぁ、そのゆり云々はおいておくとしても、ウチにだって1人、新人は残っているじゃないか」  そう言うと、道場の端を親指で指し示していく。  そこでは、  1人の小柄な少女がスクワットを続けていた。  都内から荷物をオンボロトラックに積み込んで、この倉庫に到着してから1時間少々。  剣と神野が練習のためにリングを設営し始めて10分少々。  その10分少々をスクワットに費やしている少女は  顔面が真っ赤になり、足がプルプル震え、すでにまともなスクワットが出来る状態ではなくなっていた。    神野は、そんな少女を見つめながら 「……奈々ぁ……スクワット30回であの状態の門前(もんぜん)が、よぉ? 本気でものになると思ってるのぉ?」  訝しそうな声をあげていく。  そんな神野の声を聞きながら剣は 「そうだな……とりあえず私がマンツーマンで1日20時間もトレーニングしてやれば、半年もすれば少しは使えるように……」  そう言い始めたのだが、  その言葉が耳に入ったらしい、その少女、門前薫子は 「か、か、か、勘弁してくださいぃ!? そんな一日20時間も練習したら死んじゃいますぅ。  私、ゆとり世代なんでぇ、のんびりまったり大器晩成コースでの育成を節にお願いするのですよぉ」  床にへたりこみながら、情けない声をあげていく。  それを見ながら神野は 「……だ、そうですけどぉ?」  そう言いながら肩をすくめた。  リングの上で、剣もまた 「ぬ、ぬぅ」  うなり声をあげながら腕組みしていったのであった。  ちなみに、この少女  門前薫子  ヴァルキリー女子プロレスに今年の春入門したばかりの練習生。  小柄でやせっぽちで、基礎体力もさっぱりの彼女なのだが、商業系の短大を卒業し、簿記・経理関係の資格をかなりの数取得している履歴書を見たフロントが、事務員志望者と勘違いして採用されていたのだった。 ◇◇  リングを設営し終えた一同は、軽く練習を行った。  都落ちし、3人になってしまったとはいえ、そこは元トップレスラーであった剣と神野。  日々の鍛錬は一切欠かすことなく、ストイックに体を鍛え上げていたのだった。  ちなみに  そんな2人を羨望の眼差しで見つめながら、その練習についていこうとしていた門前は、開始早々に行われたストレッチの1つ、股割で動けなくなり練習開始20秒でリタイアしていたのだった。 ◇◇ 「……しかしあれだな、プロテインを買えなくなるのはちと辛いな」  近所のスーパーで食材を買い、倉庫へ戻りながら、剣はう~ん、と考え込んでいた。  そんな剣に、神野は 「仕方ないでしょお? お金がないんだからぁ。スポンサーをあてにして施設に先行投資しまくったもんだから、会社のお金、すっからかんなんだもん。しかもその先行投資した施設も、今じゃぜん~んぶ世田谷のヤツに持ち逃げされちゃったしねぇ……というわけで、今はバナナで我慢よ、が・ま・ん」  そう言いながら、お買い得品で購入したバナナの1房、剣へ差し出していく。 「で? 今日のメニューはなんだ?」 「とりあえずぅ、鶏団子の寄せ鍋かしらねぇ。どうせ奈々はぁ、相当食べるでしょうからねぇ」  神野は、バナナを早速ぱくついている剣に向かって苦笑していく。  すると、そんな2人の会話を後方で聞いていた門前が、ぱぁっと顔を明るくしながら 「神野先輩の鶏団子大好きです! うわっほ、テンションあげあげですよぉ」  嬉しそうに声をあげていく。  そんな門前を肩越しに振り返りながら、剣は 「……さっきまで、股が痛い股が痛いと泣きそうな声で言ってたくせに、げんきんなやつだな」  そう言うと、その顔に苦笑を浮かべていった。  そんな剣に、門前は、肩を怒らせながら 「股は痛いですぅ! でもぉ、神野先輩の鶏団子へのアゲアゲな気持ちがそれにまさっちゃったのですよぉ」  そう言い、神野の鶏団子の味を想像したのか、その顔ににへらぁと笑みを浮かべていった。  そんな門前に、神野は 「この子の、こういうとこはレスラーにむいてるかもって思うわぁ……あんま認めたくないけどねぇ」  そう言いながら苦笑していく。  後方で、  とっりだっんご~♪ とっりだっんご~♪  と嬉しそうに歌いながらスキップしている門前引き連れ、倉庫への道を帰っていく3人。  そんな中、 「……奈々ぁ、これからどうする?」  そう声をかけていく?  剣は、そんな神野に視線を向けていく。 「どう、とは?」 「このままヴァル女を続けていくかってことねぇ」 「このまま、か……」  神野は、一度ため息をつくと 「はっきり言うけど、私とあなた、そして門前の3人しかいない状況では、興行なんて出来ないわよ?  どっかに助っ人を頼むぅ?  でもぉ、頼むお金もないわよぉ?  それにぃ、金を持ってる世田谷に遠慮してぇ、私達に協力しようって団体もないんじゃないかしらねぇ?」  そこまで一気に言うと、神野は再度ため息をついた。 「…いっそ、海外に行って、しばらくサーキットでもしてみるぅ? 少しはまとまったお金が手に入るかもよぉ?」 「……海外か、それも面白いかも知れないな」 「あ、あの! あの! か、海外でしたらこの薫子、恥ずかしながら通訳としてお役にたてると思いますぅ」  2人の会話に、門前が嬉しそうに腕を振りながら割り込んで来た。 門前薫子  英語だけでなく、ロシア語フランス語中国語韓国語も話せるという……まさになぜ女子プロレスラーになろうとしているんだ? を地で行く練習生なのであった。 「そうだな……海外で金をかせぐのもいいが、海外にプロレスを広めにいくのもいいな」  剣はそう言うと、空を見上げた。 「プロレスを知らない人々しかいない世界に飛び込んで、女子プロレスの素晴らしさを伝え、そして逸材を見出し仲間に加えていき……そしていつか、ヴァル女を誰もみたことがないような史上最強の女子プロレス団体にして、世界中をサーキットするんだ……」  そう言いながら、剣は遠くを見つめる眼差しをしていく。  神野は、そんな剣を見つめながら、 「……あなたは変わらないわね……学生時代からの夢よね、それ」  そう、声をかけていく。  そんな神野に、剣は 「夢を見て何が悪い? 夢がなきゃ人生なんてつまらんではないか」  そう言うと、その顔に満面の笑みを浮かべた。  その顔を見つめながら、神野もまた、つられるようにその顔に笑みを浮かべていく。 「……そうね、確かにそうかもね」 「そうですよ! とても素敵な夢だと思います! その時は不詳私、門前薫子も必ずお供いたしますよぉ」  2人の後方で、門前も満面の笑顔を浮かべていく。  神野は、そんな2人を交互に見つめると、 「……とりあえず、その第一歩としてぇ、まずは家に帰って晩ご飯にしましょうかねぇ」 「そうです! 鶏団子なのです!」 「そうだな、今日は1日あれこれあったから腹がへったな」  3人は、笑い合うと、倉庫へと戻る足取りを速めていったのだった。 ◇◇  その夜  3人はリングの上に布団を敷いて寝ていた。  この倉庫には部屋がなかったため、仕方なくこうしたわけなのだが、  昼間の引っ越し作業からの練習  加えて、晩ご飯で満腹になったこと  そんなことが重なったためか、皆は、2つの布団に3人で横になりながら、ぐっすりと寝入っていたのだった。  ……剣奈々さん 「……ん?」  誰かに呼ばれたような気がして、剣はゆっくりと目を開けた。  すると、  門前が上下逆に寝入りながら、剣の顔面に足をのせた格好で熟睡してた。   剣は、苦笑しながらその足を自らの顔から外すと、再び目を閉じた。  すると  ……剣奈々さん、起きてください  今度は、声と同時に自分の体が揺り動かされるのを感じる剣。  その瞬間  剣は跳ね起きると、自らの体に手を添えていた何者かを捕らえ、瞬時にリング上に押さえつけていく  すると 「あ、あだだ、あだだだだだ、ちょ、ちょっとまってください、剣奈々さん! わ、私敵じゃないです、泥棒でもないのですよ!」  その人物は、剣にマットに押さえ込まれながら、同時に右腕を完璧に固められてしまい身動きをとれなくなっており、懸命に声をあげていた。    だが、剣は  その人物を拘束している手足をはずそうとしないまま、その人物を観察していく。 ……みたところ、若そうな女だが……なんだ、この服装は?  子供向けアニメに出てくる魔法使いみたいな格好だな……  剣は、その女を拘束したまま 「……戸締まりはしっかりしていたはずだ。貴様、どうやってこの倉庫の中に侵入した?」  そう、声をかけていく。  そんな剣に、女は 「わ、私、魔女魔法出版に勤務している魔法使いですから、それくらいならお茶の子さいさいなのですよぉ……、と、とにかく、この拘束をといてもらえませんか? マジ肩がやばいんですけどぉ」  そう言うと、今にも泣きそうな顔をその顔に浮かべながら、剣に向かって懇願するような表情を向けていたのだった。  剣は、そんな女を見下ろしながら 「魔女魔法出版の魔法使いだと?」  怪訝そうな表情をその顔にうかべていったのだった。

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女子プロモノいいですね♪可能なら豊田真奈美のあの技っぽいの小説での描写が読みたいてすリングの上をクルクル回っているホールドする『ジャパニーズオーシャン……(技名が長いので省略)』

2019.12.27 22:40

楠本恵二

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