謎の訪問者

「坊っちゃま、坊っちゃま、朝ですわよ。起きて、起きて。」 「ふぁっ、お袋、なに学校来ちゃってるんだよ?ムニャムニャ…。」 「坊っちゃま、何寝ぼけた事おっしゃってるざますの?いい加減起きろや。コラァ。」 「え、え、一体全体どうなっているんだ!わし、わしは今、学校に居たはずなのにいいいいいいぃぃぃぃぃ!」  西方氏の母、トカチェリーナの必死の呼びかけに、西方氏はようやく目を覚ました。彼は部屋に掛けられた古びた時計に目をやると、針は6時10分を指していた。確かに、いつもより10分寝坊だ。トカチェリーナが心配のあまり息子を起こしに来たのである。  西方トカチェリーナは外国人風の名前ではあるが、彼女は生粋の日本人である。背丈は中肉中背、髪は向日葵の様な真っ黄色でソバージュ。化粧は濃いめで顔を真っ白に塗りたぐり、瞼には本物にしか見えない目が描かれている。西方氏の住んでいる地区は中流家庭が多く、この様な出で立ちは決して珍しくは無い。むしろ、多いほどである。彼女の名前から個性は非常に強い事は容易に想像がつくであろう。ここで、名前について由来を話しておかなければなるまい。  西方トカチェリーナこと旧姓、八甲田トカチェリーナは、とある村で教師である父豪太郎と占星術師である母由美の元に生まれた。トカチェリーナが生まれた日、由美がベッドで休み、使用人が由美を部屋で見守っていた時の話である。 「元気な女の子が無事産まれましたね。あたい、あたい、うれしいですわ。」 「あら、貴方がそんなに喜んで下さるなんて、あたす、あたすだって涙がでちゃうじゃない。」 「あら、由美様ったら、あたいの為に涙なんて流さないでおくんなまし。あたいは一介の使用人の身、あたいが由美様の事を自分の事の様に喜ぶのは当然の事でありんす。」  その時である。何処から入ったのかは分からないが、一匹のトカゲが、綺麗に磨かれた木目の鮮やかな床の上を、トコトコと足早に駆け抜けていった。 「え、え、今の何?見た?見たでしょ?何処、何処いったの?」 「はい、奥様、トカゲですね。奥様の横たわるベッドの下に入り込んだので今は突き当たりの壁を登っているところでしょうか?そろそろ見えるのでは。」  間も無く、使用人の言う通り、トカゲが漆喰の塗られた白い壁をベッドより高い位置までよじ登り、姿を見せた。 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」 「奥様、大声を出さないでおくんなまし。窓が開いているので、今そこから出て行きますわよ。きっと。」  使用人の言葉に、由美は平静を取り戻し、トカゲが窓から出て行くのをそっと見守った。そしてトカゲが窓から出たのを確認すると、使用人を近くに呼び、窓からトカゲが何処に行ったのかを見るように言いつけた。 「はい、奥様。しっかり見ていますわ。あら、御庭の木に登り始めたわ。」 「あーた、あなたね、報告はいつも明確にしなさいと言ってるわよね?この場合はね、何の木に登ったのか報告してくれないと、あたす、困るでしょ。庭にはたくさんの木があるんだから。」 「奥様、申し訳ございません。あたい、木々に関しては勉強不足なもので。あれは、何の木かしら、根元に…、白地に青が鮮やかな大きな鉢が近くに置いてありますが…」 「それ、チェリーな。チェリーの木な。ムスッ」  この出来事の直後に、由美は生まれた女の子の名を、トカチェリーナと命名したのであった。

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