『広島県呉市の片隅に』戦争体験を受け継ぐ

  合唱サークルで、雑談していたとき、戦争体験談を聞くことがあった。話し手は80代のおばあちゃんで、呉に住んでいたらしい。 彼女は、寝るときにも枕元にリュックと防空頭巾を置いていたという。昭和19年から20年のころ、空襲警報が鳴ったなら、真夜中であろうと着の身着のままで飛び出し、山の中の防空壕へ。パジャマで寝たことがないという。彼女は、「母から聞いた話だが、防空壕を堀りに来て、専門の人が崩れないように仕上げた」、というのである。  B29 も爆弾を市街に落とさず、わざと海に落としたというのだった。  体験しなければ、わからないこと。 「またその話?」  とうんざり顔で耳をふさぐわたしには、戦争の体験はない。  いまでも世界には、内戦やテロで戦っている人々がいる。差別されたり、自由を求めたりして、武器を手にした人もいる。  信念は、時として人を狂わせる。  文化もまた、人を狂わせるもとである。平和を信じるあまり、無抵抗のまま破滅に追いやられる人もいる。  戦争はやっちゃいけない、とテレビで年寄りたちは言うが、やっちゃいけないと言われればやりたくなるのが人間というものだ。  かつての悲惨な戦争は消え失せ、現代では、最新式の科学できれいに実行できるようになった。 機械に戦争を代用させるのである。  時代は、変化していく。お金持ちが有利になる世界の実情。 人類が滅亡したあとには、機械だけが自動的に動いていたりするのかもしれない。

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