SantoStory:Fragments | 2019年11月
zero

002: Happy Birthday (1)

 こんにちは。|水地《みずち》|亨《とおる》です。元気やった?  実は今日、十一月十八日はアキちゃんの誕生日なのや。  俺はそれを事務所の書類業務の時に確認した。  出会って最初の年のアキちゃんの誕生日は、ドサクサのうちに過ぎてもうてな、アキちゃん本人も、今日が誕生日ですよていうアピールを全然せえへんもんやから、俺はよう知らんまま、気づいたら通り過ぎてたんや。  アキちゃんの出生については謎が多い。  アキちゃんのおかんの|秋津《あきつ》|登与《とよ》さんは、戦後、半世紀もの間、ずっと妊娠しとったらしい。しかもそれを隠し通せてた。  人間技やない。そんなアホなと思うし普通ではない。  まあ、この俺の存在自体も他人のこと普通でないとか、とやかく言えたもんやないけどな。  でも、アキちゃんの普通でなさは、この俺でも、ちょっと訳わからんほどや。  しかしな、誕生日は誕生日や。ケーキとか食って盛大にお祝いしようではないか。俺はそう思ったんや。  けどな。その日も当然、仕事やったわ。  なんでって? 月曜日やからやわ。  うちの事務所、アトリエAはなんと年中無休なのや。  うちにご相談においでになるお客様には月曜も日曜もないしな、祝日も仏滅もない。思い立ったらすぐ相談や。  こっちの迷惑も|顧《かえり》みず。鬼やら、|狐《きつね》やらが押しかけてくるんやで。 「先生、おめでとうございます」  陽気な京都弁ボイスで、キツネ色のスーツの中年男が事務所の応接間に|鎮座《ちんざ》していた。  |秋尾《あきお》や。言うまでもない、化け狐や。  レトロ風味の丸眼鏡の奥の糸目で笑い、秋尾は小さな紙包みをスッとアキちゃんに差し出してきた。  金や! ぜったいに金や。|金封《きんぷう》に紅白の|水引《みずひき》がかかっている。  |御誕生《おたんじょう》|御祝《おんいわい》、|大崎《おおさき》|茂《しげる》と、恐ろしく力強い筆文字で書かれてた。  |大崎《おおさき》先生か。リッチやな。その金封の厚みに俺は引いてた。 「いや……|秋尾《あきお》さん、こんなの頂けないですよ。お気持ちだけ頂きますて、|大崎《おおさき》先生にお伝えください」  アキちゃんが応接セットのソファで苦笑いして、もうすっかり板についた大人語で|喋《しゃべ》った。  えっ、返すんかって驚きながら、俺は無表情にアキちゃんの隣で|粗茶《そちゃ》を飲んでた。 「御誕生祝いですやん、もろうとかはったら? お固いなあ、坊は。中身、チョコレートかもしれませんやろ?」  |秋尾《あきお》も|粗茶《そちゃ》に手を伸ばし、|清水焼《きよみずやき》の客用湯のみから緑茶をすすった。 「チョコレートなんですか?」 「いいえ」  アキちゃんが聞くと、|秋尾《あきお》は即答した。  なんでこの狐はそんな無駄な会話をするんや。俺はジト目で|秋尾《あきお》を見つめた。 「でもねぇ先生。お|納《おさ》めいただかへんと僕も困るんですよ。|大崎《おおさき》先生、怒らはるさかいに。なんやとォ⁉︎ 突っ返してきよったやてェ⁉︎ 恥かかせおってェ! とか言うてキレられたら僕も困るんです」 「どっかに寄付でもしといてください」  アキちゃんは苦笑いでそう言うてた。|秋尾《あきお》はそれにニヤニヤしてた。 「ほな、そないしましょか。無欲やなあ、先生は」  ごそごそとチョコレートではないものを、また|懐《ふところ》に戻し、|秋尾《あきお》はさっさと帰るみたいやった。 「早いねぇ、坊。この前、生まれたとこやのに、もう大人や。おもしろうないわ」  そう言う割に、まだニヤニヤしながら、|秋尾《あきお》は席を立った。 「これから|亨《とおる》くんとデートですか? ええねえ。ええわあ。僕もお供したいなあ」  秋尾は|意地悪《イケズ》に言うとったけど、アキちゃんもますます苦笑やった。 「帰れぇ、この狐。悪霊退散!」  俺が我慢しきれず言うたった。はよ帰れ。この妖怪め! 「僕は悪霊ちがうで、|亨《とおる》くん。|伏見稲荷《ふしみいなり》の|権現《ごんげん》さんの、ありがたーい|御使《おつか》いの狐さんなんやで。大事にしてな」  狐はそう偉そうに言いながら帰っていきやがった。 「なんで来るんやろうな、あいつ。今日がアキちゃんの誕生日やって、なんで知ってんのや」  俺は事務所の戸締りをしながら|愚痴愚痴《ぐちぐち》言うた。  セキュリティシステムを作動させてから、ガチャガチャって入り口の鍵をかける。  ほんまは鍵なんかかけへんでも、いつでも無料のセキュリティシステム、黒ダスのポチ以下、ポチ2号、3号、4号5号6号7号……何号かわからへん号までが居って家を守ってるんやけど、鍵開けっ放しはなんとなく無用心やしな。  それに、鍵かけたほうが、お出かけの気分も高まるやんか。  俺が事務所の|鍵束《かぎたば》をポケットにしまい、ほな行こかって、後ろで待ってたアキちゃんを見上げると、アキちゃんはもうすっかり夜になってた|祇園《ぎおん》の街を見て言うた。 「今年は|温《ぬく》いなあ。もう冬やのにちっとも寒くならへんわ」  確かにまだコートも秋物や。 「そんなことないわ。俺めっちゃ寒いねん。アキちゃん腕組んで」  俺がふざけた調子で言うて、アキちゃんにドーンてぶつかる勢いで腕を組みにいくと、アキちゃんは照れ笑いしながら、一応、腕組んでくれた。  しめしめ。いいぞぉ! いちゃつこうか‼︎  俺は|俄然《がぜん》ヤル気出てな、アキちゃんと四条通りをグイグイ歩いていった。 「アキちゃん何がいい? プレゼント」  俺が笑って聞くと、アキちゃんはまだ照れ笑いやった。いつまで照れとるんやコイツ。はよ慣れろ。  けどアキちゃんは、ますます恥ずかしそうになって言うた。 「お前は何欲しい?」 「え。俺の誕生日やないやん。アキちゃんのやろ?」 「お前も、もうすぐやで」  アキちゃんは|呆《あき》れたふうに俺を見て、笑って言うた。  えっ……? 俺、誕生日あるんか⁉︎  一個も知らんかったやんか。考えたこともなかった。  そういえば俺って一応、実在の人物なんや。|戸籍《こせき》があるんや。パチモンやけどな。  そこにはパチモンの誕生日が記載されてんのや。  でも俺、そういえばそんなもん、今まで考えたこともなかったわ。 「何がいい? 誕生日プレゼント」  アキちゃんはそれがめっちゃ普通のことみたいに俺に|訊《き》いた。 「わからへん。欲しいもん無い」 「何でもええんやで。別に高いもんでもええし……」  アキちゃんは歩きながら、考えてるふうに、通りかかった|花見小路《はなみこうじ》の、|雅《みやび》な|石畳《いしだたみ》を見て言うた。 「俺、アキちゃんと同じもんがええわ。毎年、同じもんにしといたら、いい記念になるし。それにな……」  |怜司《れいじ》兄やんが、アキちゃんのおとんとお|揃《そろ》いのライター持ってるやんか。  あれがな……|享《とおる》ちゃんちょっと|羨《うらや》ましいんよ。  ちょーっとだけな。ちょーっとだけ。  ほんまにちょっとなんやけどな。一ミリぐらいやで。ほんのちょっと。  でも|羨《うらや》ましいな。  俺が顔熱いなと思いながらブツブツそう言うと、アキちゃんは何かがよっぽど|可笑《おか》しかったんか、珍しく声上げて笑ってたわ。  紅葉観光シーズンの|祇園《ぎおん》の街は人だらけで、四条通りもぎゅうぎゅう詰めやった。  歩いててもガンガン人が押してくる。下手すると、アキちゃんと|逸《はぐ》れそうや。 「|狭《せま》い街やなあ、|享《とおる》。危ないわ」  アキちゃんは腕組んでた俺の手を引き寄せて、俺よりずっと|上背《うわぜい》のあるアキちゃんの胸に、ぎゅっと|庇《かば》うように抱き寄せた。 「まあ……|狭《せま》いけど、悪うないな。こうやってお前と抱き|合《お》うて歩けるもんな」  アキちゃんはめっちゃ小さい声で俺の耳にそう言うた。  俺もアキちゃんの手を握り返して言うた。 「ほんまやな。こうやって歩かなしゃあないよな」  寒くもないけど、抱き|合《お》うてな。  めっちゃ混んでんのやし、くっつかなしょうがないやんか。なあ?  けど、その人混みが切れてもアキちゃんは、ずっと俺と抱き|合《お》うて歩いてくれた。  それはまあ、いつも|奥手《おくて》なアキちゃんにしては、お誕生日の奇跡みたいなもんやったな。 ――つづく――

ブックマーク

この作品の評価

6pt

かおる様 またまた新作ありがとうございます! さっそくお昼休みに読ませていただきました。 とおるちゃんとあきちゃんが幸せそうなのもうれしいですが、 おぼろちゃんが暁雨さんと幸せそうなのもとってもうれしいです。 特に白川編でおぼろちゃん、こんなことが過去(白川編)にあったんだ、 神戸編の時は想像できなかった、こんなにつらいことてんこ盛り、 たいへんだったねええ、と毎日おぼろちゃんかわいそう、、、 というなかで、 こんなに甘いお話を読ませていただけると、白川編今はつらいけど 大丈夫、このあとあまいあまい未来が待ってるぞ! と安心して読み進められます。 紅葉がきれいなのはうれしいのですが、寒さも厳しくなって まいりましたので、どうぞかおる様、無理なさらず。 たとえ、更新がSTOPしても、まだまだ京都編からもう一度 読み直すターンを繰り返してお待ちしますので、 くれぐれもご無理のないようにお願いします。 もう一度読み直すターンはカクヨムさんとふじょさん、 両方読み直すことができるので、当分大丈夫です! いつもありがとうございます。 かおる様にチョコレートを一年分とか送りたいです。 方法があったらぜひ教えてください!

2019.11.19 12:06

h2otiyo

1

かおる様 ありがとうございます。 とてもとてもうれしいです。 言葉がでてきませんが、短いお話もこれから書いていただけると 楽しみが増えます。 今はふじょさんの神戸編とカクヨムさんの白川編の更新を 毎日楽しみにしながら、カクヨムさんで京都編から順に 再読をしています。 こんな可愛らしいお話がときどき書いていただけたら もう天にも昇る気持ちです。 うまく気持ちを文字にできませんが、 寒くなってきたのでどうぞお身体お大事になさってください。 ほんとうにありがとうございました。

2019.11.08 08:38

h2otiyo

1

Loading...