機械仕掛けの便利屋さん | 第6章 勇ましく踏み出す意味
笹野葉ななつ

第35話 テラミスはただ酔いどれる

◇◆◇◆◇◆◇ 「おい、テラミス。そろそろ飲むのはやめとけ」  日が昇ってまだそれほど経っていない幾ばくな時間。机の上に並ぶビンと缶に目をやりながら、仕事仲間である男がテラミスに声をかけた。  机の上に突っ伏しているテラミスは、「うるせェ」と弱々しく言い返す。仲間はそれに大きなため息を吐き出すと、テラミスが掴んでいたグラスを奪い取った。 「何すんだァ!」 「飲みすぎだ。お前、まだ成人してないだろ?」 「っせェ! んなの関係あるかァ!」  仲間はもう一度ため息を溢した。グラスに注がれた酒を後ろに下げ、代わりに冷えたタオルを顔面へと投げつける。  テラミスが反射的に睨みつけると、仲間は「酔いを覚ましてこい」と言い放った。 「あァ!?」 「やけ酒してもいいが、仕事のことも考えろよ。お前一人のために、他の連中に迷惑をかけるな」 「んだと! 俺がいつ、どこで、どのくらい飲もうと関係ないだろうィ!」 「ああ、関係ないな。だからといって、迷惑をかけられるなんてごめんだ」  仲間はそう切り捨ていると、テラミスが開けた酒を全て奥へと下げていった。  テラミスはとてもつまらなさそうな顔をして、舌打ちをする。仕方なく投げつけられたタオルで顔を拭き、酔いを覚ますために外へと出た。  ふらつく足。あまりにも頼りなく、さらにおぼつかない。顔は真っ赤であり、普段以上に機嫌悪そうにしていた。  人々はそんなテラミスに恐れを抱き、近寄らない。ふと、悪友と呼べる仲間を目にするものの、そそくさとどこかに去ってしまった。  テラミスはさらにつまらない顔をしていた。  普段が普段だけあり、誰にも相手にされない。酒を飲んだことでつるむ仲間すらも避ける状態に、ちょっとだけ嫌気が差した。 「チッ」  盛大な舌打ちをする。それに人々はさらに離れ、避けていく。  イライラがだんだんと募る。誰でもいいからこの鬱憤を晴らしたい。  そう考えていると、最悪なタイミングで登場するバカがいた。 「お前、何してんだ?」  声をかけられ、億劫に顔を上げる。するととても呆れた顔をしたカロルが目の前に立っていた。  テラミスは思わず眉を吊り上げる。同時にどこか嬉しそうな顔をし、似合わない笑顔を浮かべた。 「いいところに来たな、便利屋ァ。一発殴らせろィ」 「はぁ? お前、何言ってん――酒くさっ!」 「どうした便利屋ァ! オレサマに恐れでも抱いたかィ?」 「んな訳あるか! つーか、お前どんだけ飲んだんだよ!?」 「気にする必要あるかァ! オレサマはなァ、好きなだけ飲んで、好きなだけ暴れるだけだィ!」 「近づくな酔っぱらい! というか未成年だろ、てめぇ!」  いつもと違うテンション。テラミスはそれでもカロルに絡んだ。  いわゆる絡み酒というものである。カロルはとても迷惑そうにしながら、抱きつくテラミスを身体から引き離そうとした。 「便利屋ァァ! オレサマはてめぇが大っ嫌いだぜィ!」 「だったらくっつくな!」 「だけど本当は大っ好きだぜィ!」 「うっせぇ、離れろ!」  訳のわからないテンションでテラミスは叫ぶ。  近づいてくる顔に、吐き出される息。その全てが酒臭く、カロルはさらに迷惑がっていた。  だが、不意にテラミスの動きが止まる。  カロルが何気に目を向けると、ある一点をテラミスは見つめていた。 「ん?」  カロルが何気なく視線を合わせる。するとその先には、見覚えのある影が存在した。  童顔で、線が細く、下手すれば自分よりも若いと勘違いされてしまいそうな男性だ。 「ラウジー……」  その名を口にしたのは、テラミスだった。カロルはまさか、と思いその影を見つめる。  するとラウジーの影は突然どこかへ去ろうとし始めた。 「待ちやがれ!」  テラミスは慌てて追いかけ始めた。  カロルもまた、その後ろを追うように走り始める。 「オレサマはてめぇに、言いたいことがあるんだァ!」  ラウジーの影は、その叫び声にちょっと悲しげな笑顔を浮かべていた。  テラミスはそんな影を捕まえようと駆ける。もう酔っ払っていたなんてことを忘れて。  しかし、どんなに走っても追いつかない。それどころか、少しずつラウジーの影は離れていく。 「ラウジー! アンタはオレサマに約束したよなァ!? 絶対に死なないって。オレサマが一人前になるまで、待ってるってなァ!  なのに、なんで死んだんだよィ! オレサマが燻ってたからかァ? オレサマに愛想を尽かしたからかァ?  なァ、なんでだよィ!」  テラミスが放つ叫び声。その言葉と共に放たれる想いは、何を意味するだろうか。  カロルは何も言わず、ラウジーの影に叫ぶテラミスを見守った。  しかし、ラウジーの影は困ったように笑うだけで、何も答えない。そんな顔を見て、カロルは胸が痛くなった。 「ラウジー、オレサマはまだ約束を果たせてねェ。だけど、必ず果たすから。だから、だからァ、生き返ってくれィィ!」  テラミスは駆ける。  必死にその手を掴もうと。  ラウジーはそんなテラミスのことを思ってか、動きを止めた。  そしてテラミスは、ラウジーの手を掴んだ。 『テラミス、ごめんね。僕はもう、君達の近くにいられない。  だけど、僕の代わりにカロルがいる。だから、彼をもっと頼ってくれ』  だが、人らしい感覚はなかった。  掴んだはずなのに、掴んだという感覚がない。  テラミスは思わず顔を上げる。  そこには悲しげに、だけど笑っているラウジーの姿があった。  しかし、その笑顔もまたすぐに消えてしまう。 「なんでだよィ」  テラミスは固い地面に涙を垂らした。  辿り着けなかった境地。力になりたかった人の隣に立てず、背中を任されるほどの力も得ていない。  とても悔しい状態に、テラミスは嘆いていた。 「これは?」  そんな中、テラミスはあるものを見つける。  涙がこぼれ落ちた先にあった本。その表紙には〈レベナント経典〉という字があった。  テラミスは思わず手に取る。そのまま顔を上げると、見覚えのある壁が目に入ってきた。 「ここは――」  まさかと思い、テラミスは周りを見渡す。  見覚えのある写真立て。見覚えのあるタンス。見覚えのある床の柄。  朽ち欠けているものの、その全てが懐かしさを感じるものだった。 「落ち着いたか?」  声をかけられ、咄嗟に振り返る。  そこには腕を組んで立っているカロルの姿があった。  カロルはテラミスに笑いかけながら、近くに置かれていた写真立てを手に取った。 「懐かしいな。まさかラウジーさんが、こんな所に導くとは思いもしなかったよ」  色あせた写真。そこには幼いテラミスと、若いラウジー、そして尖っていたカロルの姿が写っていた。  他にも懐かしい仲間達や、優しい笑顔を浮かべているシスターの姿もあった。 「まさかシスターが、あんなことをしているとは思ってもなかったよ。ラウジーさんのおかげで、どうにかお前を助けることはできたけど」  カロルは懐かしむように言葉を口にする。  テラミスはと言うと、ちょっと嫌そうに睨みつけていた。 「便利屋」  テラミスは唐突にカロルを呼ぶ。  顔を向けると同時に、テラミスはカロルに手にしたレベナント経典を投げた。  テラミスは見事に本を受け止めたカロルに舌打ちをする。そして、ある言葉を口にした。 「ラウジーが、てめぇをもっと頼れとよォ」  テラミスはふらつきながら、カロルに近寄っていく。  そして、睨みつけながらテラミスは叫んだ。 「気に入らねェが、ちィとは協力してやらァ」  どんな風の吹き回しか。  カロルはラウジーに感謝しつつ、吹っ切れたテラミスを見つめる。  そしてその肩を叩き、笑った。 「頼りにしてるぜ、ガキ大将」

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