殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから裏切りを知らない
バラキ中山

 次に行った農家では、サラはさらに悲しい思いをした。というのも、その家の小さな娘がサラとの別れを嫌がって大泣きしたのである。 【来週は一緒にキノコ採りに行くって言ったのに! サラの嘘つき!】  精一杯の悪態をついた後で、その幼子は部屋を飛び出していった。続いてドアの陰から、大きな鳴き声が聞こえるに至って、サラは悲しそうに胸を押さえて言った。 【おばさん、私、ウソをつくつもりじゃなかったの】  その家の母親は、痩せた神経質そうな女だったのだけれど、それでもサラを責めたりはしなかった。 【わかっていますよ、サラ、あの子にはあとできちんと説明をしておくから、心配しないで】 【本当に……ごめんなさい】 【謝らなくていいから】  彼女はサラをなだめながら、戸口の方をちらりと見た。そこには、幼子の剣幕と意味の分からぬ言葉に呆然とするダイチが立っている。 【ちょっと、そこの……】  ダイチに話しかけようとした彼女を、サラが押とどめた。 【ダメ、この人、言葉がわからないの】 【言葉がわからないなんて……そんな人について行って大丈夫なの?】 【私はほら、コンピューターが教えてくれた言葉があるから】 【ああ、誰とでも話せる言葉だっけ】  彼女は親指の爪をコリコリと軽く噛みながら窓の外を眺めた。  昼近いこの時間、太陽は空の高くにあって畑の向こうに、三枚羽の発電用風車が五基、クルクルと回っている。あれは近くまで行くと、見上げてもてっぺんが見えないほど大きなものだが、ここから見ると子供が棒の先に紙細工をつけて作った風車のように小さくてわびしい。  このメキシ艦内のあちこちには、こうした風車が立てられ、電力はすべて風力で賄われている。細々と畜獣を飼い、畑を耕してつつましく暮らすに十分なだけの発電力は確保されているが、かつて人類が地球上に君臨していたころのように工業化された文明は望めない。  だからあの風車は、この惑星の人類の生活の象徴であり、衰退の証なのだ。だから……わびしい。 【そうね、サラ、あんたはこんなところにいてはいけない】  彼女が振り向くと、サラは両頬についた涙の跡をぬぐっているところだった。 【さっきリストランテのおばさんにも言われたわ、それ】 【ああ、違うのよ、私たちはあなたをここから追い出したいわけじゃないの、でも、ここは……】 【わかってる、みんなが私のために言ってくれているんだって、わかっているの。でも、別れは悲しい】 【ああ! サラ、私だって悲しい!】  だが彼女は、いとし子の旅立ちに涙を見せるのは不吉だと考えたのだろう。にっこりと笑って、サラの両肩に手を置いた。 【大丈夫ですよ、あなたなら、どこへ行っても大丈夫、きちんと正しく生きていけるはずです】 【ありがとう、おばさん】 【それに、あの男の子……】  彼女はサラの肩越しに、ちらりとダイチを見やる。 【あの子が、あなたの『幸せ』なのでしょう?】  サラは明らかな戸惑いの表情を見せた。 【それが、よくわからないの。はじめはただ、お母さんと同じ瞳をしていたから……空を見上げて悲しそうな顔をするときの、あの時のお母さんと同じ目をしていたから……ただ、それだけだったの】 【では、恋愛的な感情はないと?】 【わからない。いまは後悔しているから。こんなことになるなら、助けなければよかったとも思うし、ここに連れてくるべきじゃなかったとも思う。でもね……】 【でも?】  サラは恥ずかしそうに顔を伏せて、小さな声でつぶやいた。 【彼は優しい……ただ、ひたすらに優しくて……だから、守ってあげなくちゃいけないと、そう思うの】 【あらあら】  こぼれそうになる涙をサラに見せないために、彼女は軽く顔をあげた。それから両腕でサラの肩を抱き寄せて、つぶやいた。 【行ってらっしゃい、サラ、幸せがあなたと共にありますように】  そのあと、幾度か別れの言葉をささやきあって、二人はようやく体を離した。  ドアの向こうから聞こえていた幼子の泣き声は止んでいる。どうやら泣き疲れて眠ってしまったのだろう。  サラは最後に深々と頭を下げて、その家を後にした。

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