殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから裏切りを知らない
バラキ中山

 中は、想像以上に暗かった。  うっすらとした暗がりの中に無数のケーブルが、宙を走って部屋の中央に集まり、絡まっているのが見える。蜘蛛の巣に囚われたような、あの少女神の姿を不意に思い出して、ダイチは戦慄した。  サラが無防備に部屋の中央に向かうから、ダイチは思わず手を伸ばす。 「おい、サラ!」  サラは足を止めて振り向いた。 「なにヨ?」 「ここは、本当に安全なのかい?」 「安全ヨ。私ハ子供のころから来てるケド、メキシ艦で一番安全ヨ」 「だが、暗い」 「明かりをつけるヨ。動かナイでね」  サラが動くよりも早く、声がした。 「サラ、そこにいなさい、明かりは私がつけましょう」  男の声にしては高く、女の声にしては低い。おそらくは多くの男女からサンプルを採取して、その一番中間の音域を選んだ……合成音声だ。  パッと明かりがつき、この部屋の主であるコンピュータが明るく照らし出された。それは無数のケーブルの交差点に無造作に置かれた、大きな立方体の鉄の塊だった。  どうやら、この船のコンピュータは健在らしい。ダイチの顔がぱあっと希望に輝く。  おそらく視界の役割を晴らすモニターが部屋のあちこちにあるのだろう、黒い箱が小さな電子音を立てて、サラに言った。 「レスヤーカ、シレ、エレストス?」  サラが身振り手振りを交えて、なにかをコンピュータに訴える。 「エレストス、シレシレ、ユアユシクトル、レシュトリトスレ」  たまらず、ダイチが声をあげる。 「おい、何の話をしているんだ」  その質問には、コンピュータが答えた。 「この子が|羊飼いの杖《シェパーズ・クルール》を持っていないから、理由を聞いたのです。あれは今、あなたの仲間が持っているそうですね」 「シェパーズ・クルール?」 「羊と、そしてこの子自身の身を守るために私が持たせた、大型の銃です」  いま、それを持っているのは高橋だ。 「あんな奴、仲間じゃない!」 「仲間割れですか。ニンゲンにはよくあることです。驚きはしません」 「それよりも、教えてほしいことがたくさんある!」 「慌てるんじゃありません、青年よ、あなたは今、混乱していますね、体表温度及び言語音域に乱れが認められます、まずは落ち着きなさい」  ダイチは二、三度大きく深呼吸した 「よろしい、落ち着いたようですね、質問はひとつづつ、あなたが理解できるペースで進めなさい」  コンピュータの声は憎らしいほどに冷静だ。もっともこれは無機質な機械であるがゆえのことなので、責めるつもりはないが。  ダイチはもう一度、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、口を開いた。 「僕たちは、アメリ艦消失の謎を調べるために、ジャポネ艦からこの星に派遣された調査隊です。もっともそれは表向きのことだったんですけどね!」 「心を乱さないで」 「無理ですよ! この星に来てみたら、恐ろしい生き物がウヨウヨいる、しかもジャポネ艦のコンピュータはこのことを知っていた節がある! おまけにアメリ艦はなくって、大昔に消えたはずのメキシ艦があるわ、レスダークだか云う謎の民族はいるわ……」 「落ち着きなさい、その答えは全部教えてあげましょう。だけど、そんなにたくさんの情報を、人間であるあなたの脳で処理できますか?」  しかたなく、ダイチは口を閉じた。コンピュータは、小さな音を立てて、電算処理をしている様子だった。おそらく、膨大な情報をどの順序でダイチに伝えるべきか計算していたのだろう。  やがて、コンピュータは話し始めた。 「まずは、この星にメキシ艦が着星したところからお話ししましょう。それは、遠く二千五百三十二年と三日前ことでした……」  コンピュータの説明によると、メキシ艦は早い段階で、この星が生物の生存に適していると判断して、ここに根を下ろしたそうだ。実際にその判断は正しかった。  メキシ艦は遺伝子ライブラリを解放し、まずは植物を生体再生した。それを地表に定着させ、羊を、それから豚を、鶏や馬や、牛や、およそすべての家畜を人間の生活のために生体再生した。  つまり、メキシ艦は地球上のすべての生物を乗せて航行し、これらを新天地に放つという、箱舟の役割を果たしたのだ。 「そこから三百十一年と八十日の間は、平和でした。家畜も人も、この星に適応しました。ここは第二の地球として、機能するはずでした」  しかし、この星に立ち寄る他国のコロニーは、この星があまりにも地球そっくりに仕上がっていることに嫉妬し、これを欲しがった。つまりコンピュータたちは、自分が守護してきた艦の住人こそがこの第二の地球にふさわしいと判断したのだ。各艦は、かつて地球に生息していたおよそ危険な生物を生体再生して、このR-5惑星に送り込んできた。その結果、逆にこの星は危険生物が闊歩する荒れた星となり、ここに移住の価値なしと判断して、各艦は再び広い宇宙へと旅立って行ったのだ。 「レスダークの祖先たちがこの艦を見捨てたのも、それが原因です。彼らはこの星から逃げ出すためにメキシカンの設計図を持ち出し、全く同じ構造の宇宙船を作り上げました。しかし、あの規模の船では、遠い星までの単独航行は無理です。だから救援信号を発し、この近くを通りかかるコロニーをおびき寄せているのです」  つまりレスダーク艦は、航行可能な範囲内に達した船に乗り移るべく、実に二千年近くもこの星で『獲物』を待ち構えているのである。 「逆にこの船に残った者たちは、一度文明を捨て、人類の歴史を再び一からたどることを選びました。いまの私は単なる外壁であり、この艦の住人たちの生活には干渉していません」  コンピュータは、ふと、話すのをやめた。 「一つだけ、こちらから質問をさせてもらっても構いませんか?」  ダイチが頷く。 「私が機能を停止した後も、人類は私を神としてあがめ、時にすがることをやめませんでした。私はコンピュータなので、この神という概念がわかりません。あなたたちは、これになにか答えを持っていますか?」  三崎がしれっと口を挟む。 「羊を作ったんなら、そりゃあ神様に違いないじゃん」 「そういう洒落を、私は理解できません」 「洒落じゃなくってさ、ここにもう一度人類が暮らせるようになるためのいろんなものを作ったんでしょ、そんなん、神様以外の何者でもないじゃん」 「つまり創世の神ということですね」 「大げさに言うならそうだね」 「ありがとうございます、新たなデータとして集積しておきます」  ダイチが焦れて、声をあげる。 「もういいかな、こっちも聞きたいことがあるんだけど?」 「どうぞ」 「僕たちが一番知りたいのは、ジャポネ艦がなにを考えて僕らをこの星に送り込んだのか……」  メキシ艦のコンピュータは、沈黙した。長考に入ったのだ。ピピッ、ピピッと、電子音だけがあたりに聞こえた。

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