第33話 英雄の意志を継ぐ者

◆◇◆◇◆◇◆  それは、思いもしない知らせでもあった。  カロルはいつも通りにリリアに付き合った後、便利屋へと戻っていた。  最近当たり前になりつつある時間を過ごしたのだ。  だが、便利屋に戻るとその玄関口にエミリーが座っていた。 「どうした? まだ仕事中じゃなかったか?」  エミリーにそう声をかける。するとエミリーは、突然グスグスと泣き始めた。  そのままカロルの胸に飛び込み、抱きしめる。カロルは少し困りつつ、その頭を撫で始めるとエミリーはあることを告げた。 「お頭が、ラウジーが……」  短いメッセージ。だがすぐにカロルは、何かがあったんだと気づいた。 ◆◇◆◇◆◇◆  現場は悲惨な状態だった。  先ほどまで閑古鳥が鳴いていた馴染みのあるカフェ。そこには誰かと争ったような荒々しい痕跡が残っていた。  カロルはすぐに、リリアへ連絡した。するとリリアは驚くほど早くやってきてくれた。  その顔は、信じられないものでも見ているかのようなものだった。 「何よ、これ」  カロルは何も答えない。  ただ事切れた店主に祈りを捧げると、周囲に目をやった。  だが、どんなに見回してもラウジーはいない。 「エミリー、ラウジーさんはお前を逃がすために戦っていたんだよな?」 「うん」 「襲ってきた奴のことはわかるか?」  カロルの質問に、エミリーは弱々しく「うん」と頷いた。 「ドクロの仮面。それを被った男だった」  カロルの中で、何かが蘇る。  もしかしたら、とつい考えた。だが、それは今置いておく必要がある。 「ありがとよ」  カロルはエミリーの肩を叩く。  そしてそのまま、外へと足を踏み出した。 「カロル」  リリアが何かを訴えかけるように呼び止める。  しかし、カロルは振り返らない。 「後は任せる」  ただそう告げて、カロルはラウジーを探しに向かった。  ひとまず地面に落ちていた血痕を辿る。  エミリーの話では、ラウジーは突然吐血したらしい。  もしかするとこの血痕は、ラウジーのものかもしれない。  だとしたら、早く見つけてやらなければならない。  だが次第と、血痕は人がいない場所へと向かっていく。  まるで人目を避ける家のように、動いているかのようだった。  カロルの足が早まる。  無事でいて欲しいと、心の中で叫んでいた。 『カロル、止まれ』  そんな中、アイが声をかける。  カロルはその指示を聞かずに、突き進もうとした。  しかしそれでも、アイが声を上げる。 『これ以上は、行かないほうがいい』  アイは何かを感知していた。  アイはその何かが何なのか気づいていた。  だからこそカロルは、足を踏み出す。  そして、信じられないものを目にした。 「ラウジー、さん?」  倒れている人がいた。  服装からして、それはラウジーのものであった。  カロルは慌てて、ラウジーの元へ駆ける。  アイの忠告なんて、聞く気はなかった。  だからこそ、見てはいけない惨劇を見てしまう。 「――ッ」  身体を起こした瞬間、カロルは息が止まった。  ラウジーの顔。優しさが溢れる笑顔が、そこにはなかった。  あるのは、どす黒く染まった顔面。事切れた肉体は、もはや体温を失っていた。 「ラウジーさん……」  カロルは理解する。  ラウジーは死んだのだと。  言い表せない感情が、心を飲み込んでいく。  気がつけばカロルは、大きな声で叫んでいた。 ◆◇◆◇◆◇◆ 「落ち着いた?」  ラウジーの遺体が発見された場所。そこから少し離れたところに、一つのテントが張られていた。  その中で目覚めたカロルに、リリアは声をかけた。 「ああ、どうにかな」  カロルは覇気のない顔で、リリアに言葉を返した。  そんなカロルを見て、リリアはつい心配そうな顔をしてしまう。 「もう少し休んでいたほうがいいかもね。私があと、全部やるから」  それはリリアの気遣いであり、優しさだった。  しかしカロルは、弱々しくも立ち上がる。 「いいや、休んでいる暇なんてねぇーよ。ラウジーさんを殺した奴を見つけねぇーと」 「カロル……」 「心配すんな。ただ捕まえるだけだ」  強がりにしか聞こえなかった。  だがそれでも、カロルは前に進もうとしていた。  それはカロルの強さであり、弱さでもある。だからリリアは、もっと心配になった。 「失礼します」  そんな中、誰かがテントの中へと入ってきた。  目を向けるとそこには。凛々しい目つきをした女性が立っている。  黒いベストに、タイトスカートといった服装に身を包んだ女性は、カロル達を見ると同時に頭を下げた。 「亡きラウジーの命により、私はリリアーヌ・サファニアの下で働くことになりました。よろしくお願いします」  それは思いもしない宣言だった。  リリアは思わずカロルに顔を向ける。だが、カロルはカロルでわかっていないのか、キョトンとした顔をしていた。 「あ、あの」 「詳しくは、こちらの遺言書に書かれております。どうかお目通しを」  言われるがまま、リリアは手に取った。  折りたたまれていた紙を開くと、そこには考えてもいなかった言葉が並んでいた。  次第にリリアは涙を流す。耐えきれなくなったのか、一生懸命に涙を拭っていた。 「なんて書いているんだ?」  おもむろにカロルが声をかける。  するとリリアは、持っていた手紙を渡した。  目を通すと、そこにはいつか死ぬだろうということが書かれていた。  そして、カロルに対しての長ったらしい説教が記されていた。  だが最後に、ラウジーはこう締めくくる。 『もしも、僕の身に何かがあればリリアに全ての権限を渡したい。そうすれば放っておけない人々が、リリアを助けてくれるはずだから。  特に、最近付き合いがあるカロルが手を貸してくれるはずだ。彼なら、どんなことになろうとも冷静に判断し、背中を押してくれるはずだ。  だから、立ち止まるな。まっすぐ前を見て、僕を追い越していけ』  カロルは、立ち止まった。  ただ復讐に取り憑かれかけていた自分を恥じた。  そう、カロルはかつてのカロルではない。いろんなものを失い、そして手に入れてきた。  だからこそ、今度はラウジーのようにならなければならない。 「ったく、参ったな」  ラウジーはわかっていた。  わかっていたからこそ、カロルに託していた。  それをやっと理解したカロルは、顔を上げる。  今度は復讐のためなんかじゃない。傍にいる仲間のために、行動すると誓って。 「リリア、犯人をとっ捕まえるぞ。じゃねぇーと、ラウジーさんが浮かばねぇ」 「うん!」  まっすぐと前を見たカロル。  そのカロルと共に走り出すリリア。  女性はそんな二人を見て、安心したかのように微笑む。  ラウジーの意志は、しっかりと引き継がれていた。  それを知ることができたからこそ、女性は二人の後ろを追いかけた。

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