第30話 回り巡る螺旋の果て

◆◇◆◇◆◇◆ 「いらっしゃーい」  カランコロン、とベルが鳴る。  いつも通りにカフェ〈ド・ナウ〉に訪れたラウジーは、スキンヘッドの店長に「やぁ」と声をかけた。 「ラウジーさん、待ってましたよー!」 「はは、それはありがたいことだよ。いつもの席は空いているかい?」 「ええ、もちろん! ご案内しますね」  気前のいい店長に案内され、ラウジーはいつものソファーへと腰を下ろした。  いつも通りに苦味と渋みが強いコーヒーを頼み、近くに置いていた雑誌を手にする。そこには他愛もないゴシップが記されており、ラウジーは本日も平穏なのだと感じた。 『――でしてね、このためにかつての文明は滅びたと考える訳ですよ』  ふと、聞き慣れない声が耳に入ってきた。視線を高くすると、そこには見慣れない機器が置かれている。  ラウジーはおずおずと見つめる。するとコーヒーを持ってきた店長が、「気に入りましたか」と声をかけてきた。 「もしかしてあれ、ラジオかい? 見た限りだと、結構な年季が入っているね」 「フフフ、実は先日いただいたお金で買いましてね。もうこれがお客様に大好評なんですよ。特にラウジーさんのような常連さんにはもう感謝のお言葉をいただいております!」 「へ、へぇ、そうなんだ」 「これもラウジーさんが、あのバカに依頼してくれたおかげですよ! ホント、感謝してもし足りないほど感謝しております!」  ラウジーは思わず苦笑いをした。  確かに捜査協力としての謝礼は支払ったが、それはかなり少なかった覚えがある。そのせいでエミリーに、「これしかないのかよ!」と文句を言われたほどだ。  そのお金で買ったラジオ。中古とは言え、支払った報酬のことを考えるとたいした性能はないことが伺えた。 「ま、まあ、喜んでいるなら嬉しいよ」  一応、感謝されている。そのためラウジーは当たり障りのない言葉を口にした。  店主はそれが嬉しかったのか、ニッコリと笑っていた。ルンルンと、ご機嫌そうな鼻歌を溢しながら店の奥へと下がっていく。  ひとまず、ラウジーは視線を雑誌へと向ける。だが書かれている記事はどれもアクビが出るほどたいしたことがなく、とてもつまらないものだった。 『だけど、かつての文明ってゼノウィズが濃すぎて滅びたっていう諸説があるけど? それはどうなの?』 『諸説は諸説。ですが、時としてとんでもない説が有力になることはありますね。だからこそ私は、神話も無視できないと思ってますよ』  ラジオから流れてくる言葉。ラウジーは何気なくそちらに耳を傾ける。  するととても興味深い話が語られ始めた。 『神話ぁ~? それこそあり得ないことでしょう?』 『いやいや、案外バカにできませんよ。そうですね、私が押したい説はというと、「機神によって文明が滅びた」というものですね』 『ちょっとちょっと、いくらなんでも――』 『まあまあ、話は一応聞いてくださいな。  ここで押す神話は、〈レベナント経典〉に掲載されているものです。そこに書かれているエピローグには、機神によって文明を生み出した者達は全て食われたとあります。  確かに記された通りなら突拍子もありません。ですが、これを理論づけて考えてみたらどうなるでしょうか?』 『機神は実際にいた。そう仮定するんか? だとしても、いろいろとおかしいことが――』 『いいえ、合点がいくんですよ。もし神話に記載された通りなら、機神は世界を救うためにあるシステムを搭載していた。そのシステムが発動することで、機神は〈大いなる厄災〉を起こし、世界を救ったのです』 『とんでもないことなんだけど。というか、機神は幻想の産物でしょ? そもそもレベナント経典は最も古い書物って言われているけど、書かれている内容が真実だとは――』 『ならこのまま、あり得ない理論で沸き立つことが有意義ですか? それならば、存在するものから有力説を引っ張り、語り合うほうが意義あるものだと思います』 『ですから! そうだとしてもなぜ神話から引っ張るんですか! もっといいものがあったでしょう!』 『わからない人だな! 様々な書物を読み漁って、有力だと思えたから出したんですよ!』  喧騒が響き渡る。次第に大騒ぎとなり、音が一度途切れた。  数秒後、とても落ち着いた音楽が流れ始める。ラウジーは何となく現場がどうなっているのか考えつつ、コーヒーを啜った。 「実際に存在したら、か」  ラウジーは何気なく考え耽った。  もしカロル達が見つけたものが、本物の機神だったら。  もしそれがかつて存在した文明を、滅ぼした代物だったら。  もしかしたらそれが、今を生きる自分達を脅かすものだったら。 「まさかね」  考えるのをやめた。  もしも、ということはない。あるのは過去から続いている出来事だけだ。  それに、もしものことなんて考えても意味がない。 「さて、そろそろかな」  ラウジーはコーヒーが入ったカップを置く。  するとほぼ同時に、扉のベルが鳴った。  目を向けると、見慣れた二人と目障りな一体が立っていた。 「いらっしゃ――、てめぇまた来やがったな!」 「来ちゃいけねぇのかよ、このハゲチャビンが!」  ラウジーはやれやれと頭を振る。  顔を合わせて早々に、カロルと店主が仲よくケンカを始めたのだ。  止めに入るリリアもまた、頭を抱えていた。  傍から見ているキッドマンは、そんなカロル達に大笑いしていた。 「もぉー、とっとと行くよ」 「後で覚えてろよ、ハゲチャビン」 『いやぁ、真昼間からいいものを見ました』  ケンカを終え、ラウジーの元へと一行はやって来る。ラウジーはそんなカロル達に顔を向けると、ニッコリと笑って温かく出迎えた。 「やぁ、待っていたよ」  カロルとリリアは、その笑顔に笑い返した。  キッドマンはというと、とてもぶっきらぼうに眺めていた。  いつも通りの報告会。他愛もない談笑。  話を聞き、笑うラウジーはとても幸せだった。  だが、そんなことをしていても頭から離れない言葉があった。 『できれば、辿り着かない欲しい』  去り際に放ったロランスの言葉。  気にはしていなかったが、どういう意味を込めて言い放ったものなのか気になってしまった。  だが、ラウジーはもうロランスと肩を並べて話すことは許されない。  相手は犯罪者であり、ラウジーはそれを取り締まる立場にいる。 「どうしましたか?」  ラウジーが少し考えごとをしていると、カロルが声をかけた。  言うかどうか考える。しかし、犯罪者の戯言だと思いやめた。 「何でもないよ」  ラウジーは笑う。  この何気ない時間を噛みしめるように。  ただ穏やかな時間を、穏やかな心のまま過ごしていく。  運命の選択まで、残り僅か。  隠されていた真実まで、もうすぐ――

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