第28話 英雄と呼ばれる男

 殺風景な空が広がる。真っ青で、雲一つない清らかな空だ。  雑多する大通りを通り過ぎ、ラウジーは倉庫区画と呼ばれる場所に来ていた。  腕ある者でも滅多に訪れることのない場所だ。そんな危険地帯の一角に、ラウジーは立っていた。 「お待ちしておりました」  通話した相手が目の前に現れる。  メガネをかけ、黒いベストとタイトスカートに身を包んだ女性だ。  ラウジーはにこやかに「ご苦労様」と声をかける。すると女性は表情を変えず、エレベーターに乗るようにと促してきた。  いつも通りの仕事ぶりにラウジーは安心する。そのまま指示に従い、ラウジーはエレベーターへと移動した。 「へぇ、結構深くまで降りるね」 「それだけに重要な存在なんですよ」  エレベーターで移動すること数分。ようやく止まると、ラウジーはさらに奥を目指した。  溢れる光。それに目を細めつつ進むと、やっと目当てのものを目にした。 「これか」  見下ろすように、ラウジーは巨大な機械を眺めた。  黒鉄に見を包んだ機械。それはあまりにも大きく、オートマタと表現するにはあまりにも違いすぎた。 「カロル達のお手柄だね。まさかこんなものを見つけるなんて」 「そうですね。ただ一つ残念なお知らせがあります」 「何だい?」 「この機械の胸に、とある女性の遺体を発見しました。見た目や特徴から照合すると、おそらく詳細不明になっていた〈エスカ・クレイツ〉かと」  その名前には覚えがあった。  カロルがかつて所属していた〈黒翼の子ども達〉にいた少女の名前だ。カロルが遊びにやってくるたびに、テラミスと一緒に戦いを挑んでいた覚えがある。 「そうか……」  とても元気で、勇ましい。そんな印象を持つ女の子だった。  そんな子が、何かに巻き込まれて死んだ。それにラウジーはとても暗い顔をした。 「ウロボロス絡みなのかい?」 「おそらくは。ただ、とても気になる点が」 「言ってごらん」 「遺体なんですが、とてもひどい状態でした。それはまるで、身体を分解されたかのようなそんなものです。そしておかしなことに、なくなった部位はこの機械から見つかっていません」  女性の言葉を聞き、ラウジーは考え耽った。  確かにとてもおかしな現象だ。そもそも、どうしてエスカの遺体は機械から見つかったのかわからない。  例え中で殺され、手足をもぎ取られたとしてもその痕跡は残る。それに外に持ち出す意味があるのか。 「一度現場を見てみたい。いいかい?」  ラウジーが何気なく提案する。  すると女性は、とても芳しくない表情を浮かべた。 「どうした?」 「正直、あまりオススメはできません」 「そんなにひどいのかい?」 「いえ。ただ、見るなら気をつけてください」  とても引っかかる言葉だった。  ラウジーはひとまず、「わかった」と返事する。しかし女性の顔からは心配の色が消えなかった。 「では、ご案内します」  ラウジーの要望に答え、女性は移動を始める。  その後ろを追いかけ、足を進ませていく。ふと、ラウジーは機械の顔である部分に目を向けた。  その顔からは何も読み取れない。まるで事切れたかのように、静かに佇んでいる。 ――人形か。  視線を外した瞬間だった。奇妙な声が頭の中に響く。  思わず立ち止まり、もう一度機械の顔を見た。しかし機械は、先ほどと変わりはない。 「どうしましたか?」 「……何でもない」  ラウジーは深く考えるのをやめた。  今は無駄なことで時間を使っている暇はない。そう思って、足を踏み出していく。  エスカがどんな目に合い、死んでしまったのか。それを確認するためにも。 「ここです」  案内された場所。それは機械の胸に当たる部分だった。  ラウジーは怪訝そうにしながら見渡す。すると女性が、ある場所で立ち止まった。 「遺体はここで発見されました」  ラウジーは指し示された場所を覗き込んだ。  そこは人が乗り込むことができそうな空間があった。複雑な作りをしている訳でもなく、かといってひどく汚れている訳でもない。 「掃除をしたのかい?」 「いえ、現場には手を加えていませんよ」  妙な引っかかりを覚えた。  その空間を改めて見つめる。だがどんなに見つめても、血痕らしきものはない。 「ここでエスカは死んでいたんだよね?」 「ええ」 「手を加えていないんだよね」 「そうです」 「じゃあ、なんで血で汚れていないんだい?」  聞いた限りでは、エスカはひどい状態だった。ならば血の一つや二つがあってもおかしくはない。  だが、女性はその疑問を吹き飛ばすようにある提案をした。 「少し離れてください。扉を開きます」  言われた通りに動き、ラウジーは女性を見守った。  とある場所にあるスイッチを押す。すると扉は煙を吐き出しながら開いた。  直後、おぞましい光景が目に入る。  一つ、二つ、いや数え切れないほどのどす黒い手が這い出てくる。それは何かを掴もうと蠢いていた。  ふと、一つの手が鉄柱を掴む。途端に鉄柱の一部は粉となって、空間へと溶け込んでいった。 「もういい」  ラウジーは女性に指示を出した。  女性はすぐにスイッチを押し、扉を閉める。すると這い出てきた手は、全て押し込められる形で消え去った。 「ご理解いただけましたか?」 「ああ、どうして血痕がないのかもね」  まるで食われたような痕跡だ。  ラウジーは鉄柱を眺めながら、額から嫌な汗を流していた。 「遺体として残っていたことが、奇跡か。何とも嫌な事実だ」 「遺体の状態からの推測ですが、おそらく生きたまま飲み込まれたと思います」 「趣味が悪いね」  ラウジーはため息を吐いた。  よかったのか悪かったのか、と問われればどちらとも言えない。いや、死んでしまっているのだから最悪かそうでないか、という問いかけになる。  何にしても、ラウジーは胸を痛めた。 「こいつのことは大体わかった。他に報告はあるかい?」 「結社のメンバーを一人、捕らえています」 「名前は?」 「ロランス・ホーネットです」  ラウジーは頭を抱えた。  ロランスといえば、かつて〈音無の狩人〉を裏切った男だ。なぜ今さらになって、そいつが現れたのか。 「どうしますか?」 「意味がない訳ないからね。もちろん、話を聞きにいくよ」  例え捨て駒だったとしても、何かしらのヒントは得られる。もしかしたら何かメッセージを持っている可能性もあった。 「相手はなかなかに狡猾で残虐だしね」  だからこそ、まだ〈音無の狩人〉を舐めているこの状態で強烈な一撃を与えなければならない。  ラウジーは迷いなく決断する。  それを見た女性は、少しだけ安心したような表情を浮かべた。 「今回も期待していますよ」  ラウジーは気恥ずかしく笑みを浮かべた。  その甘いマスクに、女性はついつい微笑んでしまう。  かつて国家も転覆しかねない大事件に挑んだ男。その英雄の活躍を期待して。

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