殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから神を知らない
バラキ中山

 中は暗い。一歩踏み込んだダイチは、そこがあまりにも静かであることに驚いた。さっきまで鼓膜が震えるほど鳴り響いていた機械音も、ここまでは聞こえてこない。  おそらく壁が特別な防音素材でできているのだろう。完全な静寂と仄明るい照明、まるで人肌のように生暖かい空調。  部屋の真ん中には玉座のような椅子があつらえられていて、そこに幼い少女が座っていた。ここがコンピュータールームだと信じ込んでいたダイチは、この予想外の様子に驚いた。  少女は明らかに幼い。顔立ちは少し大人びているようにも見えるが、大きな台座にすっぽりとおさまってしまうほどに体つきが小さい。手足も短くてふっくらとやわらかく、いかにもあどけない。  女リーダーがその台座に歩み寄り、少女の耳に何かをささやいた。少女は幾度か頷いて立ち上がる。  その時、ダイチはおぞましいものを見た。台座からは何本ものコードが伸びていて、そのすべてが少女の体につながっているのだ。  縛ってあるわけではない。コードの先はすべて少女の皮膚の下に潜り込んでいる。特に首筋は頸動脈に向かって太く黒いコードが埋め込まれており、それが目にも痛々しい。コードの邪魔にならないようにだろう、簡素なワンピーを着ているのだが、その裾からもぞろぞろと黒いコードを引きずっている様が哀れだった。  もっとも彼女自身はそんなコードなど気にもしていないらしく、ごく普通の所作で自分の胸元を撫でまわした。ピッと電子音が響く。口を開いた彼女の言葉は、もちろんジャポネ語に変換されている。 「ようこそ、空から来た人、私がこの艦の長老です」  高橋が一瞬ぽかんとした後で、ゲラゲラと笑いだした。 「なんだよ、長老っていうから、どんな年寄りが出てくるのかと思ったが、そうかそうか、『マスター』って意味か!」  ここは翻訳であるがゆえの食い違いというやつだ。  高橋はそれ以上のことは気にならないらしく――たとえ無数のコードを埋め込まれていようとも、この艦のマスターだと名乗られても、彼はその少女をただの子供であるかのように気安く扱った。 「お嬢ちゃん、俺たちをどうするつもりかなぁ?」  舐めた口ぶりに、少女が激高した。 「無礼者!」  ひゅっと首をすくめた高橋に、女リーダーが言った。 「あまり無礼なふるまいは控えてください、彼女はこの艦の長老であると同時に、『神の代理人』でもあります。つまりここでは神に等しい存在なんです」 「神だって?」 「はい、この艦はコロニーの設計図を基に作られたレプリカです。内部構造は少し違いますが、システムはコロニーと同じです。艦内の全ての情報はこの集中コントロール室に集積され、彼女を介して艦内の調節機能としてフィードバックされる仕組みになっています」 「つまりこの子は、コンピュータの代わりってわけか!」  なるほど、確かにコロニーはコンピュータの自己判断によって管理されている。つまりコロニー内の環境変化や生物の総数、時には故障なども、統べてがコンピュータにデータとして集積され、コンピューターの判断は直ちにコロニー内の各システムにフィードバックされる。そのためにコンピューターには疑似人格が組み込まれている。  この小さな少女が果たすのは、その疑似人格の役割だろう。つまり彼女は無数のコードによって艦内の各システムと接続されている。  ダイチは大きな声をあげた。 「非人道的だ! こんな小さな子を機械扱いするなんて!」  女リーダーは揺らがない。 「機械ではない、神だ」 「確かに、この艦をコントロールするんだから神だろうさ! でも、こんなに小さな子供だよ! それをコードだらけにして、自由を奪って、ひどいやり方じゃないか!」  これに反応したのは、女リーダーではなく、高橋だ。彼は左手でダイチの胸ぐらをつかみ、どすの効いた声で言った。 「黙れ」 「だ、だって……」 「お前のそれは正論だ、確かにこいつらのやり方は非人道的だ。だけどなあ、正論っていうのは正しいだけで、役になんか立たないんだよ、黙ってろ」  ダイチを大きく突き飛ばした後で、高橋は女リーダに声をかけた。 「なあ、責めるわけじゃない、こんな子供を疑似人格の代わりに使うのは、少しばかり非効率的なんじゃないのか?」 「仕方ないのです、私たちの祖先はコロニーの設計図を盗み出した。だけど、神の設計図は手に入らなかったのですから」 「なるほど、つまりコンピューター部分の設計図は手に入れそこなった、だったら人格を持つ人間をそのまんまつないでしまえばいいと、乱暴だが理に適っている」 「だから、ここでは彼女が神です。ゆめゆめ逆らったりなどしないように」 「ああ、神は粗末にするもんじゃない。その子のことは大事にすると約束しよう。ところでさあ、どうしてあんたたちはコンピュータを『神』と呼ぶんだ?」  女リーダーは何の戸惑いもなく答えた。 「神が神であることに理由などありません」  それでこの話は終わりだった。少女がすくっと背を伸ばし、張りのある声で言ったからだ。 「あなたたちに聞きたいことがあります」  高橋は臆することなく答えた。 「その前に腕の治療をしてくれ。神様なら慈悲の一つもくれていいだろ」 「いいでしょう」  少女が顎をしゃくる。大人びた嫌味な所作だ。  しかし女リーダーは素直に頭を下げ、彼女の足元に跪いたのであった。

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135pt

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