機械仕掛けの便利屋さん | 第4章 黒き翼は詩に導かれて
笹野葉ななつ

第23話 求めし者は白き衣をまといて

 酒場となっている建物の裏。レンガの壁で囲まれた場所に、カロル達は立っていた。 「っで、なんであいつのことを聞きたいんだァ?」  ドカッと硬い地面に腰を落としたテラミスが訊ねる。胸からは紙タバコを取り出し、咥えるとすぐに火を付け始めた。  リリアは思わず注意しようとする。しかしカロルはそれを止め、テラミスに言葉を放った。 「仕事を任されてな。それでたまたま、エスカの名前が目に入ったんだ」 「んで、いつも付きまとわれているオレサマの所に来たと?」 「そういうことだ。何、有意義な情報をくれりゃあ謝礼はするさ」  テラミスはフゥーっと煙を吐き出した。  まるでどこか億劫そうで、同時にとても残念そうな顔をする。 「なんで今さらなんだァ?」  それは、誰に対する問いかけだっただろうか。  どこか呆れたような顔をするテラミスは、カロルを見つめながら答えを求める。 「じゃあ聞くぜ。どうして俺を頼らなかった?」  カロルの切り返しに、テラミスは笑い出す。  呆れたように、嘲るように、乾いた笑い声を大きくしていった。 「オレサマはな、アンタには頼らねェって決めてんだ。悪いか?」  それはどういう意味がある言葉だろうか。  リリアは少なくとも、二人には大きな溝があることを感じ取った。 「アンタは自分で精一杯だろ? ならオレサマはアンタになんざ頼らねェ。それとも、もっと抱えられるのか、便利屋よォ?」 「お気遣いありがとよ。仕事としてやってきたなら、動いているさ」 「仕事としてね。じゃあアンタにとっちゃ、あいつもその程度だったってことか」  挑発するように、テラミスは言い放つ。  しかしカロルはそんなテラミスの肩を、軽く叩いた。 「悪かったな。だけどもう大丈夫だ」  その言葉にはどんな意味が込められていただろうか。  少なくともリリアにはわからなかった。だが、受け取ったテラミスは表情を豹変させる。 「っざけんじゃねェ!」  憤怒。そうとしか言えない叫び声が放たれる。  テラミスは立ち上がり、カロルの胸ぐらを掴んだ。そのまま右手を拳に変え、殴りかかろうと振りかぶる。  だが、カロルは躱そうとする素振りすら見せなかった。ただまっすぐにテラミスを見つめるだけだった。  テラミスはそれを見て、寸前のところで殴りかかるのを止める。  ギリギリと歯を軋ませると、咥えていた紙タバコを吐き捨てた。 「ふざけんじゃねェぞ、てめェ。今の今まで何もしてこなかった癖に、今さらアニキ面かァ? おかしすぎて笑えねェ。むしろ反吐が出る!」 「吐きたきゃ吐け。それに俺は、てめぇが思っているほどカッコよくねぇーよ」 「んなの知ってる!」  テラミスは拳を震わせていた。今にも殴り掛かりそうなほど、怒りの炎に身を焦がしていた。  だがそれでも、殴らない。理性を保ち、ただ言葉を放った。 「オレサマはな、アンタに憧れた! アンタのようになりたいって思っていたさ!  だがな、アンタはまだ昔のアンタじゃねェ! オレサマが憧れたアンタじゃねェんだよ! なのに、アンタは進もうとする。オレサマを、いやオレ達を置いてだ!  アンタについていこうとした奴らを、てめェはないがしろにしてんだよ! なんでそれがわからねェ!」  それは秘めている感情だった。ずっと、テラミスの中に隠れていたカロルのかつての姿でもあった。  だが、カロルは何も言わない。  そんなカロルを見て、テラミスは辛そうな顔をした。 「そうかよ。もうあの時のアンタはいないのかよ」  テラミスはただ残念そうにして、カロルを突き離した。  ゆっくりと背を向け、仕事場へと戻ろうとする。 「待って!」  しかし、それをリリアが止めた。  テラミスは苛ついた顔をして振り返る。そんな顔を見ても、リリアは恐れることなく口を開いた。 「まだエスカさんのこと、聞いてない」  テラミスは舌打ちをする。  そして、あることを言い放った。 「最近、オレサマもあいつには会っちゃいねェ。だけどな、奇妙な噂は聞いたぜィ」 「奇妙な噂?」 「みんなが近づかない倉庫区画に、白いワンピースを着た女が出る。シルフィールとは違う、女の幽霊だ。そいつは赤い髪をしていて、聞いた限りじゃあエスカそのものだったてなァ」  有力なのかどうなのか。その話を聞いたリリアは、本当かどうかと考え始める。  テラミスはそんなリリアを見て、フンと鼻を鳴らした。 「便利屋ァ、一つ言っておくぜィ。影を追いかけるのもいいが、もう少し周りを見ろィ」  そう言ってテラミスは建物の奥へと消えていく。  リリアは丁寧に頭を下げるが、カロルはどこかもの悲しそうな顔をしていた。 ◆◇◆◇◆◇◆  テラミスからもらった情報を元に、カロル達は倉庫が並ぶ区画へとやってきた。  通称〈倉庫区画〉と呼ばれている場所。そこは真昼間にも関わらず、以前に訪れた時よりも不気味さが増していた。 「ね、ねぇ。ここってこんなに怖かったっけ?」 「妙に薄暗いな。それにいつもいるあいつの気配がねぇ。というかリリア、離れろ」 「だ、だってー、ここ不気味だし……」 「あのなぁ」  震え上がっているリリアを見て、カロルは調子を狂わせられていた。  確かに外見はセシアとかなり似ている。だが中身は全く違う。  その証拠にセシアなら笑い飛ばす状況で、リリアは本気で怖がっていた。 「とにかく離れろ。胸が当たってんぞ」 「やだ! 怖いもん!」 「お前な、俺が男だってことわかってんのか?」 「あ、アンタだって、私が声の力が使えないこと忘れてない!?」  カロルは大きくため息を吐いた。  こうくっつかれると、いざという時に動けない。それを懸念してのことだったが、リリアの言い分もわからなくはなかった。  もし知らないうちにリリアが襲われたら、リリア自身では迎撃方法がない。それを考えると現状が最善手なのかもしれない、とカロルは言い聞かせた。 「それにしても、ホントいい雰囲気ね……」 「そんなに幽霊が怖いか?」 「こここ、怖くないし! 何バカなことを言ってんの、カロルさんは!」 『カロル、ここは「俺がついてる。だから安心しろ」と言ってやったほうがモテるぞ』 「お前、遠回しに俺がモテないって言ってんな。あとで覚えていろよ」 「どうでもいいから、早く仕事を終わらせましょうよ!」  不気味な空間にリリアの叫び声が響き渡る。  それほど怖いのか、と感じつつカロルは突き進んでいった。  だが、不思議なことに生き物の気配が感じ取れない。それどころか、いつも戯れにやって来るシルフィールの気配すら感じ取ることができなかった。 「妙だな」  まるで招き入れられている感覚だった。  どんどんと奥へ足を踏み入れていく。そんな中、リリアはさらにガクガクと身体を震わせ、アイはそのたびに冗談を言い放っていた。 「怖いから! もういや、聞きたくない!」 『そういえば、ここら辺には音速で駆け抜ける老婆がいるそうだ。名前は確か、〈マッハグランマ〉と――』 「いやぁぁぁぁぁ!!!」 「うるせぇ! もう少し静かにできねぇーのかよ!」 「だって、だってだってぇぇ」  リリアが震えた子猫のような目で見つめてくる。  その目からは涙が溢れており、本当に嫌なのだと感じ取れた。 『面白いな、リリアーヌ。なるほど、これが嗜虐的な感情か』  アイはアイで、何かに目覚めつつあった。  カロルはそんな二人に頭を抱える。ひとまず前に視線を戻し、進もうとした。  その瞬間だった。 「――――」  赤い髪に、揺れるスカート。  まだあどけなさが残る身体を白いワンピースが包み込んでいた。  見つめているカロルに気づき、少女は笑う。そして、口を開いた。 『待ってたよ、おにいちゃん』  カロルは言葉を失った。  思わずリリアに目を向けると案の定、わかりやすく身体を震わせていた。 『どうしたカロル?』 「どうしたって、エスカが目の前に――」 『エスカ? 目の前にあるのはゼノウィズの集合体だが?』 「はぁ?」  カロルはアイの言葉に耳を疑った。  目の前にいる少女は、確かにエスカだ。しかし、アイの感知機能では人として認識していない。  これはどういう意味になるのか。カロルはまさかと思いつつ、もう一度少女に目を向けた。 『おにいちゃん、こっちに来て』  そういってエスカは奥へと消えていく。  カロルは思わず追いかけようとした。だが、リリアが踏ん張ってそれを止めた。  反射的に振り返る。するとリリアは目にいっぱいの涙を溜めながら、懇願する。 「行かないで」  カロルはリリアの言葉を聞き、足を一度止めた。  だが、すぐにリリアの肩を優しく掴み、口を開く。 「一人じゃあ突っ走らないさ」  リリアはその言葉を聞き、安心したかのように笑みを綻ばせる。  そんな顔を見たカロルはリリアに真剣な眼差しを向けた。 「この先怖いぞ? それでも、一緒に行くか?」 「……一人よりはマシよ」  カロルは確かに過去のカロルではない。  テラミスが望むカロルでなくなったかもしれない。  だがそれでも、突き進む。  今、隣りにいる少女のために。

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