機械仕掛けの便利屋さん | 第4章 黒き翼は詩に導かれて
笹野葉ななつ

第21話 鎖に繋がれた少女

◆◇◆◇◆◇◆  小鳥が囀る優雅な時間。いつもの制服に身を包んだリリアは、玄関口にもなっている門へと向かっていた。  たまにすれ違う使用人に挨拶をし、進んでいくと一つの時計が目に入る。何気なく時間を確認すると、ガラスに映し出された自身の姿があった。  その首にはどうしても外れない首輪がある。あまりにも無機質で無垢な色合い。似合っていなくはないが、ちょっと不気味なものだった。 「はぁ」  リリアはついつい息を溢した。だがすぐに、気を取り直したかのように顔を引き締めて歩き出す。  このまま何もしないという選択はない。  だからリリアは、カロルが待つ門へと向かった。 「待て! この不埒者ぉぉ!」 「待てって言われて待つバカはいるか、バァーカ!」  リリアはなぜか言葉を失っていた。  旧知の仲と言える少女と大好きなペットたちが、見覚えのある男を追いかけていたのだ。  少女は男を捕まえられないことが悔しいのか、「絶対にボッコしてやる!」と女の子らしくない言葉を放っていた。 「カーッカッカッカッ! てめぇの脚力はそんなもんなのか? それじゃあハエが止まっちまうな!」 「何を! ブッコしてやる!」 「どうしたどうした? 遅すぎてアクビが出るぜぇ!」  ゼェゼェと、とてもわかりやすく息を切らしながらカロルは叫んだ。  そんな安い挑発を受け、同じように息を切らして少女は一生懸命に走っていた。  ペットである犬たちはそんな二人にじゃれつくように走っている。だが、どちらも無視しているのか全く相手にされていなかった。 「何これ?」  至極当然な疑問だった。  リリアは奇妙な光景を眺めつつ、二人の追いかけっこが終わるまで待つことになる。 ◆◇◆◇◆◇◆  静かな闇。耳を澄ませても何も音が入らない場所に、一人の男が佇んでいた。  小さな吐息を男はする。その瞬間、一つの葉が落ちてきた。  直後、男はナイフを突き出す。すると葉はその刃に突き刺さった。 「お見事」  男は薄っすらと目を開く。それと共に薄っぺらな拍手とこれまた薄っぺらな微笑みが視界に飛び込んできた。 「何の用だ?」 「釣れないな。こういうのはギャラリーがいたほうが盛り上がるだろ?」 「いらん。見世物ではない」 「それもそうだね」  バルメチスはそういって視線をナイフの刃へ向ける。  その先端に突き刺さった落ち葉は、赤黒く変色して散っていった。 「相変わらず極悪なドライブだね、イビルビー」 「その名は好かん」 「じゃあ、ロランスって呼ぼうかい? 元〈音無の狩人〉、いや裏切り者のロランスさん」 「おちょくりに来たのか?」 「半分はね」  バルメチスはそういって、ロランスに近寄った。  そしてロランスの肩に手を回し、あることを囁き始める。 「取引をしないかい?」  ロランスの顔が、若干だが強張った。  バルメチスはそれを見て、楽しそうに笑みを浮かべる。 「僕が持つ情報が取引材料だ。君はそうだね、ちょっとだけ僕の指示に従ってくれればいいよ」 「マーナかキングに持ちかければいいだろ」 「それじゃあ出し抜けない。だから君に持ちかけているんだ」 「断る。お前らの争いに興味はない」  ロランスはそういって、バルメチスの腕を払った。  そのままどこかへ去ろうとした瞬間、バルメチスはある二人の名を口にする。 「カロル・パフォーマン、リリアーヌ・サファニア。どちらにも因縁はあるだろ?」  ロランスは足を止める。  数秒間だけ黙り込んだ後、ゆっくりと振り返った。  目に入ってきたのは、満面の笑顔。歪んでいて、それなのに清楚に感じる奇妙なものだった。 「興味は持ったかい?」  バルメチスの言葉に、ロランスは舌打ちをする。  とてもわかりやすく不快感を表現するが、バルメチスの奇妙な笑顔は変わることがなかった。 ◆◇◆◇◆◇◆ 「なかなかやるじゃない、カロル・パフォーマン」 「てめぇもな」  ゼェゼェと、激しく息を切らして倒れ込んでいる男と少女がいた。  曇っていた空からは光が差し込み、まるで二人の激闘を祝福しているかのような光景であった。 「ねぇ、終わった?」  リリアは呆れた顔をしてそんな二人を眺めていた。  その周りにはペットたちが寝転がっており、ほのぼのとした景色が広がっている。 「てめぇ、俺達の激闘を見てその程度しか感想はないのかよ!」 「ひどい、ひどいです! リリア様がこんなに薄情だったなんて私、知らなかった!」 「はいはい、茶番はもういいから。というかミィ、お仕事サボってたらルメールさんに怒られるよ?」  ガルル、と唸るカロルとミィ。  リリアはそんな二人を適当に受け流しつつ立ち上がった。  無駄な時間を過ごしてしまったが、〈音無の狩人〉の一員として仕事をしなければならない。 「カロル、仕事に行くわよ」 「え? ちょっ、もう少し休ませ――」 「十分に休んだでしょ? ほら、行くよ」  引きずられていくカロル。  激闘を超え、強敵となったミィに「助けてぇぇ」と情けなく叫ぶ。  だがミィはカロルを見送るしかなかった。 「ミィ、何をしておりますかな」 「あ、あぁ……」  ミィは睨まれていた。使用人でも一番偉い存在、執事長に見つかったのだ。  引きずれ荒れながら、ミィもまた「助けてぇぇ」と叫ぶ。  しかしペットたちはアクビをするだけで、そんな二人を助けることはなかった。 「うぅ、これが奴隷の気持ちなんだな」 「アンタ、何言ってんの?」  なんやかんやで屋敷を出たカロルは、シクシクと泣いていた。  そんなカロルに本気で引くリリアは、ついつい白けた視線を突き刺す。 「く、俺はこうして過労死するのか」 「人を極悪上司みたいに言わないでよ! というか、仕事をさせるために来たんでしょ!?」  カロルは「一応な」と答え、リリアに顔を向けた。  輝く無垢な首輪。カロルはそれを見つめた後、一つの質問を口にした。 「まだ外れないのか?」  リリアの足が止まる。  ゆっくりとカロルに振り返ると、とても真剣な眼差しで答え始めた。 「ええ。どんなことをしても外れなかったわ」 「身体に影響は?」 「日常生活には支障はないわ。でも、仕事はちょっとね」  カロルはリリアの言葉から推察をする。  仕事には影響が出る状態。つまり、リリアが仕事をするうえで困ってしまっていることでもある。  なぜ困っているのか。そこまで思考を及ばせた瞬間、リリアが口を開いた。 「ひれ伏せ!」  それは、いつも通りの声だった。しかし、カロルには何も起きない。  いつも感じているイラつきや気持ち悪さも感じなかった。 「お前、もしかして」  リリアが提示してくれた行動によって、推測が確信に変わる。  リリアは何かに気づいたカロルを見て、クスリと笑った。 「そ、いつもの声が出せないの」  リリアの最大の武器。それがなぜか使えなくなっていたのだ。  だからこそ、ラウジーがどうしてあんな態度を取ったのかわかった。  リリアは現在、使い物にならない。それどころか、足を引っ張る可能性が高いのだ。 「ラウジーさんからは、しばらく違う仕事を任せるって言われちゃったし、実質外されちゃったのよ」 「そりゃまあ、そんな状態じゃあそうだろうが――」 「だからね、アンタを付き合わせるのもここまでかなって思ってるわ」  リリアはちょっと名残惜しそうにしてカロルを見つめる。  確かに依頼主が行っている仕事ができないならば、依頼を受けたカロルはこれ以上の継続は意味がない。  だが、カロルにとってそんなことどうでもよかった。 「何、バカなこと言ってんだよ」  カロルは立ち上がる。  どこか落ち込んでいるように見えるリリアの肩を叩き、ある言葉を口にした。 「契約上、お前からはたんまりと金をもらうことになってる。ならその分の仕事をしなくちゃならねぇ。  お前が困ってんなら、その困りごとを解消するために働いてやる。声を取り戻したいなら方法だって探してやるよ。  だから一人で抱えるな。俺がお前のために働いてやる――それが便利屋だ」  それはカロルの意思でもあった。  リリアのために動く。リリアにとってそれはとてもありがたい言葉でもあった。  そんな言葉を聞いたリリアは、ちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。 「ありがと。じゃあ、もうちょっと働いてもらおうかな」  しかし、リリアの中では区切りはつけていた。  カロルはなんだかんだ言いながらもやってくれる。とても優しいことも知っている。  だから甘えたくなってしまう。  だからこそリリアは、これ以上甘えないためにも今から取りかかる仕事を最後にしようと考えていた。 「お前……」  カロルは何かを言おうとした。しかし、喉から飛び出しそうになった言葉を飲み込み、違う返事をした。 「わかった」  大きなため息を、カロルは吐き出した。  リリアはカロルの気持ちを少し理解しつつ、最後の仕事に取りかかり始める。

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