殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから愛を知らない
バラキ中山

 山道はだんだんに傾斜がきつくなり、大股では歩けない。かと思うと足元に大きな岩がうまっていて、これを避けるために大きく足をあげなくてはならなかったり、どうしても一定のペースでは進めない。  ましてや今の先頭は高橋である。後ろなど気にせず、怒りに任せてどんどん歩くのだから、それを追う後続の者は徐々にあごを出し始めた。  安田は列の中を前へ後ろへと歩き回り、遅れの出始めたものにはこまめに声をかけている。そのおかげでいまだ脱落者は出ていないが、それも時間の問題だ。  ついに、安田が声をあげた。 「おい、隊長さんよ、少し休もうじゃないか」  高橋は足も止めず、ただ怒鳴った。 「休むだって! 冗談じゃない!」 「少しだけでいい、ちょうど昼時だろ、食事休憩にしようじゃないか!」 「食料だって! それが底を尽きかけているから、こうして焦っているんじゃないか!」 「焦っているならなおさら! 休憩しよう、隊長!」  しかし高橋は足を止めることさえなく、むしろ歩調を速めた。安田がこれを追うために走り出す。 「おい、いい加減にしろよ!」  そう叫んで、安田は高橋の肩をつかんだ。強くつかんだつもりはなかったのだが、高橋は大きくよろけて足を止めた。 「なんだよ、邪魔をしようっていうのか?」  振り向いた高橋は、目が完全に座っている。正気じゃない。全隊員に緊張が走る。  ここの道幅は人二人が並んだらいっぱいいっぱいである。片方は深い谷に、片方は切り立った山肌が迫っていて隠れる場所もない。ここで銃撃戦になったら死人が出ることは必至である。  そんなことは安田もわかっているだろうに、それでも腹に据えかねたのだろう、彼は大声で高橋を叱り飛ばした。 「おい! 自分勝手もたいがいにしろよ!」 「あぁン? 誰が自分勝手だって?」 「あんただよ!」 「俺が、自分勝手? は、お前はどうなんだよ!」  高橋が大型銃をするりと抜き放つ。  もはや一触即発の気色だ。隊員たちはみんな、自分のちっぽけな電子銃へと手を伸ばした。  ダイチもサラの手を振りほどき、尻ポケットに手をやる。もはや甘ったるい迷いなどない、彼はこの少女をいかにしてこの場から逃がすか、それだけを考えていた。 (高橋に銃を撃たせるわけにはいかない)  この道幅で、しかもきれいに隊列を組んだ中に大型銃を撃ちこまれては、なすすべなどない。一撃の電磁弾は一人を倒すにとどまらず、前列三人ほどをふっ飛ばすだろう。つまり二発も撃ち込まれたら終わりである。  いざとなったら、高橋よりも早く銃を抜き、彼乃動きを止めるしかない。つまり、ただの一発も撃たせぬほど早く、的確に、彼の眉間を撃ち抜いて殺す……。  不意に、ダイチの胸奥に戸惑いが生まれた。 (殺す? 僕が? 仲間を?)  今や放辟邪侈の暴君となった高橋ではあるが、もとは同じジャポネ艦の――つまり同郷の仲間である。それを無情に撃ち殺すなど、とても恐ろしい大罪のような気がするのだ。  迷いの中、ダイチはサラに向かって手を伸ばす。せめて彼女を、少しでも安全な列の後方に押しやろうと思ったのだ。 「逃げて」  しかしサラは、そんなダイチの手をするりと躱した。 「逃げない」  そのままサラはつかつかとあるいて、にらみ合う高橋と安田の間に割って入った。彼女は銃をすこしも恐れなかった。  ダイチから習ったばかりの言葉で二人に言う。 「戦うヲしてはいけない」  高橋は大型銃を下げもせずに、「ふふん」と鼻で笑う。 「そこをどけよ」  しかし、サラは鼻先に向けられた銃口に対して、少しも臆するようなことはなかった。 「戦うハよくない。ここは……デュルレスセルク……イヤト、ハ……」  どうやら意図する言葉が上手く出てこないようだ。両手を振って、足を踏み鳴らして……ついに焦れたか、サラは山肌に沿った道の傍を指さした。そこには小石を積み上げた質素な塚があった。 「死んだ人、寝ている、場所」 「ああ、墓か」  高橋はあっさり受け流したが、安田の方は何か引っかかるところがあったのだろう。 「待ってくれ、墓って、誰の?」 「昔、死んだ人の」 「君の村……つまり、住んでいる場所の人かい?」 「違う、死んだは外の人、殺された、レスダークに」 「そのレスダークっていうのは?」 「レスダーク、ヤレシュ……イヒイヒユルカ、レ、スカルテキズ……」         呼応する語彙が存在しないのだろう、サラは困った顔で身振り手振りする。しかし、そんなに複雑なことが身振り手振りだけで伝わるはずがない。  サラは説明をあきらめたのか、首を振って肩をすくめた。 「レスダーク、難しい」  そのあとで彼女は、路傍の塚を指さして言った。 「ここ、レスダークと戦ったお墓、暴れるのよくない」  真っ先に銃を引いたのは安田だ。冷静さを取り戻した彼は、ここで高橋と戦うのはあまりにも不利だと気づいたらしい。 「すまなかった、別に君の邪魔をする気じゃなかったんだ」  安田はそう言って、高橋に握手を求める手を差し出した。  しかし高橋は狂人である。これで納得するわけがない。 「ふん、お前が納得しても、こっちは納得してねぇんだわ」  大型銃の銃口を安田の鼻先に突き付ける。 「ついに正体を現しやがったな、俺を倒して隊長の座を奪おうってハラだろ」 「別に、そんなつもりは……」 「いいや、そんなつもりだね。大体、お前だけじゃない、お前ら、だ。お前ら全員、俺をこの隊から追い出そうとしているだろ!」  高橋は銃を振り回してわめく。 「どいつもこいつも! 俺の邪魔しやがって! お前らがもっと俺の言うことを聞きさえすれば、俺はこんな苦労もせずに、とっくの昔にA地点についていたはずなんだ!」  はたしてそうだろうか、この星にはダイチ達の行く手を阻む危険な生物がいる。地形的な不利もあるし、天候にも左右される。高橋の計画にはこれらの要素が全く考慮されていない。例えば、運よく危険生物に出会わなかったとしても沼地を迂回する必要はあったのだし、足元の状態によって体力の消耗度は違うのだから、距離と歩速から割り出した計算通りに隊がすすむわけがない。  だが、怒り狂っている高橋相手に、それを指摘しようという強者はいなかった。誰もが視線を軽く足元に落として黙り込んでいるのである。  これがますます高橋を焚きつけた。 「おい、何とか言ってみろよ、ほら!」  高橋が安田の胸元を銃口で軽く突く。いくら安全装置《セーフティ》がかけてあるとはいえ、武器で体をつつかれては恐怖に身がすくむのも当たり前、安田も言葉すらなく立ち尽くしていた。  高橋は、これで完全に自分の勝利を確信したらしい。彼は突然、とんでもないことを言い出した。 「お前ら、選べよ、ここで俺に撃ち殺されるか、俺に忠誠を誓って、再び仲間として良い関係を築き、共にA地点を目指すか」 「待ってくれ、忠誠を誓うって、どうやって?」 「そうだな、まずは俺に逆らうことがないように、武器の類はぜ~んぶこっちに寄越してもらおうか。なぁに、心配することはない、なにか獣が出てきたら、その時は俺が戦ってやるから、あんたらには武器なんか必要ないだろ」  高橋は、さらにとんでもないことを言う。 「そうだ、その捕虜の女は、まずこっちへ寄越してもらおうか」  これにいち早く反応したのはダイチだ。 「サラをどうするつもりだ!」 「なんだよ、お前まさか、この女に惚れてるのか? だったらおとなしく俺に投降しろ、その女を連れて、こっちにくるんだ」 「質問にこたえろ、サラをどうする気だ!」 「別にどうもしないさ、ちゃんと生かしておいてやるよ。何しろそいつは、ガイドとしちゃあ優秀だからな、せいぜい利用させてもらうさ」 「つまり、サラは『道具』か」 「ああ、『道具』だ。だって考えても見ろよ、この星にどんな危険があるのかを知り尽くしているんだぞ、しかも、だ……」  高橋がニヤリと笑った。あごの筋肉が引き攣れたみたいに醜い、厭らしい笑いだった。 「いざとなったら、盾にも使えるか」  この言葉を聞いて、ダイチの心はすっかり決まった。どうあっても、サラをこの男に渡すわけにはいかない。  思考する時間を得るために、ダイチは従順なふりをした。 「わかった」  それから、サラの手をそっと取る。彼女の指先はいつもよりも冷たく、頼りなく思えた。だからダイチは、彼女の手を強く握ってささやく。 「信じて」  サラはまっすぐに大地を見つめ、そして言った。 「信じる」

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