満月酔夢奇譚 | 回想ー繋ぎ編
咲桜いちか

若本(8)

「はーいはい。騒いでも結果は変わらないよー。一人合格、他は不合格。それだけでーす。んではー、きみさんからのお話という事でー」  ぱんぱんと、手を鳴らす牧村。  石畳の階段を降りてきた悟が、坂上と位置を変わる。 「結果に不服がある場合、口頭にて異議申し立てをする事。では、国主様の代理として合格者の名を告げる」 (ずっと寝ずに仕事かぁ。だけど、何でもかんでも、この人が一人でやらなくて良いと思うんだよなぁ。合格した人、色々と気をつけてあげてほしいなぁ。俺は一人っ子だし、兄貴の気分は分からないけどさ。この人、放っておくと駄目な気がする。うんうん。  ああ、もう終わりなんだなぁ。欲を言うなら、詩織さんのご飯をもっともっと食べたかったなぁ)    若本が夢想していた矢先。 「…………と。若本。立ったまま寝る癖でもあるのか」 「へ?」  若本の腑抜けた声に、野呂が肩を竦め、坂上が嘆息し。  悟が、口を真一文字に結ぶ。 「えーと……寝る時は横になります」  盛大に牧村が吹き出し、腹を抱えて笑い出す。    ようやく、若本は気づく。  この場に居る全員の視線が────自分に向いている事を。 「あははははは、あははは、あーひーはー……あー可笑しい、真面目に返すと思わなかったわー。ぶくくくくく」 「牧村、お前は笑い過ぎだ」 「…………」 「長。面倒臭いと顔に書いてありますよ。本人に伝わっていませんので、やり直しです。はい、もう一度」    澄んだ声が、清涼な風に乗る。    「合格者は若本健。夜の帳国主直属警護、通称・隠密の一員に加える事を、第三十八代目長、君原悟の名をもって此処に宣言する」        ──────  「おかえり」   「ただいま戻りましたー……じゃないです!  野呂さんに聞きましたよ、傷口開いたのに洗い物してたって! 無理しないでくださいって言ったのにぃぃぃぃぃぃ!」 「患部は濡らしていない」 「うう、あれほど沢山言った中の一つしか守ってないですー……誇らしげに言っても駄目です、駄目なものは駄目ですー……」  肩を落とした若本をよそに、悟が歩いて行く。  陽の当たる縁側の端。  数少ない、彼のお気に入りの場所へ。 「まったく、まったく、まったくもう。台所から此処まで、何かの事件現場じゃないですかー! 赤い血の跡がぼたぼたと!」 「お前が気絶するであろう血溜まりは、先に拭き取ったぞ」 「気遣いの方向が違いますぅぅぅぅぅぅ」  救急箱と医療道具一式、他諸々。  手当てに必要な物は、縁側で鎮座している。  どちらが怪我人で医者なのか、若本は首を捻りたくなる。   「はい、上着を脱いでー。はい、袖を捲ってー。はい、傷を……うぷ。  長、どう考えても、洗い物したせいで開いた傷口じゃないです。君原のお屋敷に行ったのは夏ですよね? 戻ってきたのも夏ですよね? 今の季節は何ですか、長」 「冬」 「そこー! 単語一文字じゃないです! 俺が『安静にしていてくださいね』って散々お願いした時間、時間の話です!」  若本は縫合用の針を熱し、部分麻酔を打ち込む。  傷口を縫合している間、微かに悟の眉が寄る。 「人間なんだから、痛い時は『痛い』って口に出す! 長は黙りすぎなんです! 今度無理をしたら、もっと太い針でざくざく縫いますからね。お尻に入るぐらい、太い針で縫いますからね!  それと、毎月提案してますけれども。やっぱり常駐医は置くべきです」 「税金の無駄遣いだ」 「ひ・つ・よ・う・経費です‼︎ 体が資本の仕事ですよー!」 「…………」 「聞いていない振りをしても駄目です。ちゃんと聞いてるの、知ってますからね。  はい、縫合完了しました。では、約束事です。その一、無理に腕を動かさない。利き腕でも駄目です。そんな顔しても駄目です。その二、患部は湯や水で濡らさない。その三、痛みが出たり腫れたり出血する場合、すぐに言ってください。良いですか、絶対にですからね! 三つしか言いませんからね、守ってくださいね!」 「…………」 「お尻に入る太い針で縫いますよ」 「…………分かった」 (あー今回も流されそうな気がするー……坂上さんにお説教を頼むかー。坂上さんの漬物石乗せ正座とお説教なら、長も聞いてくれそうだもんなー。よし、戻ったら坂上さんに話をし) 「若本」  道具を片付けている若本に、声が降る。  最初に聞いた時と同じく、澄んだ声。  けれども、決して無感情ではない声。 「医者ならお前が居るだろう。|隠密内《みな》の認識も相違ないぞ」 「へ」   「お前が日々努力し、積み重ねているものの結果だ。お前が居るのに、他の医者を呼ぶ必要などない」        ────── 

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