フォカレ王国物語-魔法使いと金欠王子- | 【四章】王子様と祭りの日
夏白

第三話

 新しく作られた森は百年続いているかのように豊かになった。  魔法ミミズが土を肥大にさせ、木々が促進魔法で成長し、イレーヌ諸島の雨が大地を潤した。  森には魔法部隊が集まり、厳しい顔をして準備を整えている。  メティを見つけると彼らは一様に頷く。 「準備は終わっています」 「結界と衝撃吸収のもね」 「ボクは! 魔法生物を避難させ! 終わりました!!」  返事をしようとしてメティは目を向く。  二人で祭りに行くと言っていたリマスとエルルが揃って立っている。 「ちょ、ちょっと待ってください。なんでエルルさん――はいいとして、リマスがいるんですか! お祭りで屋台を巡っていたはずじゃ!?」 「水の精霊様を一度見たかったんです。危ないのはわかってたんですが、こんなこと一生に一度有るか無いかと聞いたので……」  悪びれない笑顔が小憎たらしい。 「確かにそうですが……」 「あ、遊んでるわけじゃないですよ! 僕らは魔法ミミズを逃がしがてら、かつてフォカレ王国に流れていた川を掘り起こして、水の流れを作ってもらっていたんですよ! ね、リマス」 「これで街に水は行きませんから!」  という二人に嘆息して見せたメティは、仕方がないとリマスの手を引っ張った。 「まったく……。仕方ないので一緒にいましょう。ほら、神輿が来ましたよ」  背後からやってくる神輿。  騎士達が甲冑を揺らしてえいさと走っている。戦闘にはディエルの姿もあり、少しだけ衣服が替わっている。胸当てと手甲、そして靴が膝まである硬そうなブーツに履き替えてある。靴底に鉄が仕込まれた戦闘靴だ。  神輿が森にさしかかったとき、メティは異変を感じる。  目に魔法をかけて見下ろせば、地中深く眠っていた精霊が目を覚まし、ゆっくりと首を巡らせたところだった。 ――何故、我が眠りを妨げるか。  起き上がった精霊は、声を送る。  頭に響くような、不思議な声は精霊の思いを直接頭に叩き込むものだ。  メティは膝をつき、恭しく頭を下げる。 「お久しぶりです。魔法使いメティと申します。本日は今一度フォカレ王国と契約を結んでいただきたく参上いたしました」  進み出たディエルをサファイヤのように美しい精霊の瞳が見咎める。 ――契約にたるものはいずこに。 「すぐ目の前にございます。私達は森を戻しました。あなた様が住むのにちょうど良い場所だと思います」  精霊は思案しているようだった。  やがてゆっくりと手を回し、立ち上がった精霊は跳ねるように地上へ現れる。  美しい青の光彩が飛沫のように散った。  美しい全容が明らかになる。  水で作られた体は人のような体だが、纏っている衣服は並のようにたゆたうドレスのよう。髪は長く、伏せがちの容貌は此の世の者とは思えないほど美しい。  まさに水の精霊だ。 ――いいだろう。しかし我が領土を治めるに足る人間か、問う。  唇を動かさず告げられた意思。  神輿の像が動き出し、精霊に重なった。  石造りだった彫刻が関節を持ち、首を動かし、やがて精霊の体となる。 ――その力、見せてみよ。  瞬間、ディエルは叫ぶ。 「総員、戦闘準備! 目標は水の精霊の像。下せ、破壊しろ!」  号令に抜刀した騎士が構え、大きく踏み出す。魔法使い達は一斉に呪文を唱え始めた。  水の精霊は言った。  崇め、妾を鎮めることを、人がしなくなった。  つまり儀式が消えた。  祭りには決まったルートがあった。  水の精霊をかたどった像を王城で制作し、それを夜に森へと運ぶ。祭りの機関は決められていない。これは普通では考えられない事だ。そして持ち込まれた像は、役目が終わると王城で保管し、また次の年にも使う。  メティは水の精霊との戦闘を予想した。  荒ぶる物を鎮めるのは、まず崇め、戦わなければならないからだ。  精霊の契約は個体によって条件が違う事が多い。が、かつて旺盛を誇ったフォカレ王国は、なぜ他国に侵略したことが無かったのだろうか。強大な軍事力を持っているならば、何千年も続く国家の歴史の中で、一度も為政者が行動を起こさなかったのは、なぜだ。  できなかったからだ。  全ては今日のように、精霊との契約のためだけにフォカレ王国は軍を保っていた。  そして他国との戦争によって、戦う力を失い、資源を失い、水を失った。 「マジできついんだけど!?」 「おい、そっち行ったぞ!」 「ぎゃー! 水なのに何でこんなに切れるの!?」  精霊は縦横無尽に飛び回り、陣形を崩し魔法を放つ。それは湖面を跳ねる水滴のように、けれど突風のようでもある。 「想像以上に強そうですよ。どうするんですか、お師匠様ぁ」 「古い方ですからね……」  瞬間移動してるようにしか見えない動きに、冷や汗を流す。  かつてのフォカレが祭りをできなくなった理由がわかろうというものだ。  もしも契約が失敗すれば水の精霊は暴走する。辺り一帯を大洪水で攫ってしまうような規模になるだろう。戦わずにそっとしておいた方がいいと、当時の王は結論を出したのだろうか。  と、精霊の五指から飛び出した水流が、地面を割る。真正面にいたディエルは大きく踏み込み薙ぐように剣を振り切った。水流は裂けて飛び散った。  ずぶ濡れになりながらディエルが叫ぶ。 「メティ! 対抗手段はないか!?」  目を疑うような体捌きでそんなことをいう。  見ている魔法使い達が「人外……!」とおののいている。噂で聞いていたが、魔法をただの剣で切る人間なんて信じられない。|魔王の使い《ヴィス・スルガー》と言われても納得だ。 「せめて魔法の発動だけでもどうにかしたい。魔方陣も見えないし、このままじゃ近づけないっ」 「え、ええと精霊が使う魔法でも魔方陣はあります! ただ発動は一瞬ですし、体全体が魔力の固まりなので、見えないだけなんです。あと、どの部位からも瞬間的に発生させられます」  普通の魔法使いが束になっても起こせない現象を、軽々しく精霊は実行する。  露を払うように振り下ろし、両手に持ち替える。右足を引き、睨み付けるように水の精霊を見上げた。  騎士達が、魔法使達が飛び交う精霊を押さえ、下すために戦い続けている。 「まったく、やっかいだな」 「でも。方法はあります」  メティは頭の中を探った。  それを見た魔法使い達が一斉に目を疑って三度見したのに気付かないメティは、一つの書籍を引き当てた。  イーストイーグの著書「精霊の無効化リスト」だ。 「リマス、今から魔法を使いますが、私は死なないので安心してくださいね」 「え!?」  びくつくリマスから離れ、メティは小さな魔法を展開する。 「亜空間、亜空間、亜空間、亜空間、亜空間、ハイライト、収縮、収納、集約、集約――第三級亜空間魔法構築」 「ええ!?」  誰かがそんなことを言う。  ローブの裏に縫い付けていた魔方陣が発動し、光を放つ。  まるで蛍の光のように点った明かりは、次第に増え光量を増していく。 「亜空間、亜空間、第三級亜空間魔法、促進、魔力抑制、魔力抑制、収縮、収納、集約、集約――第二級亜空間魔法構築」 「だ、|二構築《ダブル》魔法!?」 「ちちちちちょっと待ってまさかまさか嘘ぉ!?」 「第三級亜空間魔法、第二級亜空間魔法、促進、抑制、抑制、抑制、収縮、集約、格納、封印、集約――構築」  メティはこめかみの痛みに知らないふりをする。  鼻の下からとぬめった血が垂れた。 「うっ。第一級亜空間魔法構築完了。――大地の精霊サテュルヌよ、荒ぶる水の友にしばしの急速を。|永久の休眠具《ロレイイエ》」  瞬間。  構築されていた第一級亜空間魔法がサイコロ状に目視できるようになった。  茶色いそれは闇夜でもうっすらと光っている。  面の一つを開いた。行った精霊魔法が発動し、大地から大量の蔓が伸び、飛び回っていた水の精霊を掴み、蛇のように巻き付いた。 「精霊魔法コンボってえええええ」 「どうなってるんだ、ここは地上なのか!?」 「終焉が始まったの!? いつから!?」  蔦は箱となった亜空間魔法に放り込もうと引き絞る。  精霊もただではやられない。半分亜空間に飲み込まれたところで逃げ出した。  下半身は綺麗に亜空間へ飲み込まれ、蓋が閉まる。  重苦しい音がした。 ――よき魔法使い。妾を鎮める術を知っている。  しかし、 「み、皆さん……私が耐えられるのは、あと三十秒です。その間に……」  構築した亜空間魔法が内側からの攻撃に形を歪める。  砕けるのは時間の問題だ。  メティは亜空間魔法が得意だ。  小さな魔法の集まりのそれは、メティの魔力でも十分高度な物を創れるし、使い勝手が良い。  それでも急場しのぎで作った物は脆かった。  魔力がどんどん体から抜け、めまいや鼻血が止まらない。  震えて冷たくなった体は膝をつき、リマスがかろうじて受け止めた。 「お師匠様!」 「は、はやく……」 「お、おおお!」  一瞬立ちすくんだディエルが声を上げて飛びかかる。  体が半分になった精霊は、攻撃も動きも威力が落ちていた。  十秒、二十秒経つごとに、腕は折られて残った体がさらに小さくなっていく。他の面々も加勢して、左腕が吹き飛んだ。  後二十秒。  未だ精霊は健在で、魔法部隊の放つ魔法をはじき、避け、喰らうがダメージは低い。  二十一秒。  ディエルが飛び出し、その後ろから二人の魔法使いが続く。  彼らはお互いの手の平を合わせながら走った。  二十二秒。  精霊は、標的をメティに定める。  二十三秒。  二人の魔法使いが放った混合魔法が、その背中を打ち抜いた。  その背をディエルが捉え、しかし精霊は振り向き様、水のカマイタチを放つ。 「ディエルさんっ!」 「わかってる!!」 ――見定めた。妾とこの青年との間に契約を。  ディエルの剣が魔法を切り、とうとう体を真っ二つにした。隙のできた一瞬でさらに三度斬りかかり、精霊は粉々になっていく。 ――血が続くかぎり、妾はここを治めよう。  塵のように砕けた像の代わりに、像から抜けた精霊がそこに立っていた。  体に欠けた部分はなく、青い肌の乙女が浮かんでいる。 ――宣言す。約束は再び成った。  刹那、轟音と共に、地下水が噴き出した。  水の精霊が眠っていた場所にあったものが地上に溢れ、見る間に池を作り、川のように流れていく。 ――約束の雨を。  空が曇り、空気が湿り、ぽつぽつと水が降ってきた。  イレーヌ諸島から借りた雨以外で、実に半年ぶりの雨だった。 「お師匠様!」  三十秒経過。  メティは、亜空間魔法を解除した。  目が回って頭は痛いし酔ったように気持ち悪い。  完全に崩れ落ちたメティは、鼻下に手を置いて、口の中のぬめりを吐き出した。 「お、お師匠様。目から、血が……!」 「だ、大丈夫です、リマス。すぐに収まります、から……」 「もう喋らないで下さい」 「メティ! 大丈夫か、メティ!」 「すぐに回復魔法を! それとマジックポーションを持ってきて!」 「すまないメティ、体が弱いのにこんな……」  ディエルの言葉に、ダーリーンが声を張り上げた。 「体が弱い!? おバカ! 弱かったらとっくに死んでますわよ! 思い出したわ。魔法省の下っ端にとんでもない雑用係がいるって! アンタだったのね、馬鹿じゃないの!! 馬鹿じゃないの!!!」  怒り狂って怒鳴られ、メティはうなった。  頭に響くからやめてほしい。  視界はブレブレだし、口も目も鉄臭い。 「頭の中に亜空間魔法なんて構築して! まともな魔法一つ使えないような状態でよくも! よくも魔法を使ったわね!!」 「うう、頭に響きます……」  ダーリンは回復魔法と魔力譲渡を併用するが、メティの容態は一向に良くならない。 「マジックポーション持ってきたぞ」 「すぐ飲ませてください!」  飲み口を突っ込まれて無理矢理嚥下させる。  むせるメティの鼻をつまんで、無理矢理吐き出した血ごと瓶を突っ込んだ。 「ガボガボガボッ!? あ、ちょっ、溺れてしまいますっ」 「知りませんわよ! 変だ変だと思ってたけど、ここまで危険なことをしてたなんて……!」 「待ってくれ、どういうことだ?」  ディエルが聞けば、魔法使い達は口々に怒った。 「亜空間魔法は本来無い場所に四次元的な空間を創ります。だから中に物が入るのですわ。それを生身の人間の中に作るなんて! 自分で自分に使うのは確かに禁止されていなかったけど、馬鹿じゃないかしら!?」 「アルランド王国で他人に使えば、終身刑レベルの大罪だねぇ」 「ここまでの奴はそういねぇよ。何で生きてんだこいつ?」 「僕、びっくりしちゃいました。魔法生物だって耐えられませんよ」  止めのエルルの言葉で、ディエルの米神に青筋が浮く。 「メティ……!!」 「フギュ!?」  乱暴に頬をつままれたメティは、半泣きでディエルを見た。  見たこともない形相で怒っている王子に、周囲にいた騎士達がさっと後ずさる。その距離三十メートル。盾を構えて頭を隠す者まで居た。 「どういうことだ。君は出会ったときからよく鼻血を出して倒れてたな? 病弱だと思ってたが違うんだな!?」 「うえぇ!?」 「答えろメティ!!!」  怒声が轟いた。  魔法部隊全員と、仁王立ちのディエルに囲われぽつぽつと白状する。  摘ままれたほっぺが赤く腫れていた。 「わ、悪気はなかったんです! 法律も守ってましたし――」 「は?」 「あ、い、いえそのっ。いつか別の場所に行って、のんびりスローライフしたかったのですが」 「やっべ、わかるわ」  ぼそっと魔法使い達が頷く。 「一人じゃ何もできないから、知識があれば何とかなると思ったんです。布団は最高です」 「ジャスティス」 「家に帰りたかったんですよ」 「あー、それなぁ」 「いちいち調べものを取りに行く余裕なんてなかったんです」 「ある。わかる」 「上司は何もしないでお昼寝してるけど、私は寝ないで仕事なんです。な、なのでどうにかするためにこういうことをですね、してですね……」 「凄いわか――」 「そんな上司は殺してしまえば良かったんだ」  思わず無罪判決を出しそうになった魔法使い達はピタ、と止まる。  般若顔のディエルは、腕を組んだ。 「戦場での無能な上官はうっかり殺すに限る。これは絶対の真理だぞ。メティ、もうこの国に来て君は落ち着いた。その上司はいない。いても俺が殺してやるから、だから頭の中の本を出すんだ」 「ええええええ」  いやそういうことじゃ無いと思う、と魔法使い達は思った。 「でも、これがないと不安なんです……」 「写本をしてたのはなんでだ? 本当はきついんだろう」 「…………」 「メティ、俺を信じて。大丈夫だから」  こくり、とメティは頷いた。 「でも、もったいないから紙に写したいです」  ぼそぼそと言うと、ディエルが嘆息して腕組みをとく。 「わかった。すぐに白紙の本を用意するから、出し切るまではずっとやるんだぞ」 「……はい。あの、でも」 「なんだ、怒らないから言ってみろ」 「実は、アルランド王国の図書館八割分くらいの量があるんです」  時が止まったような気がした。  おそるおそるディエルが聞く。 「……つまり?」 「六千六百五十七万冊あります。収納場所はないし、どうしましょう?」  というメティにあんぐり口を開けた魔法使い達は、瞬間的にメティを寝かせて担架を呼びに行った。 「う、動かすな! 爆発するぞ、爆発するぞ!?」 「優しくするんだ!」 「誰か、誰かお医者様はいらっしゃいますか!?」 「ばか、こういうときは結界の構築士っすよォ!?」 「あのー。普段は封印してるので爆発とかしないんですが」 「お医者様ー!?」 「お、お師匠様、死なないでください!」 「結界の構築士はどこだ!? あ、俺だ!????」 「あのー」 「どうしたんだ。メティは爆発寸前なのか!?」 「うわああ、もうだめだああああ――!!」  全員気が動転していた。  その後、担架の代わりになった神輿に乗せられたメティは、歓声をうけながら城に帰ったのである。 *  翌朝、祭りの成功が通知され、国が沸いた。  そして法相は『亜空間魔法をいかなる生物にもかけることを禁止する』法令を徹夜で施行した。  これがフォカレ王国初の魔法規制法であったが、法令はこの一行だったので国民はすぐに覚え、忘れた。生活に欠片も関係ないからだ。  魔法規制法は、後に大量追加されることとなる。

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