機械仕掛けの便利屋さん | 第3章 イツワリビトの仮面
笹野葉ななつ

第16話 迫る魔の手

◆◇◆◇◆◇◆ 『おのれ、カロル・パフォーマン! まさかこんなもので、私を買収できたと思うなよ!』  カタッ、カタッ、と規則的に揺れている看板。かわいらしいマスコットが描かれたそこには、デフォルメされたソフトクリームも描かれていた。  カロルは真っ白なソフトクリームを一口舐めつつ、キッドマンに目を向ける。  見た限りは憤慨しているようだが、それとは反対に嬉しそうにソフトクリームを頬張っていた。 「なぁ、アイ」 『なんだ?』 「オートマタってさ、ものを食べることできたっけ?」 『私のデータではそのような記録はないな。ちなみに言っておくが、あれほど美味しそうにソフトクリームを食べるオートマタは記録上に存在しない』 「そうか、俺もだ」  なんとも言い難い奇妙な感情を抱いてしまう。  不思議といえば不思議であり、おかしいといえばただただおかしい。  だが、目の前にいるキッドマンならやっていてもおかしくない。それどころか当たり前だと思えてしまうのだ。 『それにしても、リリアーヌの言いつけを守らなくてよかったのか?』 「仕方ねぇだろ。俺はよくてもあいつがうるせぇんだし」 『かといって、何も言わずにはよろしくないと思うが?』 「っせぇーな。わかったよ、今連絡すっから。それでいいだろ?」  カロルは渋々という様子でコートのポケットから一つの媒体を取り出した。  小さなディスプレイを弄り、リリアの連絡先を選択する。呼び出し音が響く中、カロルはため息を吐いた。  不思議なペンダント〈アイ〉の口調は、何から何までセシアのものと同じだ。性格は当人よりは少し固いが、それでも遠慮なく話せるのがとてもよかった。  だが、カロルはそれにちょっとした引っかかりを感じていた。アイはセシアの人格を元に作られた存在だ。だからといって、アイはセシアではない。  だからこそこんな想いを抱く。あいつと同じように接してもいいのか、と。 『カロル、通話が繋がったぞ』 「ん? ああ、わりぃ」  カロルは一旦、抱いている迷いを忘れることにした。  ディスプレイを確認し、リリアと通話が繋がったことを改めて確認する。 「あー、俺だ。今は近くのスウィーツショップにいる。もし探しているならそこに――」 『――――』  カロルが言葉を言い切る前だった。  とても澄んだ声が入る。それはリリアが特殊な力を使っている時のものと全く同じ声だ。 「どうした? おい、リリアっ」 『――ッ、――!』 「何言ってんだ!? おい、その声じゃあ何も――」  カロルが叫ぶ。その瞬間、アイが『通話を止めろ!』と大声を出した。 「あぁ? お前何を――」 『周りを見ろ。これ以上は危険だ』  カロルは言われた通りに周辺に目を向ける。  すると店内にいた全員が、力なく倒れていた。  ある者は懸命に立ち上がろうとしている。  ある者は口から泡を噴き、気絶している。  ある者は完全に意識を失っているのか、起き上がる気配がなかった。 「悪い、一旦切るぞ」  カロルは通話を止める。途端に人々は楽になったのが、呼吸をし始めた。  すぐさま立ち上がり、店を出る準備をする。このままここにいてはいけない。そう思ったための行動だった。 「うぅ」  ふと、顔を青白くしている店員が目に入る。カロルはカウンターで突っ伏している店員に、「悪かった」と声をかけた。そして謝罪の意を込めて、一つの紙切れを手に取った。  そこに記したのは、とある人物の連絡先だ。カロルはそれを店員の胸ポケットへとねじ込ませ、その店を後にする。  カロルはそのまま裏路地へと入る。できる限り人がいない場所へと移動し、再びリリアに連絡を取った。  だが、繋がらない。どんなにコールしても、どんなに待っても、その気配はなかった。 「くそっ」  思わず媒体を叩きつけそうになる。だが、その腕をキッドマンが掴んだ。  カロルは思わず振り返る。するとキッドマンが真剣な目つきでこう言い放った。 『クールになりなさい』  言葉をかけられたおかげか、カロルはほんの少しだけ落ち着く。ゆっくりと振り上げた腕を下ろし、キッドマンに目を向ける。  するとキッドマンは、あることを訊ねてきた。 『カロル、あの子を助けたいですか?』  それは思ってもいない言葉だった。だがそれでも、カロルはすぐに「当然だ」と答える。  するとキッドマンは、ニッと人間らしい笑顔を浮かべた。 『その言葉、待っていましたよ』  見たことがある笑顔。見たことがある憎たらしさ。  カロルの脳裏にあるかつてのライバルが、キッドマンと重なった。 「お前、まさか――」 『違いますよ。我がマスター〈オーロット・キッドマン〉は死にました。ここにいるのは、その意志を継いだポンコツだけです』 「いや、だけど――」 『今は無駄なやり取りをしている暇はありません。カロル、行きますよ』 「行くって、あいつの居場所はわからないままだぞ!?」  キッドマンはもう一度憎たらしい笑顔を浮かべる。  それはまさに、オーロットそのものの笑顔だった。 『ご安心を。あの子は私のマスター。場所は把握しておりますよ』 ◆◇◆◇◆◇◆ 「どこに行くのかな、リリアーヌさん?」  リリアは裏路地を駆け抜けていた。  右腕を抑え、懸命に追いかけてくるネイクゥーから逃げようとしている。  だが、おかしなことにその距離が開かない。  それどころか、どんどんと迫ってくる。 「フフフッ、無駄ですよ。なんせ、もうあなたの力は私のものだからね」  リリアは唇を噛んだ。  さっきから能力を使っているが、全く通用しない。しかもおかしなことに、相手も自分と同じ声を放っている。  もしあの声を近くで使われてしまったら、リリアであっても抗うことは難しい。 『ほーら、戻っておいで』  ネイクゥーがリリアの声を放った。途端にリリアの意識とは別に、身体の力が抜け始める。 ――マズイマズイマズイ。  心が危険信号を察知して叫ぶ。今ここであの声に従ってしまったら、リリアは確実に万事休すとなる。  まだ窮地のうちにどうにかしなければならない。しかし、身体はリリアの思いを無視して勝手に動き出した。  必死にやめろ、と拒絶する。しかし身体は従わない。 「無駄さ。もう君は、僕達の手に落ちる」  その声は、ネイクゥーのものでもリリアのものでもなかった。  聞いたことのない人物の声に、リリアは奥歯を噛む。  どうにか対抗しなければ、やられる。しかし、その手段が見つからない。 「ほら、早く来なよ。たっぷりとかわいがってあげるからさ」  リリアはその言葉を聞いて虫唾が走った。  だからリリアは、自身の感情に従う。 『ふざけるな!』  声を放つと同時に、ネイクゥーの顔から笑顔が消えた。  不思議なことに勝手に動いていた身体に、自由が戻る。  張りつめていた緊張感が切れた。途端に汗が大量に噴き出し、リリアは解放されたことに喜びを抱いていた。  懸命に、深く深く、何度も吸って吐いて。  深呼吸を繰り返し、どうにか胸の鼓動を落ち着かせる。  ひとまず窮地は脱せた。そう安心した瞬間に、ネイクゥーが笑う。 『なるほど、これはなかなかに面白い』  リリアの顔が引きつった。  動きを止めたはずの男。それが何ごともなかったかのように、近づいてくる。  咄嗟に立ち上がり、リリアは背を向けて走った。  するとネイクゥーは持っていたハンドガンを手に取る。トリガーを躊躇いもなく引き、弾丸を撃ち出した。  しかし、リリアには当たらない。  リリアはどうにか物陰へと隠れ、足に備えていたハンドガンを手にする。乱れた呼吸を整えながら、震えている手でセーフティを解除した。 「能力解除には同じ能力で。考えれば当たり前なことだけど、大きな盲点だったよ」  聞き覚えのない声がまた放たれた。  リリアは警戒しながら、顔を出そうとする。だがその瞬間、壁に弾丸が着弾した。  砕けた小さな壁だったものが飛ぶ。リリアはその姿を確認できないまま、再び物陰の奥へと隠れた。 「さすがは〈人柱〉かな。まさかそんな攻略法があるとはね。でも、残念。どんなに抗っても君は死ぬ運命にある」  ゆっくりと、ネイクゥーは近づいてくる。  リリアはそれに、息を飲んだ。 「さぁ、フィナーレと行こうか。リリアーヌ・サファニア」 『終わるのはアンタよ!』  敵が何かを仕掛けようとした瞬間、リリアが動く。  しかし、敵は気にすることなく『無駄さ』と能力を解除した。 「何をしても、君には勝ち目はない。時間稼ぎにもならないさ」 『回れ右!』 『しつこい!』 『結構! 私はこんなところで、アンタなんかに殺されやしないから!』 『しつこいのは嫌いだよ!』  ネイクゥーが突撃する。そしてそのまま物陰に向けて、銃口を向けた。  その瞬間、リリアが『止まれ』と叫んだ。 『無駄だと言って――』  ネイクゥーがリリアの能力を使い、能力解除を行おうとした瞬間だった。  途端に声が出なくなる。それどころか、呼吸が苦しい。  まるで何かが、喉の中に詰まっているような感覚に陥った。  必死に咳をして、吐き出す。するとどす黒い血が地面へと広がった。 「なっ……」  思いもしない景色だった。ネイクゥーが目を大きくしている姿を見て、リリアが近づく。  確実に、生き延びるために、頭に銃口を突きつけた。 「考えなしに使った代償よ。この声はね、結構喉に負担がかかるやつだし」 「なる、ほど……。敢え、て、あの声を、使って、いた、のは――」 「そ、喉を潰させるため。わかった、おバカさん?」  リリアは指に力を込めた。  そして、一発の乾いた音が響き渡ったのだった。

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