機械仕掛けの便利屋さん | 第3章 イツワリビトの仮面
笹野葉ななつ

第14話 差し込む影

 光があまり差し込まない街角。そこには当然、人らしい人はいない。  もしいるとするならば、社会からあぶれた者達ばかりだ。  それぞれが何かしらの事情で社会から離れたか、見捨てられた存在。いわゆるホームレスとも呼ばれる者達がたむろっている場所に、一つの酒場があった。 「エミリー、まだかかるか?」 「まだまだかかりますよ、お頭」  かつて賑わいを見せていた酒場。しかしそれはもう過去のものだ。  今ではすっかり荒れ果て、誰も寄り付かない場所となっている。金目のものは潰れたから3日も経たないうちに全て奪われた。もしあるとするならば、雨風をしのげる建物だけである。  本来ならばホームレスの寝床になっていてもおかしくない場所。しかしなぜか、そこにはそれらしい姿は一つもなかった。 「にしても、相変わらずここは不気味だな」 「そりゃそうですよ。なんせここは、元々〈結社〉が牛耳っていた場所の拠点ですからね。アニキ達が乗り込んで、ここを潰すまでは賑やかな場所だったんですし」 「はぁーん」  興味なさげに、スキンヘッドは返事した。  エミリーは目を瞑り、その時のことを何気なく思い出す。とある任務に失敗し、罰としてひたすら殴られ蹴られていた。  仲間にも手が及びそうになり、咄嗟に足にしがみついたことで殺されそうになった。  そんな時に現れたのが、カロルだったのだ。  鬼のような強さであり、死をも恐れていない戦いぶり。まさに一騎当千と呼べる強さに、エミリーは目を奪われた。  だが、そんなカロルにも隙ができる。エミリーは反射的に叫ぼうとしたが、それよりも早く対処した人物がいた。  それが死んでしまった〈セシア〉という女性だ。  カロルは文句を言う。しかしセシアは、笑いながらその言葉を感謝として受け取っていた。 「あんな風になりたいな」  絶対的な信頼。それがあの時のカロルとセシアにはあった。  だからエミリーもいつか、そんな関係になりたいと思っている。  しかし、カロルはエミリーのことをずっと子ども扱いする。それがとても堪らなくて、もどかしい。 「ハァ」  エミリーはついついため息を吐いた。  わかっている。カロルにとってエミリーはずっと子どもなのだ。守ってあげなくてはならない存在であり、背中を預ける存在ではない。  だけどそれは、とても寂しくて悔しいことだ。 「もっと強くならないとダメかな?」  どうすればカロルの背中を任される存在になれるのか。そんなことをつい考えてしまう。  しかし、そんなことを考えれば考えるほど、マーナの言葉が引っかかった。 ――光を浴びすぎたんじゃない?  前より弱くなった。それがどういう意味なのか。  マーナの言葉通りならば、エミリーはカロルの傍にいても意味がない。 「やめよ」  望みはある。だがその望みを叶えるために、大切な人から離れなければならない。  そんなの、本末転倒なことだ。目的のために手段を一番にするなんて、もってのほか。 「にしても、なかなかヒットしないなぁー」  今は忙しい。だからもういいや。  そんな風に思うことにして、エミリーは考えることを後回しにした。  だが、かなり時間をかけているにも関わらず目当てのものがヒットしない。まさかIDが死んでしまったのか、と不安を覚え始めたその時だった。 【検索完了しました】  淡白な声が響き渡る。エミリーは反射的に端末の画面へ目を落とすと、そこには【一件条件が当てはまりました】という表示があった。  息を飲み、ヒットしたデータにアクセスする。するとそこには、見たこともない文字が羅列されていた。 「これは――」  思わず、目が鋭くなってしまう。  何気なく下へとスクロールさせていくが、全てがその文字で支配されていた。  エミリーは直感的に、ヤバいものだと考える。同時にこれが、ラウジーが求めているものではないかとも考えた。 「よし……!」  データのダウンロードを始める。  結社〈ウロボロス〉が持っていたもの。それが〈ラプラスの言付〉と関係あるかどうかはわからないが、急所を突くものだと確信した。  持って帰れば、確実にカロルの助けとなる。なら、持って帰らないという選択はない。 「エミリー、まだかかるか!?」 「もう少しかかるっす。でももうすぐ――」 「早くしろ。気づかれた」  スキンヘッドの警告に、エミリーの顔が強ばる。  ここは結社から放棄された拠点。つまり本来ならば人なんていない。  だが代わりに、人殺しを専門とするオートマタが巡回している。決まった時間に訪れては異常がないかどうか確認するのが、主な役目だ。  しかし、それに見つかればどうなるか。どんな人物であれ、どんな理由であれ、オートマタは課せられた使命に従って殺しにかかる。 「あと何秒だ?」 「予定だと五十秒ぐらいっす」 「長いな――」  スキンヘッドの顔が曇る。  もし見つかれば戦闘は避けられない。しかも即座に結社の幹部へ連絡されるオマケつきだ。  そうなればいくらエミリーでも、逃げ切ることは難しい。 「エミリー、俺が時間を稼ぐ」 「えっ!? だけど――」 「死ぬ気はねぇさ。だから、お前は見つかるな」  足音が近づいてくる。機械的な音を響かせながら、どんどんと迫ってくる。  早くしろ、とエミリーは心の中で叫んでいた。しかし、まだダウンロードは終わらない。  予測だとあと三十秒はかかる。なのに殺戮オートマタはすぐそこまで来ている。 「エミリー、しっかり逃げろよ」  スキンヘッドはもう時間切れだと判断した。  エミリーは思わず大声を上げて止めようとする。だがそれよりも早く、スキンヘッドは部屋を飛び出した。  持っていたショットガンの銃口をオートマタへ向ける。  スキンヘッドの存在を認識したオートマタは、すぐに硬い地面を蹴った。  血と油ですっかり錆びついた刃を振り上げ、飛びかかる。  しかしそれよりも早く、スキンヘッドはトリガーを引いた。 「お頭ぁ!」  大きな音が響く。  直後に、端末がダウンロード完了したことを知らせるブザーを放った。  エミリーはすぐさまコードを抜き、スキンヘッドとは逆の出入り口から逃げ出した。  このまま逃げれば、エミリーは助かる。だが、エミリーの足は止まってしまった。  本当にそれでいいのか、と問いかける自分がいたからだ。  そんなことをして、カロルの隣に立てるのか。  仲間を見捨てていいのか、と。 「――ッ」  できない。エミリーの心がそれを拒絶する。  エミリーは腰に添えていたナイフを掴み取った。  そのまま抜き出し、刃を剥き出しにするとすぐにスキンヘッドの元へと向かう。 「バッカじゃない?」  聞き覚えのある声が響いた。  直後、何度も響き渡っていた銃声が止まる。 「アンタ、ホントのバカじゃないのぉ?」  エミリーは思わず目を大きくする。  そこにはいるはずのない敵〈マーナ〉が立っていた。  マーナはとても呆れた目をして、エミリーを見つめている。  エミリーはそんなマーナの顔を見て、非常にムカついた。 「アンタに意見される筋合いはないけど?」 「エミリー、アンタねぇ」  マーナは呆れつつも、エミリーへ手をかざした。  するとエミリーの目の前に円陣が現れる。  その円陣が不気味に輝きを放つと、光の中からスキンヘッドが飛び出してきた。  エミリーは思わず身体を受け止める。  ぐったりとしているスキンヘッドは、思っている以上に重たかった。 「何の真似だよ?」 「ちょっとした貸しを作っておこうと思ってね。嫌?」 「嫌に決まってるだろ!」  マーナは本当に嫌そうな顔をするエミリーを見て笑う。  ゆっくりと、重たいスキンヘッドを支えているエミリーに近づく。 「アンタにとっても、いい話よぉ」  マーナは耳打ちをする。  エミリーはそれを聞き、一瞬だけ息が止まった。  揺れ動く瞳に、乱れる呼吸。胸の鼓動が早くなると同時に、エミリーの顔が強張る。 「ねぇ、いい話でしょ?」  マーナは妖しく笑う。  エミリーは舌打ちをシながら睨みつけると、マーナはさらに楽しそうに微笑んだ。 「お前……」 「礼はいらないから。だってエミリー、アンタわかっているのに頑張っているでしょ?」  マーナはエミリーの横を通り過ぎていく。そして嘲笑いながら、囁いた。 「だから哀れんであげる」  エミリーは振り返った。しかしそこに立っていたはずのマーナは、もういない。 「私があげたプレゼント、有効的に使ってねぇ」  誰もいないはずの空間。そのはずなのに、マーナの声だけが響いていた。  エミリーは奥歯を噛む。ムシャクシャする中で、スキンヘッドを担いで移動し始めた。  酒場に静寂が戻る。  残っているのは、バチバチと音を立てているオートマタだったガラクタだけだった。

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