殺戮惑星 | 僕たちは箱舟で生まれた――だから『人』を知らない
バラキ中山

 もはや電子銃をバックパックにしまおうとする者はいない。  あるものはそれを抜き身で片手に提げ、ある者は羊歯の繊維を揉んで体に括り付け、また、用意の良かったものはストラップで肩から下げ……誰もが臨戦態勢だ。  しかし幸いにも『獣』が現れることはなく、ダイチ達は順調に森の中を進むことができた。昼までにおよそ十五キロ――端末に送られた地形図が正確であれば、あと数キロで森を抜けるはずである。 「コンピューターは俺たちに試練を与えたがっている、だけど全滅までさせるつもりはない、地図データまでニセモノをよこすとは思えないんだ」  これはコンピューターに詳しい長崎の見解だ。  彼らは今、森の中の少し開けたところに座って昼の休息をとっている。その休息中に、長崎は自分の改造端末で中央コンピュータにアクセスを試みていた。結果は、『アクセス拒否』である。 「こういう時、俺のスキルは役にたたねえな」  長崎はボヤくが、これが軽口であることをダイチは知っている。だから明るい口調で、長崎の肩を叩いた。 「コンピュータは趣味だって言ってたじゃないか」 「まあね」  長崎が専修したのは防疫である。だから大けがをしたアサコの傷口を洗い、死後処理《エンバーミング》を施したのも彼だ。だからこそ、アサコの死をふと思い出し、彼はニヒルに口の端をあげる。 「きちんと学んだスキルだって、ろくに役に立ちはしないけどな」  冷笑――もちろんアサコの死は長崎の責任ではない。傷の深さから考えても死を待つのみであることは、誰の目にも明らかだった。それでも実際にアサコの『治療』にかかわった彼は、そこで初めて自分の無力さを思い知ったのである。 「人が死ぬとこを見るなんて、生まれて初めてだったからさぁ……」  ためらいがちな言葉が、そして組み合わせた指先が、かすかにふるえている。その震えは指から肩へ、肩から背中へ――長崎は泣いていた。 「わかってた……わかってたんだ、彼女が助からないことは、わかっていての処置だ、後悔なんかあるはずがない」  長崎の言葉は強く、だが声音は低く、まるで自分に言い聞かせているようだった。だからこそかける慰めの言葉など何もなく、ダイチと三崎は黙って彼の背に手を置いた。  それが長崎の感情の何かを刺戟したことは確かだ。彼はボロボロと涙をこぼし、急に絞り出すようなか細い声をあげた。 「それでも、もっとできることがあったんじゃないかって……あそこに置いてきた子のことも、獣に食われた子のことも、なにか俺にもできることがあったはずなんじゃないかって……」  三崎が妙にのんびりした声で言う。 「なにもできないと思うよ」 「いや、できたはずだ! 最初に獣が来た時、銃さえ手元にあれば……いや、銃なんかあてにしないで、突っ込んでいくことだってできたはずだ!」 「それで、自分があの子の代わりに食われてやるのかい?」  いつも温厚な三崎の目元が少し吊り上がり、細く鋭い眼光が長崎の顔をまっすぐに射抜いた。こういう時の三崎は少し怖いくらいに容赦ないことを、ダイチは長い付き合いの中で知っている。 「ねえ、どうなのさ、代わりに食われてあげるのかい?」  三崎に詰め寄られて、長崎は少したじろいだ。 「い、いや……うん……いや……」 「どっちさ」  長崎が黙り込む。結局のところ彼の後悔は一時的な感傷であって、自分の命を対価として持ち出されれば覚める程度の、自己愛的な悲しみであることを三崎は見抜いていたのだ。 「まあ、気持ちはわかるけどね、俺だって人の死ぬと子なんか初めて見たし、今でもちょっと悲しい。だけどさ、俺は俺が生き残るので手いっぱいだ。そんな俺を、君は冷酷だと笑えるかい?」  長崎はもう何も言わなかった。無言のまま首を横に振り、それっきり地面を見つめて放心している様子であった。  暗く重たく、時間は無為に過ぎる。三人ひざを突き合わせているというのにまったくの無言で……はじめて目の当たりにする人の死というものは、彼らにとってそれほどに残酷なものだった。  閉塞空間であるコロニーでは、人間の死すらコンピューターの管理下にある。事故にしろ、病気にしろ、老衰にしろ、死期が近づいた人間はすべて病院に収容される。あとは人の手を借りず、息を引き取った遺体は専用のシステムによってきれいに焼き清められた骨となって遺族のもとへ返される。すべては閉塞空間における大規模な感染症を回避するための衛生管理、そのためのシステムだ。  だから、ダイチ達はこれまで、人の死に際というものを見たことがなかった。それがいきなり、さっきまで目の前で話をしていた少女が呼吸を終えて、物言わぬただの肉塊となるまでをまざまざと見せつけられたのだから、ショックを受けるなというほうが無理だろう。  ダイチが長崎の背中をすこしさすって、深いため息をついた。やはり言葉はなかった。

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135pt

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