241 【 最後の防壁 】

 浮遊城ジャルプ・ケラッツァでは、リッツェルネール、ケインブラ、ミックマインセの三名が地図を確認している最中であった。 「状況に間違いはないんだね?」 「間違いはない。現在アイオネアの門から南南西1500キロメートル地点。13時間後には白き苔の領域に侵入し――」 「38時間後には苔の領域を抜けてアイオネアの門近郊に到着と」 「そこから門までは僅か250キロ。白き苔の領域内には布陣できないから、ここが最終防衛線となるね」  ここは浮遊城基部にある予備作戦室。言い方を変えれば第四艦橋くらいの場所だ。  相手が|浄化の光《レイ》を撃ってくることがほぼ確定な以上、あんな如何にもな弱点で指揮など取ってはいられない。  広い部屋の中央には長机と作戦地図が置かれ、リッツェルネール、ケインブラ、ミックマインセの三人がそれを囲む。  壁沿いには前8人、左右に6人、背後に4人の|通信士《オペレーター》。それにサポートで走り回る予備の|通信士《オペレーター》が10数人。  更に加えて、4人の武官が待機する。そのうち一人はマリッカ・アンドルスフであった。 「向こうが速度を変えない限り、暗くなってすぐに戦闘か」 「どうする? 魔族相手に夜戦など命とりだ。ましてやこんなものを相手に――」  ケインブラが机に写真をぶちまける。  それは飛甲騎兵が撮影した巨大浮遊物体の姿。  菱形の幾何学的なフォルムに反した生物的な皮膚。サイズは300メートルを超えており、  ジャルプ・ケラッツァとほぼ同等の大きさだ。  周囲には翼竜であったり翼を持つ魚であったりと、多数の飛行生物の姿が見える。  そしてまた、下に幾筋も広がる土煙は地上にも多数の生物がいる事を示していた。 「|魔族領《こちら》も活発ですよ。新領域から多数の|翼竜《ワイバーン》、それに|翠玉竜《エメラルドドラゴン》らしき群れが出てきたそうです。進路上にいたユーディザード王国はほぼ壊滅という報告が来ています」 「あの国も|翠玉竜《エメラルドドラゴン》とは奇縁だね。残存は?」 「ほぼ無い。もう組織としては機能しないだろう。今の王は誰だったかな……確か昨日、ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザードが王になったと思ったが」 「戦力外ならいいさ。望むなら故郷に帰らせてやるといい」  今は一人でも多くの戦力が必要ではないのか? とケインブラは思うが、口には出さなかった。  既に人類と魔族の関係は最終局面に入っている。どちらかが滅びるか、そんな状況だ。  ここで戦うのも故郷で戦うのも、そしてどこで死のうとも、もうあまり変わりは無いだろう。  ◇     ◇     ◇  碧色の祝福に守られし栄光暦219年6月13日夕刻。  浮遊城ジャルプ・ケラッツァの配置は完了していた。  アイオネアの門から100キロメートル。ここが人類と魔族との最前線。  実際には海岸線から大量の魔族が入り込んでいる。だが世界の耳目は今、この場所に集中していた。  東はともかく、海岸から上がってくる魔族に対しては北も中央も優勢だという事が大きい。  余裕があるから、他に目を向けることが出来る。  そして何より、やはり魔族領こそが人類にとって最大の敵なのだ。そこに明確なシンボル――魔族の浮遊城が攻めてくる。  それを防衛するのは稀代の天才軍略家、無血独立のリッツェルネールだ。  ここが敗れれば、東部の支柱を失う事になる。もはや、魔族領から侵入する敵を止めることは出来ないだろう。 「各部隊の配置、完了しました」  |リッツェルネールは地図を見ながら、|通信士《オペレーター》のリンダに対し静かに頷いた。  浮遊城左右40キロメートル地点にはティランド連合王国軍。  右翼にリンバート・ハイン・ノヴェルド・ティランド。左翼にグレスノーム・サウルスがそれぞれ55万人で布陣する。  それらの正規軍の他に、300万人を超える民兵隊が加わっている。彼らはティランド連合王国人ばかりではない。魔王軍迫るの報を受け、自発的に各地から集まってきた義勇兵であった。  そしてそれらの集団から少し離れ、浮遊城側にハーノノナート公国装甲騎兵隊がそれぞれ千騎配備された。  これは、地上から浮遊城に接近する魔族をギリギリまで防ぐための遊撃隊としてであった。  浮遊城後方50キロメートル地点には、ハルタール帝国軍を中心とした北方国軍170万人が控える。  こちらにも200万人を超える民兵が追加で控えているが、両翼位比べれば少ない。  というより、こちらの民兵は補給に救護といった部隊だ。  全体として、浮遊城の左右後方を囲む円を描くような形に布陣する。  だがいずれの部隊も浮遊城の視認距離外であり、同時に射程外だ。  元々、地上部隊と浮遊城は互いに援護し合う関係ではない。なんといっても戦力比が違い過ぎる。  地上部隊の役割は、敵を足止めして時間差を作る事である。  いくら強いといっても、|浄化の光《レイ》の砲門数にも発射できる回数にも限りがあるからだ。  全ての敵を、同時に浮遊城に向かわせるわけにはいかない。  日が暮れれば、魔族の浮遊城がやってくる。そんな中、ティランド連合王国大将のリンバートは、静かな高揚に包まれていた。  恥を忍んでここまで生きながらえて来たが、その甲斐はあった。  これはまさに決戦といえるだろう。そこに立つことは、まさに人類の誇りだ。それをティランド連合王国の代表として成す。産まれてきたことを、これほどまでに感謝した事は無い。  グレスノームも同じ気持ちであろうか……80キロの彼方に布陣する弟の事を思う。  そしてまた、実際に同じことをグレスノームは考えていた。 「強行偵察隊から連絡。敵浮遊城予定通り進軍中」  浮遊城ジャルプ・ケラッツァの作戦室に緊張が走る。  空は次第に暗くなり、戦いが近づいていることを示していた。  それに合わせ、リッツェルネールの前に設置された全体図に模型が配置される。  既に相手は白き苔の領域を越え、残る距離は100キロ程度。暗くなるとほぼ同時に戦闘開始と予想されていた。 「北西から進軍中の亜人たちにも変化は無い。西から来る氷の|竜《ドラゴン》も同様だ」  ケインブラが情報を基に、敵の配置図を動かしてゆく。  迷宮の森と亜人の領域からは大量に亜人達が移動しており、その多くが集合しながらこちらに向かってきていた。  彼らがまとまって時間を合わせて行動するなど、ほんの数年前までは考えられなかった事だ。  そしてそれは他の地域から進行して来る魔族達も同様だ。示し合わせたように歩調を合わせて近づいて来る。 「どいつもこいつも、時間に律儀な連中ですね。いつから魔族ってのは、ああなったのやら」 「全ては魔王が元凶だ。今度こそ必ず倒す! 我等が倒すのだ!」  ケインブラが拳を握り締め作戦机を叩く。物に当たっているのではなく、行き過ぎた気合を発散させているのだろう。 「まあそれはともかく――」  そんなケインブラの気合を受け流しながら、ミックマインセが尋ねてくる。 「ここに布陣して良かったんですか? いやいや、地上部隊が邪魔すぎるでしょ。いっその事、ティランドやハルタールなんかは、先に魔族の地上部隊にぶつけといても良かったのでは?」  その辺りの事は、リッツェルネールにも当然分かっている。  地上部隊に囲まれているせいで、浮遊城の行動圏内は精々直系50キロメートル圏内程度しかない。それはまるで、一か所が開いた闘技場の様にも感じられた。 「向こうが明確にアイオネアの門を目指している以上、ここを防衛しなければどうにもならないからね。万が一も許されない。そうだろう?」  まあその通りだとミックマインセも思う。  浮遊城が自由に動けるという事は、その分だけ地上はスカスカともいえる。魔族の部隊がいつ抜けて来るか分からない。  相手の浮遊城と戦っている間にアイオネアの門を突破されでもしたら、その時点で負けといえる。門が突破されたという事実が何より需要だからだ。  一度でも突破されたという既成事実が出来てしまえば、もう人類は未来を信じることは出来ない。そうなってから取り返しても意味はないのだ。  だから地上部隊は、いわば大型獣を遅らせるための罠。もし相手が突破するのなら|浄化の光《レイ》で焼く。お互い、その覚悟は出来ているのだった。 「ティランド連合王国右翼から連絡。亜人の群れと戦闘開始!」 「同じく左翼からも連絡。軍隊蟻の群れが出現!」 「どちらも予想通りだな。予定通り対処を。それと望遠図を出してくれ」 「10キロメートル地点だ」  そう言ってケインブラが出してきたのは、闇夜に光る青白い幾つもの光。敵浮遊城の光だ。 「まだ撃たないんですか?」 「有効だと思うかい?」 「そこまで馬鹿だったら苦労はないですね。向こうも撃っては来ないでしょう」  10キロも離れていたら、出力ロスが大きすぎる。届けばいいというものではないのだ。  実際、浮遊城同士で致命打を与えようと思ったら、最低でも5キロ。出来れば3キロ圏内での焼き合いとなる。  だがそれも――、 「向こうの性能次第ではあるね……」  こればかりは情報が不足しすぎて判断は出来ない。  だが推定では、相手の威力は人類側の|浄化の光《レイ》を上回る。  今以上の駒はなく、時間も状況も戦略戦術を許さない。出来るのは単純な力のぶつかり合いだ。 「機関最大。これより迎撃戦を開始する!」  リッツェルネールの指示を受け、浮遊城の巨体がゆっくりと動き出す。 「ああそうだ。飛甲騎兵と……キスカの方はどうなっている?」 「ラウは完調ですね。ただ支援の関係で殆ど出してしまいましたからね。搭載は400騎だけです。まあ実働は320騎くらいですか」 「その辺りは分かっているよ。準備の確認さ。場合によっては、直ぐに出ることもあり得る」 「了解です。再度魔導炉は確認させておきましょう。それとキスカ殿の方は終わってますよ」 「なら彼女はもう城外へ送り出してくれ。外の方が仕事は多いだろう」 「ではそちらも――」 「強大な魔力反応感知! 前方より接近中!」  ミックマインセの返答を、|通信士《オペレーター》に高い声が遮った。  それがこの戦いの合図である事を、誰もが感じ取っていたのだった。

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この作品の評価

78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

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