第13話 ゼノウィズ

「クソが!」  ネイクゥーは置かれていたポリバケツを蹴っていた。  派手に飛び出す生ゴミ。それが自身の靴にかかるものの、お構いなしに大声を放つ。  しかし、それだけでは怒りが収まらない。転がっていたポリバケツをもう一度蹴り飛ばそうとした。  大きく足を振り上げて、蹴り飛ばす。だが、勢いよく転がっていったポリバケツは壁に当たり、妙なバウンドをしてネイクゥーの腹部へと飛びかかる。  思いもしなかったためか、ネイクゥーは避けることができなかった。そのまま無様な悲鳴を上げ、無様に倒れ、無様に悶えることとなる。 「なんで、こんな目に……」  いつものように形式的な手続きをしようとしただけ。その過程で嫌味を言い、相手を困らせようとしただけだ。  それだけのはずなのに、とんでもない目にあった。唯一の楽しみだったが、そのせいで思いもしない罰を受ける羽目になる。 「なんだよ、遊んじゃダメなのかよ……」  泣きたい気持ちでいっぱいだった。ネイクゥーは自身でもクソ野郎と感じている。それでもこんな仕打ちを受けるなんて考えもしなかった。  なんで自分だけが。  なんで周りだけが。  なんで、なんで――  そんな妬みがネイクゥーの中で巡り始めた時だった。 「そんなこと、わかりきっているだろう?」  男の声だった。だがそれにしては、とても澄んでいるものだった。  爽やか、と表現するには落ち着きがある。どちらかというと、物腰が柔らかい印象を抱く。  ネイクゥーは顔を向ける。そして思わず目を見開いてしまった。 「なっ――」  それは笑っていた。  口が裂けるかのように頬を上げて、歯を剥き出しにしている。  しかし、ネイクゥーは震えていた。  ただの笑顔を見ているだけなのに、震えていた。 「その顔、くれよ」  何かが喉に突き刺さった。思わず前屈みになって、傷口を手で抑えようとする。  だが、その前に両手のひらに何かが突き刺さった。  あまりの鋭い痛みに、ネイクゥーはこごもった声を上げた。 「ガ、ゴォッ――」  助けてくれ、と叫んだ。だがどんなに叫んでも言葉は出ない。  コツン、コツン、と足音が近づいてきた。  これから何をされるのか。考えたくない。  それなのに、頭が勝手に思考を巡らせてしまう。 「ひどい顔だね」  呼吸ができない。  息を吸いたい。  空気をくれ。  ネイクゥーは何かにすがりついていた。しかし、その〈何か〉はひどく歪んだ笑みを浮かべる。  あまりにも残酷で。  あまりにも冷たくて。  あまりにも楽しそうなものだった。 「さて、いただこうか」  それは、軽い音と共に折りたたまれていたナイフの刃を剥き出しにする。  まだ死んでいない、それどころか意識も残っているネイクゥーの顔を覗き込んだ。 「さようなら、三流刑事さん」  クスクスと、声が溢れる。  誰もいない裏路地。そこはただ、静かな絶望が支配していた。 ◆◇◆◇◆◇ 「ということで、私達だけで調査することにしました」 「何がということで、だよっ」  カロルは苛ついていた。  リリアが勝手に権限を使ったということもあるが、それ以上に厄介ごとに巻き込まれたことに怒っていた。 「異論は認めません。拒否するなら権限を使うからね!」 「どこぞのガキ大将だ! つーか、なんで俺も調査しなきゃならねぇーんだよ!」 「じゃあ正式に依頼しますぅ~。後払いだけどねぇ~」 「ムカつく! すっげぇームカつく!」  賑やかに、それでいて仲よくケンカするカロル達。  アイはそんな二人を見て、やれやれと呆れたように言葉を溢していた。 『夫婦漫才は後にしてくれ』 「誰が夫婦だゴラァ! ぶっ壊すぞ!」 『わかったわかった。とっとと仕事を片付けたいのだろ? なら、少し黙っててくれ』  アイの言葉にカロルは悔しそうにじたんだを踏む。それはどこか踊っているようにも見えた。  リリアはそれを見て、少しだけ笑みを浮かべる。  カロルとの付き合いはとんでもなく短いが、それでも自分が下した決断は間違いではなかったと思うことができた。 【ジジ――、再起動を行います】  大騒ぎをしていると、妙な電子音が響いた。  目を向けると、キッドマンの表情を表現するディスプレイが色づき始める。  次第にノイズの音が大きくなり、突然ブツンと消えた。 『おはようございます、マスター』  リリアはとても面倒臭そうな顔をした。  しかし、目が覚めたキッドマンはゆっくりと顔を向ける。 『どうしましたかな、マスター? あまりにも滑稽で愉快な引きっ面ですが?』 「悪いけど、もうちょっと寝ててくれない?」 『なぜですか? まさか、私が寝ている間にカロル・パフォーマンとあんなことやこんなことを――』 「されてないから! とにかく黙ってて!」 『黙りません! 私は私の存在意義として、私のためにマスターをおちょくる義務があるのです! そう安々と黙り込むなんてできません!』  やっぱりこいつは、スクラップしよう。  リリアはより一層固い決意をする。  怒りに拳にした手を震わせていると、突然アイが『解析完了をした』と言葉を放った。 「んだよ、何かわかったのか?」 『ああ。カロル・パフォーマン、近くの壁に手を当ててみてくれ』 「あん? こうか?」  アイの指示通りに、カロルは壁に手を当てた。すると突然、ぬちゃっとした感触が頭に伝わってくる。  カロルは思わず「うわっ」と手を離す。目を向けると、そこには粘り気がある液体がこびりついていた。 「なんだこりゃ……?」 『ゼノウィズだ。一般的には新エネルギーと呼ばれている物質だ』 「つーことは、これは空間に漂ってるっつーあれか」  カロルは理解すると同時に、顔をしかめさせた。 「待て、確かあれは目には見えないほど小さい物質だったよな? それがなんで、こんな状態であるんだ?」 『ゼノウィズにも物質変化があると言っておこう。専門的な話をすれば――』 「長話は結構だ。手短にかつ簡単に説明しろ」 『わかった。ゼノウィズは言ってしまえば、変化しやすい物質だ。だからこそ起きた現象だと言える。  ゼノウィズをキャンパスとして例えよう。まず、描きたい絵を描くには道具がいる。その道具の役割をしているのが、デバイスだ。  デバイスが線を描き、大方の設計図を描く。そしてデバイスに付属されているドライブが、描かれた設計図に色をつけていく。これが君達の扱うドライブ能力の正体だ』 「はーん。っで、どうしてエネルギーが液化しているんだ?」 『それはおそらく使用されたもの。つまり廃棄されたゼノウィズだ。  そもそもの話、ゼノウィズは一度使用すると二度と再利用ができない。つまりそれは、君達が探す犯人への手がかりでもある』  アイの言葉に、カロルの目が鋭くなる。  壁一面にこびりついた粘着質な液体。これを廃棄物として出すデバイスさえ突き止めれば、犯人を見つけ出すことができる。 「なるほど。じゃあこいつを出すデバイスさえ突き止めれば、事件は解決するってことか」 『私のデータでは、そのようなデバイスは存在しない。もしあるとするならば――』 「アークデバイスってか。それもかなり特殊なものって感じだな」  唯一にしてとても大きなヒント。  カロルはより一層、壁にこびりついている液化ゼノウィズを見つめた。 『しかし、私のデータにないとすると調べるのには時間がかかる。そもそもアークデバイスとなれば、大きな権限を持つ特殊な機関でなければ厳しいところだ』 「んな心配はいらねぇーよ。ちょうどいいところに、うってつけのバカがいるじゃねぇーか」  カロルはリリアに目を向ける。  だが、リリアはキョトンとした表情を浮かべていた。 『なるほど。とても心配になるが、頼らざるを得ないか』  アイはどこか不安げにしながらも、カロルの提案に乗るのだった。

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