第12話 一つの信念と大きな決断

◆◇◆◇◆◇◆  リリアはただただ、呆けていた。  死体を見たのは何度かある。惨殺され、もはや人としての原型がないものだって見たこともあった。  だが、それでも顔の皮を剥ぎ取られたものには大きなショックを受けた。  なぜ、女性はあんな死に方をしなければならなかったのか。死んでから顔の皮を剥ぎ取られたのか。まさか生きたままやられてはないだろう。  考えを巡らせる中で、あらゆる可能性が生まれては消えていく。中には、そうであって欲しくないという願いもあった。  だが、消えない事実はある。それは一人の女性が死んだということだ。 「あの~、失礼します」  ため息を溢した瞬間だった。誰かがリリアに声をかけてきた。  目を向けると、そこには白髪交じりのボサボサとした黒髪がいる。見た限り男であり、あまり清潔感はない。目の下には隈があるためか、とても不健康そうに見えた。 「ちょっとお伺いしたいことがあります。よろしいでしょうか?」  リリアは「はい」と覇気のない声で答えた。  不健康そうな男は、そんなリリアに精一杯の愛想笑いを浮かべて、手帳を持って言葉を並べ始める。 「いやぁ~、まさか〈音無の狩人〉が関わるとは思ってもいませんでしたよ。あ、私は〈ネイクゥー〉と申します。お見知りおきを」 「はぁ」 「まあ、長話するのも何ですからね。ちゃっちゃと質問しちゃいますよ」  ネイクゥーはそう言って手帳をめくり始めた。リリアはそれを何となしに眺め、ネイクゥーの問いかけを待つ。  すると、ネイクゥーはあるページでめくる手を止めた。 「そうですね、まず死体を発見する前に何をしていましたか?」 「えっと、国立博物館に行っていました。その帰る途中で、死体を見つけて――」 「なるほど。それは災難でしたね。じゃあ、カロルさんとずっと一緒だったのですか?」 「いえ、途中で行きあってそれから一緒に――」 「なるほどなるほど。それで第一発見者もカロルさんか」  何か引っかかる言葉だった。  考えごとをするネイクゥー。リリアはそんな不健康そうな男に、ついつい言葉をぶつけてしまった。 「まさか、あの人を疑っているのですか?」  ネイクゥーはリリアの指摘に顔を歪ませる。それを見たリリアは、反射的に距離を詰めた。 「正直に話しなさい。さもないと、権限を行使するわよ?」  それは軽い脅しだ。だが、それが絶大な効果を発揮する。  ネイクゥーはリリアの言葉についつい後ろ髪を掻き、唸り声を上げてしまう。そして諦めたかのように「わかりましたよ」と溢すと、口を開き始めた。 「便利屋さんにも事情をお伺いしたのですよ。ですが、二時間前にあなたの上司と会ったきりで、アリバイを証明してくれる人物がいないのですよ」 「それって、あいつが疑われても仕方ないってこと?」 「確定ではないのですが、あなたと違って彼は守られていない。だから疑わざるを得ないってところです」 「待ちなさいよ! それじゃああまりにも理不尽じゃない! そもそも女性はいつ死んだの? 死因は何? あいつが女性を殺す理由は?」 「これから調べますよ。ただ言っておきます。御用となれば、彼は確実にイチャモンをつけられて首がはね飛ばされます」  リリアはこの時、初めてカロルの立場というものを理解する。  カロルはかつて、リリアと同じ〈音無の狩人〉に所属していた。絶大な権限がある代わりに、大いなる責務を背負っている組織だ。  つまりそれは、国が持つ〈闇〉というものも知っているという意味だ。  カロルはその組織から抜けた。だからこそ弱みを見せれば、確実に命が刈り取られる。下手をすると、カロルに関わった者全てが消されかねない。 「バカ言わないで!」  リリアは思わず怒気を孕んだ言葉を口にした。 「機関をバカにしないでよ!」  リリアが〈音無の狩人〉に所属してからの日はまだ浅い。しかし、それでも機関に所属する者達のことはよく理解している。  誰一人としてそんな考え方を持つ者はいない。  だが、ネイクゥーは首を振った。 「イチャモンをつけるのは、〈音無の狩人〉じゃあないですよ」 「どういうことよ?」 「わかりませんか? あなた方は確かにヒーローだ。だが、誰からも愛されるヒーローではない。特に、一部の貴族からは嫌われていますよね?」  思わず言葉が詰まった。  反論しようとしたが、その前にネイクゥーが言葉を言い放つ。 「あなた方を敵視している存在は、この国の中にもいる。その憂さ晴らしとして、便利屋さんは生贄にされるんですよ」  そう、これはただのショーだ。  キッカケはどうであれ、一部の貴族を満足させるためのショーなのだ。  だからこそ、リリアの中で怒りが大きく膨らんだ。 「まあ、誰が犯人であろうと便利屋さんは関わった時点で終わったのですよ。あなたも巻き込まれたくないなら、形式的にとはいえ無難な質疑応答を――」 「却下よ」  その言葉を聞いた瞬間、ネイクゥーは思わずリリアの顔を二度見した。  強い意志が籠もった目。それは不安でいっぱいにも関わらず、ただただ強い輝きを放っていた。 「権限を行使します。この捜査は私、リリアーヌ・サファニアが引き継ぎます」 「なっ、何を言っているんですか! そんなことをしたら――」 「アンタは速やかに撤去しなさい。あ、捜査資料とかは置いていきなさいね」 「バカなことを言うな! 〈無名の観測者〉を敵に回すぞ!」  ネイクゥーは噛み付いた。だが、リリアは怯まない。  むしろ噛み付いてきたことに、笑みを浮かべている。 「バカはアンタよ。アンタは私、いや〈音無の狩人〉を敵に回した。それがどういう意味なのか、わからないの?」  ネイクゥーのこめかみから、大きな汗粒が流れ落ちていく。  細かく揺れる瞳孔が開いた目。恐怖で引きつった顔に、ガタガタと歯の音が立っていた。 「ふ、ふざけるな。俺を追いやったところで、何も変わらないぞ!」 「私の気が晴れるわ。とりあえずアンタ、一週間ほどの謹慎ね。あとはそうね、二ヶ月程度の減給もつけておくわ」 「お前!」  ネイクゥーは思わず拳を振り上げた。  だが、その瞬間にリリアが目の色を変える。 『止まれ』  澄んだ声だった。  その声を聞いた瞬間、ネイクゥーの動きが止まる。  細かく揺れず、それどころか瞳すら動かない状態になっていた。 「アンタが敵に回したのは、そういう組織でそういう人間よ。命があるだけよかったって思いなさい」  リリアはそんな言葉を残して、ネイクゥーの横を通り過ぎていく。  大量に噴き出した汗。それが雫のように滴り落ちた瞬間、ネイクゥーの拘束が解ける。  慌てて振り返るが、そこには当然のようにリリアの姿はなかった。

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