Section.8 演舞

 月島は、扇子ほどの葉っぱを二枚手にしていた。ゆっくりそれらを持ち上げる。体がTの字を描くまで上げたところで、さっと両手首をふるった。  葉がばさりと揺れる。  動きが止まったところで、葉の先からピューと水が出た。月島の真顔と合わせて、どこか滑稽だ。  「おー」とジャンヌは感嘆の声を上げる。アグノスはどう反応していいのか掴めていないのか、少々困惑気味だが。  観衆の反応を置き去りにして、月島は淡々と舞い続ける。背景の透き通るような泉が、彼の舞を引き立てている。見ている分には幻想的と言えた。  突然の奇行。目的はまるで分からない。  止まって水ピュー、振るって水ピュー、水を出しながらダイナミックに円を描く……など緩急に溢れた演技をこなし、最後には体全体から水がピューッと出て終わった。一体何を表現しているのだろうか。  ジャンヌは「わー」と言いながら拍手した。アグノスも分かってないなりに同調する。しかし彼女らの拍手の音を完全に打ち消すような、勢いのあるパチパチパチパチィッ! が、すすり泣くような高い声とともに月島に近づいてきた。 「やったねご主人様ぁ!」 「ああウィンちゃん! 俺たちは頑張った!」  そのまま二人は、熱く抱擁し合う。「キャッ」と頰に両手を当てガン見するジャンヌ。 「ご覧いただけたでしょうかお|二方《ふたかた》! そうこれが」  ウィンは、猫耳少女と歯車の精霊に顔を向け。  得意げに、両手を全開に広げながら、自慢する。 「僕たちの『精霊術』を検証した、一週間の成果です!」  シン……と、辺りを静寂が包んだ。  「ん?」と不思議そうにキョロキョロするウィン。海からの波の音が、四人の耳に優しく届く。  まるで小学生の稚拙だが熱の籠った演技に送られる、保護者参観での父母の温かな声援のよう。  プルプル震えだす月島。カッと目を見開いて天空を仰ぎ、バシンッと両手の葉を地面に叩きつけ。  叫ぶ。 「よく考えたらこれただの水芸やないかいっ!!」  心からのツッコミは、絶海の孤島に虚しく響いた。  彼の故郷は、関西だった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇  出来上がった船及び備蓄用の大量の食料を前に、月島は言う。 「ゴホン。まあしかし。島を脱出するための準備は、大体整ったと言える」 「咳払いと話題の転換をしたところで、お主の醜態はなくなりはしないぞ」  ゴミを見るような目を月島に向けるアグノス。ジャンヌはあたふたしながら、「見応えはあったと思いますっ」とフォローを試みる。 「思ったより水が出なかったから方針を変えたら、白熱しちゃったんだもん。仕方なかったんだもん」 「そうだよアグノス! すべては僕の力不足で……」 「そうだな。『だもん』は気持ち悪いな。ウィンちゃんは雑魚だな」 「きもっ……」 「ごふっ……」  言葉の暴力に月島とウィンは屈するしかない。真実だから。  余すところなく事実だからだ。 「うわぁーんジャンヌお姉ちゃん、アグノスママがいじめるよぅ」 「ふひひ、よしよしリクト様。今夜はベッドで慰めてあげましょう」  若干幼児退行気味に、15歳の少女に泣きつく22歳。|側《はた》からでは情けないことこの上ないが、15歳の方は泣きつかれることに満更でもなさそうだ。 「誰がママか!? ジャンヌも甘やかすな! そしてさりげなくベッドに連れて行こうとするでない! というかここにベッドはないわっ」  アグノスは怒りの赴くままに喚き立てる。彼女にツッコミという文化はないから、今の言葉の選択に関して特に意識はしていない。天然物である。  だが関西生まれの月島は、「ナイスだぜ」とアグノスにサムズアップを向けた。  それが余計にカチンときたようで。フンッと足に力を入れ、月島の股間を蹴飛ばす。泡を吹いて意識を失う哀れな男の図が爆誕した。 「えっ!? ちょっとアグノスさん! どれだけ強く蹴ったんですか」 「潰れぬよう手加減はした」 「なら安心です」  ホッとジャンヌは息を吐く。ウィンは男の防衛的本能から、総毛を逆立たせて必死に股間を守っていた。冷や汗は止まらない。  「うーん」と呻き、月島は起き上がる。復活したらしい。実家暮らししていた高校までは、生意気な妹から日頃ガンガン蹴られていたからか、彼には耐性があった。 「はっ! じっちゃんが川の向こうで手を振ってたぞ」  それでも生死の境目をさまよっていたらしい。アグノスはどれだけ強く蹴ったのだろう。因みに彼のじっちゃんは死んでいない。ピンピンしながら農家している。  今年はナスの栽培に力を入れていた。 「起きるの早いな。ところで、我らはいつ出発する?」 「待って。まだ腹に響いてる感じが|治《おさま》ってないから」  立派に仕上がった船を背後に、アグノスは問う。復活はしたものの、月島はまだ調子を取り戻していない。泉を眺めて体と心を落ち着かせる。この泉で船の性能テストをいっぱいしたなあとも考える。  絶海の孤島から脱出するため、彼は一週間頑張った。超頑張った。  朝早くに起きてトレーニング、狩りに船建造、またトレーニング。からの「精霊術」の調査。先ほどの舞はその副産物だ。明らかに時間の無駄だった。いいストレス解消にはなっていたが。  昨今に大学で学んだことも忘れぬよう、寝る前には必ず復習していた。浜の砂を濡らして木の枝で文字を書き入れるのだ。長く残しては置けないが、いいノートになった。  ジャンヌたちも頑張っていた。月島の指示を仰いでの狩りや木材の運搬のほか、彼から小学校レベルの算数を学んだりもした。「二日で1か2もSPが入るなんて驚きです!」とジャンヌは驚いていた。  地球の教育を受けることは、この世界では相当な努力と見做されるらしいと月島は推察する。  精霊術の特訓を除いて基本的に役に立たなかったウィンは、それ以外の時間は島付近の海流調査に当てられた。「真諦を象りし姿」になれば、隠密性は極めて高く、また宙に浮ける。  問題は、彼は一時間も変化していられないこと。  この一週間で調べられたのは、島を中心に半径500メートルほどのみだ。水の精霊であるからか、かなり正確に把握してきてはいた。  アグノスはやっぱりノコギリだった。彼女がいなければ材料集めにすら苦労したに違いない。 「うしっ、痛みは引いてきた。出発は明日の朝でいいだろう。もうちょっと食料を集めたい。ジャンヌと俺、アグノスでもう一仕事だ。ウィンは船を見張っててくれ。食料が野生動物に奪われそうになったら合図を送るんだ」  ふらふらと立ち上がる。まだ完全回復はしていない。でも動ける。  動けるならば、先のための努力をするのが、月島陸斗という人間だった。アグノスもその辺はこの一週間で十全に理解していた。だからギリギリを見極めて金的した。恐ろしい精霊である。  兎にも角にも、アグノス刀を握る月島とジャンヌは勇んで狩りに出向く。島中の食える生き物を獲り尽くす勢いだ。二人に遠慮の二文字はまったくない。生き残るためなら、生態系などどうでもいい。素潜りや釣りもした。  日が暮れる頃には十分な量集まった。太陽が完全に隠れる前に、「魔力伸縮」の能力を使って船を浜まで引きずっておく。レベルアップの恩恵は大きい。  夕食は、労いの意も込めて砂浜で海鮮バーベキューを行なった。創意工夫を凝らした船造りによって「図画工作」のレベルが5まで上がったため、いい感じの石を削って金網的な何かを作ることに成功した月島の提案だ。焼きあがってパカッと開く、大きな二枚貝の匂いが香ばしい。 「ジャンヌー食い過ぎだぞー」 「もごっもご……」 「食べてから喋りなさい」  頰の膨らむジャンヌを、アグノスとウィンは笑う。アグノスには嘲っているようなニュアンスも漂わせているため、少し怖い。  月島は、呆れて溜息を|吐《つ》く。が、機嫌は悪くなさそうだ。 「素晴らしいな」  仲間を眺めて、ボソリと呟く月島。自分には文明から離れたサバイバルなど到底無理だと思っていた。だけれども。  レベルシステムと異世界人特権のおかげだが、こうして生き残れている。楽しめている。  早く東京に帰って卒論を仕上げたい。友達と相談して、安島教授に指導してもらって。知識やアイデアが薄れてしまうという焦りも、どこかにある。  でもこの経験は、絶対に無駄ではない。と、前向きに考える余裕はあった。 「いよいよ明日だ」  自分たち以外の人がたくさん住む場所ならば、帰還する方法も見つかるだろう。楽観的に考える。まずは大陸に辿り着くことが先決。 「難破なんてしないでくれよ」  船尾に、コツンと拳をぶつける。まだご本人にはバレてない、悪戯心で船首に取り付けた小さなアグノス像は、黙って夜の海を見据えていた。

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