第11話 私の名前はキッドマン

『自己紹介しましょう。私の名前はキッドマン。以前のマスターにはそう名付けられました』  リリアは困惑していた。  なぜかオートマタへと変形したオーロットが残したもの。それにどうしてかマスターと認証されてしまったのだ。  これに困惑しないほうがおかしい。 『おや、どうしたのですかな? なぜ顔面に豆鉄砲でも受けたハトのような顔をしているのですか?』 「素晴らしい表現をありがとうございます。もっと端的に言ってもらったほうが私としてはとても助かりますが?」 『間抜けな顔をしてどうしたのでしょうか?』 「素直ですね。一回スクラップにしてもよろしいですか?」  リリアが頭を抱えつつ、キッドマンへ怒りを込めた言葉を放った。  キッドマンはというと、リリアの反応が思ったのと違ったのか、頭を左へと傾げていた。 『なぜ怒っておられる? 私はあなたの指示通りにした。命令違反はしていませんが?』 「もう少し人の気持ちというものを学びなさい。ただ指示通りに動けばいいって時代は終わったのよ」 『なるほど、それは失礼しました。それで、私はどのようなことを学べばいい? 方針を出してくれませんか?』  旧世代のオートマタ。学習能力はあるが、ちゃんと方針を出さないといけない存在である。  ある意味理想的に育ってくれるものであり、とんでもなく面倒な育成方法を取る必要があるものだ。  そんな存在と触れ合ったことがないリリアは、頭が痛そうにこめかみを抑えていた。 「私は忙しいの。自分で課題を見つけて、勝手に克服していって」 『了承した』  ひとまず適当に指示を出したリリアは、ロルドに目をやった。  驚いているのか、ただただキッドマンを見つめている。 「ロルドさん」 「え、あ、はい!」 「当初の通りに、こいつを預かってもよろしいでしょうか?」 「え、ええ。構いませんが……。しかし、まさか変形型とは」  館長が驚くのも無理はなかった。  オートマタ、特に旧世代のものはコストが大きい。当時の技術がそこまででなかったこともあり、フレームなどに使う材料に莫大なお金がかかっているのだ。  今でこそ――当時と比べてだが――安価になったが、それでも変形型はお金がかかる。下手するとちょっと豪華な家と見合った土地が購入できるぐらいである。  旧世代で変形型となると、そのレアリティはとんでもない。 「あ、あの!」 「何でしょう?」 「もしよろしければ、後でそのオートマタを調べさせていただきたいのですが……」  当然の申し出だった。  オーロットが残した〈何か情報を秘めた〉オートマタ。例え調査が終わり、不要となったとしても簡単に返すことはできない。  だが、それを素直に伝えたとしてもロルドは諦めてくれるだろうか、とリリアは考える。  下手に勘ぐられてしまえば、それこそ困った状況になりかねない。 「私の一存では決めかねます。ですが、できる限り掛け合ってみましょう」  その気はないが、円滑にことを進めるために耳障りのいい言葉を言い放った。  するとロルドはパァーっと花開いた笑顔を浮かべ、「ありがとうございます!」と頭を下げたのだった。 ◆◇◆◇◆◇ 「ハァ……」  国立博物館を後にしたリリアは、大きなため息を吐き出していた。  正直なところ、この変形型オートマタが何か秘めているとは思えないのだ。 『どうしましたか、マスターよ。もしや、恋煩いでしょうか?』 「アンタ、なんでそんな風に考えるのよ?」 『乙女心とは空のように変わりやすいもの。それはつまり、悩み多き年頃であり、そのために苦労が耐えない。以前はそう教えられましたものでしてね』 「オーロットって、男でしょ?」  一体どんなことをこのポンコツに教えていたのだろうか、とリリアは不思議な疑問を抱く。  ますますこのオートマタに価値があるのか疑問視を抱き始める。ひとまずラウジーと合流して、当初の予定通りに引き渡そうと考えた。 『あ、あそこにバーがあるじゃないですか。一杯やりましょう、マスター』 「おっさんか、アンタは! まだ日は高いからやってないわよ」 『ではあそこにあるスイーツショップに。久々に糖分が――』 「必要なの!? というかケーキとか食べるの?」  歩いて会話をするだけで、変な疑問が増えていく。そのためか、旧世代ってこんなものだっけ、と考え始めてしまった。 『マスター、もっと遊びましょうよ。ほら、かつて起きた戦乱の世に誕生したガーシャは酒池肉林をして楽しんだとあります。是非マスターも、落ちぶれて――』 「最後には磔にされて、ちょっとずつ身体を切り取られろと? その前にアンタをスクラップにしてくれるわ!」  ただふざけているだけだ。そう判断したリリアは、怒りのままに飛びかかる。  まずは腕をもぎ取ろうと掴みかかった。だがキッドマンは『きゃあぁぁ、女の子に襲われちゃうぅぅ』と黄色い声を上げるだけである。  傍から見ればただ仲よくケンカをしているだけにしか見えない光景。  行き交う人々はそれに、呆れた目、生暖かな目、微笑ましい笑顔、指差し、などをして通り過ぎていった。 「何してんだよ、お前……」  そんな中、聞き覚えのある声が鼓膜を刺激した。  振り返ると、そこには見覚えのある機械義手をした男が立っていた。 「ちょうどいい所に来たわね! 便利屋、お金を出すからこいつをスクラップにして!」 「俺は解体業者じゃねぇーよ」 「なんでも仕事は引き受けるんでしょ!」  カロルはリリアの言葉についつい息を吐き出してしまった。  どこか幻滅しているようにも見えるが、リリアは気にしない。 『ぬぅ、貴様がカロル・パフォーマンか!』  突然、リリアと仲よくじゃれ合っていたオートマタが目を鋭く光らせた。  すぐにファイティングポーズを取り、シュッシュッと軽いジャブを始める。 『前マスター、オーロットの命により貴様の命をちょうだいする!』  キッドマンは大きく拳を振り上げる。  そのままカロルに殴りかかる。しかし、カロルはその攻撃を半歩右にずれて躱した。 『あらぁー!』  体重をかけすぎたのか、そのまま地面へと突撃してしまう。  勢いがよかったのか、何度か転がりある程度滑っていった。  人々の迷惑をかけながらも、壁に激突してようやく止まったのだった。 「なぁ、もしかしてだけど、あれがオーロットの残したものか?」 「そうよ。文句ある?」  カロルは何も言わなかった。  ただ何かを悟ったかのようにフッと笑う。  そして軽くリリアの肩を叩き、こう告げた。 「任せた」  カロルは手を振って去ろうとする。だが、リリアが「ちょっと!」と叫んで腕を掴んだ。  途端にカロルはすっごく嫌そうな顔をした。 「んだよ? 俺は忙しいの!」 「仕事の依頼したでしょ!」 「解体は業者に頼め」 「そっちじゃない! とにかくどっかに行くな!」  カロルはついつい息を吐いた。  仕方なくリリアの指示に従い、逃げ出すことはやめる。 「にしても、あれがねぇ。なんかものすごくアホに見えるが」 「やめて! それ以上は言わないで!」 「まあ、丁重に扱ってやるか」  カロルはそう言ってキッドマンの顔を覗き込んだ。  ひとまず頬を叩き、「おら起きろ」と声をかける。  どこが丁重なのか、という疑問を抱いてしまう。しかし、リリアは敢えて言葉を口にしなかった。 「チッ、シャットダウンしてやがる。こりゃしばらくかかるな」 「えー! どうするのよ!」 「目が覚めるまで待つか、担ぐかのどっちかだ」 「言っとくけど、私は担ぐなんて無理だからね!」  カロルはリリアに目を向ける。どう見ても重たいオートマタを担げる力はなさそうだった。  線が結構細く、四肢も程よい肉付き。平均よりは若干痩せているようにも見える体型だ。  そんな少女がオートマタを持ち上げることすら難しいだろう。 「わかったよ、俺が担ぐ」  適材適所という言葉を頭に浮かべながら、カロルはオートマタを担ぐ。  結構ズシッと来る。試しに立ち上がってみると、バランスを取るのがちょっと大変だった。 「ま、とっととラウジーさんの所に運ぶか」  少しフラフラとしながら歩き出すカロル。リリアはそのカロルの後ろをついていくように、足を踏み出した。 『カロル・パフォーマン。少し止まってくれ』  突然、妙な声が聞こえた。  リリアが驚きながらも、思わず周囲に目を向ける。しかし、どこを探してもそれらしい姿はない。 「んだよ、どうしたんだ?」 『……悪いが、私の指示に従ってくれ。説明する時間がない』  カロルは何も聞かず、駆け出した。  リリアも思わず追いかける。だが追いつけない。重たいキッドマンを担いでいるはずなのに全力で走っても、カロルに追いつけなかった。  どんどんと離されていく。このままじゃあ見失う。そう感じた瞬間にカロルは足を止めた。 「ちょっと、いきなりどうした――」  リリアは言葉を止めた。  いや、止めざるを得なかった。  目に入ってきたのも。それはあまりにも悲惨な死体だった。 「ダメだ、死んでる」  死体の性別な女性。不思議なことに服は着ていない。  だが特に傷らしい傷はない。ある一部分を除いては―― 「顔が、ない……?」  リリアの言葉は正確ではない。だが、そう言い表すしかなかった。  倒れている服を着ていない死体。その顔の皮膚が、キレイに剥がされていたのだ。  一種のおぞましさを覚える。しかしそれでも、リリアは目を背けない。  知っているのだ。これは新たな事件の始まりだということを。

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