魔女と球児 | 外伝 ✿ 薔薇と花火
旭山リサ

僕のそばに

 待ちに待った花火大会の日。  夕方、飛行場でマリーを見送った後、咲良とジョンはお祭りへ行く準備をした。 「帰る日と、花火大会が、ちょうどかぶっちゃったんだよね、マリーちゃん…」 「残念がっていましたね」 「空から花火が見えたらいいな。見えたら絵に描くって言ってたよ」 「そういえば……マリーさん、嬉しそうに浴衣を着ていかれましたね」 「そうなの。すっごく似合っていたよね」  咲良は、スマホのアルバムを開く。  浴衣を着たマリーが、写真に撮ってあった。 「咲良さんの浴衣も、とても似合っていますよ」 「そ…そう?」  咲良は、朝顔柄の浴衣を着ていた。 「ジョンのも似合っているよ」 「ありがとうございます」  紺の、麻の葉柄の浴衣だ。 「そうそう。さっき、呉服屋さんから連絡があったよ。帰る日までには仕立てが終わるって」 「楽しみですね!」  先日マリーに「日本のお土産に」と浴衣を贈った。「ジョンにも同じお土産がいいのではないか」という話になり、ジョンと呉服屋へ行ったのだが、外国人である彼の体型に合わせて仕立てるので、少し時間を要するという。 「今日はお兄ちゃんのだけど……どうかな? きつくない?」 「全然。浴衣って着心地がいいですね。さらさらとして涼しい。この生地は、風を通すのですね」 「気に入ってくれて良かった。――行こうか」 「はい」    ❀  ✿  ❀  ✿  二人は電車にのって、港町へ向かった。  花火会場はすでに混雑していた。座れる場所はなさそうだ。 「お店の方を、見て回ろう」  咲良とジョンは、屋台をひととおり見て回る。  イカ焼き、はしやき、焼きもろこし。なにを買おうかと悩んでいると、花火大会のセレモニーが始まった。もうすぐ打ち上げ開始のようだ。屋台の並ぶ通りから出て、人の少ない場所へ移動した。  大輪の光の華が、夜空に咲く。  ドォンという音が、港の空気を震わせ、観衆の声が沸いた。 「たーまやー」と、声を上げる者もいる。「かぎや~」もいた。  光の花が、咲いては夜空に散り、色を変えてまた咲く。 「綺麗ですね」 「うん…」  人がまばらの展望台で、二人は花火を見上げていた。 「あっちの方がもっと綺麗に見えそうです」  ジョンが手を引く。  ゆるい坂をくだった先、誰もいない開けた場所へと移動した。 「本当だ! ここだと、さっきより夜空が広くなったね」  金色の大輪の花が、空に幾重にも咲いた。 「Sara」  傷つけないように、おどろかせないように、ジョンはその手をにぎる。 「My sweet honey. お願いがあります」  ジョンはその場にひざまずく。  後手にかくしていた小さな箱を出して、蓋を開けた。 「指輪…」  銀色のリングに、鉱石でできた小さな白薔薇がついている。 「この花はあなたに相応しい」  白薔薇には、「私はあなたに相応しい」という花言葉もある。  先日、夢に現われた「王女」は、ジョンをこの白薔薇のようだと言った。  咲良に相応しい男になりたいと望んで、ジョンはこの花を選んだのだ。 「君がどんな道を進むか、まだ想像がつきませんが…」  咲良は学生だ。彼女の夢や、可能性の足かせになってはと思ったが。 「遠くない未来、僕のとなりに来てくださいませんか?」  離れている今は不安で、いてもたってもいられず彼女の薬指を予約に来た。  何度も声に出して練習したというのに。うまく顔を見られない。 「ジョン…」  咲良は、ジョンへかがむ。彼女の目は涙に濡れていた。 「私もそれを望んでいます」  ジョンは言葉にならない嬉しさに、まばたきを早める。  彼の目に、打ち上げ花火の光が、またたきながら浮かぶ。 「Thank you…」  やっとそれだけ言うと、慎重にそっと、彼女の薬指に白薔薇の指輪をはめた。  地面についた膝をあげ、赤い顔の咲良と目を合わせる。  温かくて大きな彼の手が、まるで壊れ物のように咲良の頬にふれる。  光の花が空に咲くと、二人は誓いのキスを交わした。

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