第23話  臨時取締役会の提案

拓馬が課長に昇進して2ヶ月後、末田社長と沼田常務の二人は、親会社である竹田製薬工業の社長室で、社長の竹田と副社長で竹田社長の娘婿の森山を前に熱弁を振るっていた。 沼田 「 ・・という訳ですので、社内抜擢により、実務を行う常勤取締役の選任をお願いできないかと・・・ 」 末田 「 私どもは、2ヶ月前ご報告いたしました通り、平社員の山科拓馬を課長に抜擢したのですが、これが予想以上に社内でも良い意味での反響を呼んでおりまして、社員の士気がこの上なく上がっております。この機を逃がさず、さらなる人事改革を進め、業績の回復を一気に加速させたいと思っております。」 東京メディシンの取締役は、末田と沼田の他は親会社である竹田製薬工業から派遣された非常勤の社外取締役3名によって構成されていた。 つまり、この3名は親会社から派遣された監視役であり、週に一度出勤し、それぞれ担当している業務の部長から報告を受けている。 しかし、彼ら社外取締役は、会社の状況を親会社に帰って報告するのみであり、末田と沼田の提案に直接異議を述べたことは無く、迷コンビにとってはお飾りのようなものであった。 そのため、この10年間、末田と沼田は、自分たちの思う通りに会社を半ば私物化するように運営出来たのだ。 だが二人にとって、やはり監視役はうっとうしい目の上の|瘤《こぶ》だった。 ところが、3か月半前あの事故が起きたのだ。 山科拓馬が小学生を助けようとして、事故に遭ったとの連絡を警察から受けたのは中島営業課長だった。 警察は、拓馬が持っていた免許証や名刺、スマホの履歴から直接の上司と思われる中島課長に連絡したのだ。 その際、警察は、中島課長から拓馬に身寄りが無いこと、児童養護施設にいたことを聞き、児童養護施設にも問い合わせて確認し、そのことを弥太郎たちにも説明したのだった。 出先で警察からの連絡を受けた中島課長が、取るものも取りあえず病院に駆けつけると、拓馬は危篤で面会謝絶であった。 医師と警察から説明を受けたのだが、同席していたのが五菱グループ代表の山崎弥太郎とその子息である弥一郎夫妻だったのだ。 拓馬が助けた少年は、弥太郎氏のたった一人の男の孫である龍馬君だった。 龍馬君の父親である弥一郎氏は五菱商事の社長であり、東京メディシンは五菱商事の孫会社になる。 中島課長と弥一郎たちが互いに挨拶をしたうえで、中島課長が入院の手続きに席を立とうとしたところ、弥太郎から、拓馬君の一切の面倒は自分たちが責任を持って看たい、看させてくださいとの申し入れがあった。 中島課長は恐縮しながら後のことを託したが、「 上司にだけ報告をさせてください 」と弥太郎たちの承諾を得て会社へ戻った。 龍馬君は、週に一度フランス語の習得のため、フランス人教師の|下《もと》に通っており、決まった曜日と時間にあの道を一人で通るとのことだった。 中島課長は、 山崎家は質実剛健で知られている。 出来るだけ警護は付けずに行かせているのだろう。 と、理解した。 龍馬君は、今を時めく五菱グループ代表山崎弥太郎氏のたった一人の男の孫なのだ。 このような時世だ。 もし、邪な考えを持つ者がいれば龍馬君の誘拐もあり得ないことではない。 龍馬君の安全を考えれば、今回の件が広まらないように配慮すべきだろう。 山崎代表も言葉の|端《はし》に何らかのメディア対策を考えておられるようだった。 そう考えての「上司にだけ報告をさせてください」との言葉だったが、弥太郎氏もその言葉を聞いて安心された様子だったので間違いないだろう。 上司に報告する際、龍馬君を助けたことは口外しないように進言しなければな。 全身骨折と云うことだったし見舞いも最小限にして控えた方がいいな。 と、考えながら中島課長は会社に戻ったのだった。 上司の営業部長が出張中であったので、拓馬が事故に遭ったことを電話で報告した後、沼田常務にも報告をした。 もっとも、沼田常務はいつも社長室にいるので、社長と常務の二人に報告することになった。 結論から言うと、中島課長の心配は全く違う意味で杞憂だった。 中島課長の報告の中で、拓馬が助けたのが山崎弥太郎氏の孫で弥一郎氏の嫡男だったとの|件《くだり》になると、末田と沼田は俄然身を乗り出した。 二人は、とっさに、拓馬と龍馬君の見舞いと云う口実で、弥太郎氏に近づき、氏の歓心を得ることが出来るかもしれない、と考えた。 二人は、中島課長がまだ部長以外には事故の件を告げていないのを確認すると、面会謝絶なら入院先と龍馬君のことは誰にも言うな、と中島課長に念を押したうえ、営業部長にも電話をして同様に念押しをすると、いそいそと二人揃って病院へ向かった。 一ヶ月後、拓馬は退院したが、さらにその一週間後に開催された五菱商事の祝賀会に、末田と沼田の二人が思いもかけず招待された。 二人は、そこでの五菱評定のメンバーと思われる人たちとの懇談を通して、拓馬の昇進、待遇改善が弥太郎の意向だと確信した。 そして、祝賀会の一週間後、定年退職する中島課長の後任として、迷うこと無く拓馬を昇進させたのだ。 課長以下の人事は、社長の末田の権限であったが、弥太郎に拓馬の昇進の件が確実に届くために親会社の竹田社長にも報告をした。 親会社の竹田製薬工業は、10年前、五菱商事を中心とした五菱グループが株を所有していたが、現在は五菱商事の100%子会社となっていた。 弥太郎の意向は弥一郎も知っているはずである。 だとすれば、弥一郎から何らかの形で竹田製薬工業にも伝えられているだろうと思ったからだ。 もし、そうでなくても三段跳びの課長昇進だ。 竹田社長から弥一郎そして弥太郎へと伝わるだろう。 竹田社長は驚いていたが、後日、二人の期待通りの電話が竹田社長からあった。 竹田社長からの電話は、弥一郎氏のみならず山崎代表も喜ばれ、お二人によろしく伝えてくれとの内容であった。 二人が、小躍りして喜んだのは言うまでもない。 かくして、拓馬の昇進から2ヶ月経った今日、親会社である竹田製薬工業の社長室での会話に至る訳である。 二人の親会社への提案は、実務に携わらない3名の社外取締役のうち1名を今まで通りの形で残すが、残りの2名は社内抜擢により実務を行う取締役に代え、業績の回復とさらなる躍進を図ると云うものだった。 建前である。 本音は、目の上の瘤を排除することであり、社内での自分たちの立場をより強固にするためである。 この案が通れば、自分たちを含めて5名の取締役のうち4名が、末田と沼田の派閥と云うことになり、彼らの地位は、さらに盤石となって安泰だと云うことだ。 だが、もっと重要なことがある。 仕事は全部二人の新取締役に丸投げをする。 このままでは、業績不振が続くこの会社は、じり貧だと云うことを末田と沼田も本当は理解している。 全ての責任を二人の新取締役に|擦《なす》り付けるつもりなのだ。 そして、自分たちは猟官運動に精を出す。 山科の昇進の件で、代表にも後継者の弥一郎氏にも自分たちは好印象を与えている。 両者に面談を申し込めば、すぐに応じてくれるだろう。 自分たちは、会社が潰れる前に他の会社に栄転という形で、逃げ出すことが出来るに違いない。 どこまでも自己中心的であり、自分たちの利益しか無く、しかも、それが自分たちの思い通りに運ぶと信じて疑わない迷コンビの二人だった。 竹田 「 いやぁ、私たちも思い切った人事改革が必要だと思っていたんですよ。今回は、私と副社長の森山もオブザーバーとして参加し、一気に進めましょう。」 「「 よろしくお願いします! 」」 東京メディシンへの帰路 「 やっぱり、技術屋はちょろいもんですな。」 「 まったくだ。」 「「 ふふふっ、ははははははははは 」」 ____________________________________ いよいよ、迷コンビが動き出しました。

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