第10話 再起動

◆◇◆◇◆◇◆  カラフルな屋根が並ぶ町並み。人々が楽しげに言葉を交わす賑やかな光景が広がっていた。  遥か昔から存在する石畳の上を歩く観光客だが、一際に目を引く建物があった。  壁、そして屋根までもが真っ白。大昔から変わらない姿で立っていた建物と言われれば、にわかに信じがたい存在だ。  観光客はあまりにも神秘的な建物に、ついつい赴いてしまう。気がつけば建物の中へと足を踏み入れてしまっていた。  リリアは、そんな観光客を眺めながら受付場所で立っていた。 「失礼します」  あまりにも退屈で、ついついあくびを溢してしまった時だった。一人の男性がリリアに声をかけてきた。  慌ててあくびした顔を隠して振り向くと、大きく膨らんだお腹が目に入ってしまった。 「あなたが館長さんですか?」 「ええ、ロルドと申します。お話は伺っておりますよ、リリアーヌさん」  ロルドはそう言って、手を差し出してきた。リリアはそれに手を伸ばし、ガッチリと握手をする。 「お目にかかれて光栄です。まさか国家警備隊、しかも近衛兵たる方がご来館されるとは夢にも思いませんでしたよ」  リリアは一瞬、言葉が詰まった。だがすぐに、上司と国がリリアのためについてくれた嘘だと理解し、話を合わせることにする。 「個人的なことですが、以前からここに訪れたいと思っていました。しかし、なかなか時間が取れませんでしたからね。公私混同するなとよく言われておりますが、今回ばかりはこの時間を使って楽しみたいと思っていますよ」 「おお、それはそれは! とてもありがたい言葉です。ささ、よろしければ奥へ」  リリアの言葉に気を良くした館長は、意気揚々に奥へと歩を進ませていく。その姿にリリアは微笑みつつ、言葉に甘えて追いかけるようについていった。 「本日はいろいろとイベントがありましてね。少々騒がしいかもしれません。もしよろしければ、仕事終わりに覗いてください」 「ええ、喜んで」  ロルドの案内を適当に聞きながらしながら、リリアは館内を見渡す。  外観とは打って変わって、灰色の壁が広がっている。かけられている大きな写真と、展示されているガラクタをついつい流し見てしまった。  置かれているのは、かつて存在した文明の技術が詰まった機器だ。しかし、専門的な知識がないリリアは、どうしても興味が持てなかった。  ふと、とある部屋の奥にたくさんの子ども達が騒いでいるのを発見した。「えー」「そうなのー」とワイワイする姿は、実にかわいらしい。 「ロルドさん、あの子達は?」 「社会科見学で訪れている児童諸君ですね。あそこは確か、エネルギー理論についてわかりやすく教えるブースですね」  リリアは微笑ましく騒いでいる子ども達を眺める。するとロルドは、そんなリリアを見てこんな提案をした。 「ちょっと近寄ってみますか?」 「え? でも――」 「大丈夫ですよ。それに何かあれば、私がどうにかします」  ポンッ、と大きなお腹を叩くロルド。揺れる丸い身体にリリアは、若干の苦笑いを浮かべながら「ありがとうございます」と厚意に甘えた。 「それじゃあ、何か聞きたいことはあるかな?」  職員と思われる女性が、子ども達に問いかける。すると元気がいい子ども達は、それぞれが「はい」「はい」「はーい」と手を上げて叫んでいた。  微笑ましい光景だ。リリアはついついうっとりとしてしまう。 「それじゃあ、元気がいい君に決めた!」 「えっと、えっとね! どうして〈デバイス〉を使うと、火とか水とか出るのっ?」 「なかなかに難しい質問だね。そうだねぇ、例えばだけど何か砂のお城を作る時に必要なものって、何かわかるかな?」 「えっと、えっと、えっとね! 砂とか、あとシャベルとか!」 「そうだね、お城を作るための材料と道具が必要になるよね。デバイスの原理も同じなんだ」 「そうなの?」 「お城を作るための砂。これは私達が暮らす世界のどこにでもあるの。ただとっても小さくて、目には見えないものなんだけどね。  っで、その砂をかき集めてお城を作ってくれる道具が〈デバイス〉ってことになるの。ただ〈デバイス〉はシャベルと違って不思議なことができるんだ。それが砂を、火や水に変えちゃうってことなんだ」 「どうしてそんなことができるの?」 「ごめんね、そこはとっても難しくて、お姉さんでもわからないんだ。だけどとってもとーっても前に生きていた人々が、そのすごい技術を生み出したってことだけはわかってるの。  私達はその技術を応用して、便利な生活を手に入れた。火は自由自在に操れるし、水にだってあまり困らない。だから、大昔の人ってすごいなってお姉さんはいっつも思ってるの!」  目を輝かせる職員の女性。それはあまりにもまっすぐで、太古に行われていた生活に想いを馳せているようだった。  リリアはそんな女性を見て、何かを思い出していた。  それは一つのことに夢中になっていた亡き姉の姿と似ていた。 「じゃあ、お姉さんもちゃんとはわかってないの?」 「そうなの。ごめんね」 「デバイスって難しいんだなぁー」  どこか納得していない男の子。しかし、これ以上訊ねても無駄だと考えたのか、興味を失ったかのように「ありがとう」と言い放った。  職員の女性はちょっと悔しそうな顔をしながらも、すぐに「他に聞きたいことある?」と訊ねていた。 「リリアーヌさん」  子ども達と職員のやり取りをもっと眺めていよう。そう考えていると、ロルドから声をかけられてしまった。 「すみません、時間が差し迫っております」 「あっ、ごめんなさい!」  ロルドの仕事、そしてリリアの訪問時間の関係でこれ以上は厳しいということだった。  リリアは少し名残惜しそうにしながら、ワイワイと賑やかにやり取りをする子ども達から離れるのだった。  歩くこと十数分、博物館の奥へとリリアは辿り着いた。  普段は関係者でもごく数人しか入れない機密区画である。そこにリリアが目当てとしているものがあった。  リリアは館長の案内で、その区画の奥へと足を進ませていく。途中、もう壊れているだろうと思えるガラクタもあり、どれもがリリアの興味を引くものではなかった。 「これです」  ロルドが足を止め、リリアに見るように促す。  覗き込んでみると、そこには一つの巨大なダイスがあった。 「これ、ですか?」  思わずリリアは聞き返してしまう。  真っ黒で、言ってしまえば大きな箱だ。だが見た限り、金属で作られている。  これがカロルのライバルであったオーロットが残したもの。そして城下町のシンボルである時計塔を壊した物体である。 「手を尽くして研究をしているのですが、全くと言っていいほどわかりません。ただ、中には妙なパーツがあることはどうにか判明しました」 「アークデバイスですか?」 「いえ、違いますね。あの形からすると、旧世代のオートマタのものでした」  リリアは言葉を失う。  どんな意図で、どんな意味があって、どうしてこんなものを残したのか。  考えても考えても、わからなかった。 「意味はないとは思わないけど――」 「どうしましたか?」 「単なる独り言です。ロルドさん、この物体を少し触ってもよろしいでしょうか?」 「ええ、構いませんよ」  ロルドはそう言って、一つの手袋を渡した。  受け取ったリリアはすぐに手袋をはめ、ダイスのような物体に触れる。 ――待っていた。  触れていると、ドクンという音が聞こえた。  まるで人のような心音が、部屋の中に響く。 ――ずっと待っていましたよ。  突然、ガチャンという音が響いた。  リリアは思わず顔を上げると、なぜか目の前にあるはずのない下半身があった。 「リリアーヌさん!」  ロルドが慌ててリリアを後ろへ引く。  リリアはそのまま尻もちをつくと、下半身はリリアがいた場所に倒れた。 「ったく、何よ!」  リリアがお尻を擦りながら顔を上げる。すると下半身が生えたダイスから、今度は立派な腕が生えた。  ゆっくりと起き上がり、リリアへ身体を向ける。  ちょっとした恐怖を覚えていると、最後にそのダイスは頭を生やした。 【起動確認。これよりバックアップデータのチェックに入ります】  電子音が放たれる。数秒後、モノアイに光が宿った。  それは見下ろすようにして、リリアを見つめる。そのままゆっくりと片膝をつき、右手を胸に当て、深々と頭を下げた。 『おはようございます、新たなるマスターよ』 「……えぇ?」  それは、あまりにも唐突で思いもしない言葉だった。

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