第9話 その目に映る強い者

「元気にしていたかい?」  椅子へと腰を下ろし、スキンヘッドにアイスコーヒーを注文した直後だった。  カロルはラウジーに他愛もない質問をぶつけられた。 「ええ、相変わらずバカをしてますよ」  突き刺すようにエミリーへ視線を送る。するとエミリーはちょっとだけムッとした表情を浮かべた。  ラウジーはそんなカロルを見て、困ったような笑顔を浮かべてしまう。 「相変わらずで何よりだ」  肩を竦めながら、ラウジーは微笑んだ。その姿にカロルは朗らかに笑うと、そのまま談笑に入る。  最近の仕事で起きた出来事、ラウジーが趣味でやっているテーブルゲームについて、などなど。  他愛もない話題で、二人は盛り上がっていた。  エミリーはそんな二人を見て、妙な違和感を覚える。まるで相手の何かを探り合っているかのような、そんな雰囲気が漂っていた。 「エミリー、そろそろコーヒーを持っていけ」 「はーい」  スキンヘッドに促され、エミリーはマグカップとグラスに注いだコーヒーをトレイに乗せた。  そのまま行こうとしたところで、水が入ったコップがないことに気づく。手を伸ばし、掴み取るとそのままマグカップの隣へと置いた。  落とさないように両手で持ち、カロル達がいる席へ向かう。カロル達に「お待たせしました。ご注文の品です」と声をかけると、ラウジーが優しい笑顔を浮かべてエミリーへ目を向けた。 「待っていたよ」  エミリーはもう一度睨みつける。だが、ラウジーは気にする様子を見せない。  それどころか「ちょっと話したいことがある」と言い、エミリーを引き止めたのだった。 「なんだよ、アタシは仕事中だけど?」 「それはすまないね。これから君も興味を持つ仕事の話をするんだ。だから聞いてくれないかな?」 「……手っ取り早く終わらせろよ」  エミリーは渋々という態度を見せながら、ラウジーの言葉に耳を傾ける。  ラウジーはそんなエミリーに優しく微笑むと、ゆっくりと言葉を並べ始めた。 「さて、そろそろいい頃合いだからやろうか。カロル、君には苦労をかけたね。怪我はもう大丈夫かい?」 「ええ、一応は。万全ではありませんが、問題ないです」 「そうかい。じゃあ、もう少し無茶なことを頼んでもいいかな?」 「いいですよ。でも、俺もちょっと聞きたいことがあります」  ラウジーは一度だけ温かなコーヒーを啜る。口の中で香りを少し楽しんだ後、カロルへ顔を向けた。 「いいよ。答えられることなら答えよう」  ラウジーの言葉を聞いたカロルは、少しの時間だけ息を止める。  緊張したような面持ちでラウジーの顔を見つめた後、意を決したかのように口を開いた。 「あなたの部下、リリアーヌについてです」  ラウジーの手が止まる。若干緊張が走るものの、ラウジー自身がそれを解いた。  ニコッと笑いながらカロルに諭すように語り始める。 「彼女はセシアと同じ施設から生まれたそうだ。といっても本人から聞いただけの話だから、詳細はわからないけどね。  でもまあ、僕が見た限りになるけど彼女は最も人間らしいね。セシアよりもずっと感情豊かで、だからこそ微笑ましい」 「ラウジーさん、俺が聞きたいのはそこじゃない」 「慌てない慌てない。ちゃんとわかっているから」  ラウジーはからかうように言葉を放ち、笑う。  カロルはそんな微笑みがもどかしいのか、ちょっとだけ拗ねていた。 「彼女は〈サファニアシリーズ〉の中でも最高傑作らしい。最も人間らしい最も優れた〈オリジナルに近い存在〉だそうだ。だからこそ、君が気になっている能力が使えるそうだよ」 「答えになってないですよ。最も優れているからといって、声であんなことは――」 「詳しいことはわからない。ただ彼女は〈特異体質〉だそうだ」 「特異体質?」 「そ。聞いた限りなんだけどね、彼女の身体には特殊な因子があるらしい。その因子のおかげで声を媒体にして、様々なことができるそうだ。  特に効果をもたらすのが詩さ。詩を作った者を想い、口ずさむことで最大限の力を発揮すると聞いたよ。  ただ、残念なことにどうしてそんな能力を備えたのかはわからない。何かしらの理由はあると思うんだけどね」  カロルは押し黙る。ラウジーが提示してくれた情報を元に、考えてこんでいる様子だった。  ラウジーはそんなカロルを見て、ニコッと笑った。 「今度はこっちの話を聞いてくれないかな?」  その言葉に、カロルの目は鋭くなった。  ラウジーはゆっくりとマグカップを置く。エミリーに「少し長くなるよ」と告げ、席につくように促した。  エミリーはさらにムッとした顔をする。しかし、断る理由もない。 「へいへい」  カロルの隣に座るエミリー。ドカッと腰を下ろした後、腕を組んで話を聞こうと睨んだ。  ラウジーはエミリーを見て、さらに困ったように笑った。 「とっとと話せよ。アタシは忙しいの」 「わかったよ。それじゃあ、カロル。なぜ僕が、君に依頼したかという理由についてまず話そう」  ラウジーはあるものを取り出す。それは一つの紙切れだった。  カロルは訝しげにしながら手に取ると、ラウジーはコーヒーをもう一度啜った。 「これは?」 「歴史的価値のある紙さ。そうだね、名前を出すなら〈ラプラスの言付〉だよ」 「ハァ? 国宝級じゃないですか!?」  なんでそんなものを――  思わず大声で問い質しかけたその瞬間、エミリーの顔つきが変わった。 「アニキ、これ」 「あん?」  指摘をされてカロルは紙を覗き込む。  そこには真っ赤に染まった狐らしき動物が浮かんでいた。 「その絵は元々、なかったものだよ」 「誰かが描いたってことですか?」 「警備がとんでもない国宝級に、イタズラする勇者がいたら見てみたいね」 「からかわないでください。俺は真面目に聞いているんですよ?」  ラウジーは朗らかに笑いながら、「悪かったよ」と返す。  マグカップを置き、ナプキンを手にとって口元を拭くと、言葉を放った。 「浮かび上がってきたんだ」 「この絵がですか?」 「そっ。君が〈音無の狩人〉をやめる二ヶ月ほど前、いや今からだと一年ほど経っているかな、その時に現れたんだ。  あまりにも突然で、あまりにも奇妙な絵ということもあってね。だから国家が極秘に、解明しようと動いていた」 「とんでもない代物が、さらにとんでもないものになったと? ならどうして、こんな所に持ってきたんですか? コーヒーのシミができますよ?」 「理由は二つ。一つは君に預けるため。もう一つは、隣にいる彼女に見てもらうためさ」 「アタシが見たって、わからないけど?」 「恥ずかしい話、国家研究機関が総力を上げて調べたんだけど全くわからなかったんだ。  このシンボルは何を意味しているのか? そもそもシンボルに意味はあるのか? それとも、まだ見つけていない技術が使われているのか?  考えられることは考え抜いて、解明しようとした。だけどそれでも、わからなかったんだ。だから僕達は、一つの可能性に行き着いた」  その言葉を聞いたエミリーは、思わずラウジーの顔を睨みつけた。  もしかするとあり得る可能性。だがそれは、できれば避けたいことである。 「〈ウロボロス〉が持つ図書館に、情報が眠っているかもしれないってこと?」 「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あくまで可能性だよ」 「おちょくってんの?」 「すまないね。推測の域から出ないんだ。ただ、現段階だと一番有力な可能性さ」  ラウジーの言い回しに、エミリーは苛立ちを覚える。  だが、ラウジーのことだ。理由をつけて断りを入れても、協力を得ようとつきまとってくる。 「わかったよ……」  エミリーは疲れたようにため息を吐き出した後、承諾した。  ラウジーはその返事に、大いに満足していた。 「言っとくけど、期待するなよ。アタシは裏切り者。だからIDは消されている可能性が高いから」 「その時はアジトに案内してくれ。僕達が占拠するよ」 「あのねぇ……」  その自信はどこから来るのか。  エミリーは呆れると、ラウジーは笑った。 「さて、カロル。そろそろ君に正式な依頼をしようと思う」 「この紙を預かることですね」 「ああ。それともう一つだ」  ラウジーはそう言って、カロルへ言葉を放つ。  その依頼は何を意味するのか。どんな繋がりがあるのか。  全くわからないまま、カロルは引き受けることになる。 「僕の部下、いや〈音無の狩人〉に所属するエージェント〈リリアーヌ・サファニア〉を守ってもらいたい。報酬はもちろん、びっくりするほど弾むよ」

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