カミツキガメに気をつけろ

『へぇ、ついにジョニーの身の上にも|ゴッドスピード《神のご恩寵》がね。まぁいいんじゃない? ベテラン上がりの下級将校は人事運用課としても大歓迎よ。必要な便宜は図ってあげるわ。アフガン仲間だもの』 「ありがとうございます、ビリー。助かります」  マークワンのシューティングスクールでの戦術研究会をやった次の日、俺たちはシスコ南方のある温泉宿に来ていた。ここは秋津洲系ヴェトナム帰還兵が始めたところで、源泉かけ流しと、秋津洲式・合衆国式両方の温泉の楽しみ方ができることで人気を博している。  休暇に入る前はシドニーにでも行くか、と思っていたけれど、往復合わせて丸二日が飛行機ってのもつまらんので辞めにした。  代わりに俺たちの同期を訪ね歩いて、それから俺の実家に行こうということになった。  でも二人きりの日があってもいいじゃないかということで、ここで一旦羽根を伸ばそうってわけだ。  ちなみに|転移魔法《テレポート》は料金がバカ高い上に、思想テストや潜在意識テスト、洗脳チェックやらなんやらかんやら、うんざりする量の保安検査で丸一日潰れっちまう。飛行機のほうがまだマシだ。  それも考えてみれば当たり前で、一〇〇年戦争の頃は|転移魔法《テレポート》で敵対陣営同士で汚物の送りつけあいをしていたそうだし、加護魔法で活性度を上げた炭疽菌の詰まったダンボール1つ転移させるだけで相手方には大ダメージだ。冷戦華やかなりし頃には核兵器の『発送』方法としても使用が検討された。実現はしなかったけれど。  そもそも|転移魔法《テレポート》には制限があって、二〇〇キロメートル以上の長距離輸送だと送り先の魔法使いの協力が欠かせない。重量物となると関係する魔法使いの数も増えちまう。核兵器の発送になんか使えるわけがない。  なもんで通常は政府や軍の高官か、年商何兆ドルっていうセレブが使うもの、となっている。運輸省職員の転移魔法使いを二年やったら一生遊んで暮らせるっていう噂も、全く無根拠ってわけでもないんだな、これが。  まぁ、俺たちヒラの海兵が使うなんてのは、土台無理な話だ。  この温泉宿で俺が気に入っているのは、今の経営者が秋津洲式温泉宿と合衆国式スパリゾートを完全に分離したことだ。  両者の間には高くて分厚い防音壁が建っていて、温泉宿にいるとスパリゾートの喧騒は丁度いいぐらいの背景音になる。  スパリゾートの流れる温水プールにスライダー、EDMがガンガン鳴り響く中でシャンパン食らって大騒ぎするってのも嫌いじゃない。  でも長い秋津洲駐留で、俺たちはすっかり秋津洲式に慣れちまった。  二人っきりにはほんのちょっと広い部屋と露天風呂を、貸切で。  こっちのほうがエロいことするのに都合がいい。  と言ったわけで着いてそうそう一合戦やらかした俺は、汗やらなんやらでドロドロのエール──二人きりのときにだけ使う、レイザーの秘密の呼び名──を腹に乗せ、石畳の洗い場でぶよぶよしていた。  二本足の形も悪くはないけど、のんびりするときはビーズクッションみたいになってるのが一番だ。  エールは肌を上気させたまま、すぅすぅと寝息を立てている。  ほっぺたつついたら「ぶにゃん」とか言って転がった。  俺の可愛いワガママネコチャン。    で、なんでそんな状況でシスコから遠く離れたバージニア州アーリントンの海兵司令部・作戦部法務課長にして人事運用課長補佐、マザー・ビリーことビリー・ワイルダー海兵隊大佐に電話をしているかといえば。 『でもそれならニコラスのところに顔だしたときに言ってくれればよかったのに』  そう、海兵士官学校とマークワンことニコラスのシューティングスクールがあるクワンティコと、海兵司令部があるアーリントンは同じバージニア州だ。距離にしてたったの五〇キロメートル。  アフガニスタンでお互い世話になった戦友に声をかけるなら、丁度いいぐらいの距離だった。 「いやまぁ、そのちょっと」 『あっきれた、忘れてたのね?』 「すんません、中佐殿には報告してたんで、つい」 『全くもう。じゃあだったらなんで思い出したのよ』  実際のところ、自分のキャリア志望は直属上官に報告すればそれでいい建前になっている。  そうは言ってもそれはそれ。  昔なじみなら話の一つもあっていいじゃないかと、誰だって思うものだ。  ただ問題があるとするなら、すねた声を出してみせるビリーに、俺は怪しげな報告をしなければならんってことだった。 「俺の訓練同期で、CIA勤務のヘルシングってやつがいますよね」 『ああ、ケイティの旦那さんの』 「さっきあいつから伝言があったんです。『カミツキガメに気をつけろ』って」  電話の向こうのマザー・ビリーが息を呑んだ。  カミツキガメ。動くものには何でも噛み付く、凶暴な亀の名だ。  昔なじみのクソ忌々しい、《《腐ってあーうー呻く連中》》の渾名でもある。  マザー・ビリーの声が低くなる。 『……やつらが国内に?』 「確証はありません。ただ、イスラエルの友人からもらったメールにはそう書いてあったと」 『中佐には?』 「報告済みです。勝手はするなと言われました」 『軍は国内では動きようがないものね。わかったわ。司令部内には根回ししておく。|第四師団《予備役》の|情報幕僚《G2》にも』 「ほかはヘルシングの伝手で非公式に連絡するそうです。いやはや、急にきな臭くなりましたね」 『全くだわ。それにね、ほんの一時間前にリベリオンSASの友達から知らせがあったの。シドニー空港に冬眠中のカミツキガメがいたって。大事になる前に排除できたからニュースにはならないそうだけど』 「うへ。シドニー行くの辞めてよかったですよ」 『私も休暇をエンジョイしたいわぁ。宮仕えは辛いわよ』 「なんもなければ、次の土曜日、うちの実家の方に来てくださいよ。旦那も連れて。軽くアフガン同窓会しましょうよ」 『それもそうね。たまには田舎で気分転換ってのもってのも悪くないかも』  そこまで話して、マザー・ビリーの声の調子がようやくもとに戻った。 『さて、ジョニー。あなた気づいてる?』 「?」 『あなたが少尉になったら、スライムで初めての海兵隊士官になるのよ。教官連中は選りすぐっておくから、期待しといていいわよ!』  オウイエ。  マザー・ビリーの誘うような低い声に、俺はブルッと震えちまった。  彼が低い声でご宣託を宣うときは、みんな覚悟しといたほうがいい。 「アッハイ、マム。アリガトウゴザイマス」 『じゃーねー。休暇楽しんでらっしゃい!』  電話が切れて視線を下げると、さっき俺が震えたので目を覚ましたのか、エールが俺を見上げてた。  眠そうだけど、少し不安な顔つき。 「どうしたベイビー。起こしちまったか?」 「ちょっと寒くなった……」  それもそうだと俺は笑って、一緒にもう一度風呂に入った。  高い壁の向こうからは音楽と市民たちの笑い声。  眼下には俺の体に身をうずめ、小さく喘ぎ声を上げる愛しい人。  今この瞬間、俺たちは確かに満ち足りているはずだ。  そのはずだ。

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この作品の評価

124pt

かわいい……みんなかわいい……

2019.09.05 09:36

榊亮

2

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ああ、ついにお二人が結婚! 13年もなんと一途なこと!(笑)

2019.08.16 15:37

機人レンジ

1

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