第8話 懐かしくも優しい目

 穏やかな昼下がり。人々が仕事を一時中断し、昼食を楽しむ時間である。  同時間、王都に並ぶ飲食店は賑わいを見せ始めていた。  レストランではランチを楽しむスーツに身を包んだ小洒落た者達がいる。  人気があるキッチンカーでも人は並んでおり、手に入れたバーガーなどでほっぺたをホロリと落としていた。 「お頭ぁ~、今はお昼っすよね?」  多くの店が繁盛を見せる中、穏やかな光景を広げているカフェがあった。  シックで小さな木でできた建物。テラスには青や黄色で彩られたパラソルと丸いテーブルが並んでいるが、おかしなことに誰一人座っていない。 「ねぇねぇ、お頭ぁ~」 「うるせぇ、てめぇは黙って床でも掃除してやがれ!」  スキンヘッドでサングラスをした大男が叫ぶ。  エミリーはその姿を見て、ついつい大きなため息を吐いてしまった。  ウェイトレスとして務めること約一年。いつもこんな光景が広がっている。  だからついつい、よく潰れないなぁ~と考えてしまう。 「なんだその目は!」 「お頭、思えばなんですが宣伝ってしてるんすか?」 「あったりまえだろ! ターキーにカチコミに言った時も、ちゃんとやって来たぜ!」  この店の主であるスキンヘッドは、王都知事ととても仲がいい。  先日、その王都知事と飲みに出かけたことがあった。おそらくその時に、経営するカフェのことを話したのだろう。 「でもお頭、何言われたか覚えてるすか?」 「ったりまえだろ! ちゃーんと覚えているぜ! ところで、朝起きたらネクタイを頭に巻いていたんだが。なんであんなことして寝てたんだ、俺は?」 「やっぱり覚えてないじゃん! お酒はほどほどっす!」  HAHAHA、と笑うスキンヘッド。エミリーはその姿を見て、普段感じることのない痛みが頭に走った。  仕事を変えようかな、と一抹の不安を感じてちょっと考え込む。  しかし、その時に来客を知らせるベルの音が響いた。 「やぁ、今日もやっているかい?」  訪れた客が、そう問いかけた。  直後、スキンヘッドの顔が妙に輝き出す。対称的にエミリーの顔はとても濁った。 「らっしゃい! いやー、待ってたよラウジーさん!」 「それはよかった。今日はゲストも呼んでいるから、奥の席を使わせてもらうよ」 「おお、そうかいそうかい! 遠慮なく使ってくれ!」  ラウジーと呼ばれた男は、朗らかに笑みを浮かべた。  ふと、何気なくエミリーに目を向ける。するとエミリーは鼻を鳴らしてプイッと顔を背けてしまった。  少し困ったように苦笑いを浮かべる。ちょっとだけ肩を竦ませた後、ラウジーは奥の席へと移動していった。 「どの面下げて来たんだよ」  ボソリと、スキンヘッドに聞こえないようにエミリーは溢す。  ひとまず、ラウジーがいつも注文するはずのコーヒーの準備を始めた。 「エミリー、俺はラウジーさんのオーダーを取ってくる。準備しておけよ」 「へいへーい」  安いインスタントの粉でドリップするホットコーヒー。これまた安いミルクを一つだけつけて、ついでにかき混ぜ用のスプーンも添える。  マグカップにお湯を入れて温めつつ、一応添えることになっているお冷の準備も始めた。  そんなことをしていると、またベルの音が響いた。 「いらっしゃーい」  やる気なく挨拶をして顔を向ける。  だが、来店した客を見てエミリーは思わず二度見してしまった。  便利屋ことカロルが、ダルそうな顔をして店内を見渡していたからだ。 「相変わらず客がいねぇーな」 「ア、アニキ!?」  エミリーは驚きのあまりに大声を放った。  あまりにも驚きすぎたのか、コップの中に溜まっていた水を放り投げてしまうほどだ。 「うおっ!」  カロルはまっすぐと飛びかかってきた水を回避する。  だが躱しきれなかったのか、履いていた革靴にかかってしまった。 「あっちゃー」 「ご、ごごご、ごめんなさいアニキィィ!」 「ったく、気をつけろよ。にしても派手に濡れたな」  カロルは何か拭くものがないかと探し始める。  そんなカロルを見て、エミリーも一緒に探し始めた。  だが、どんなに探してもいいものは見つからない。  どうしようかどうしようか、と考えているとあることを閃いた。 「こうなれば、アタシの身体でどうにかするっす!」 「ハァ?」  そういってエミリーは、カウンターを飛び越えた。  そしてそのまま跪くように屈み、舌を出して革靴へ近づけていった。 「って、何してんだてめぇ!」  思いもしないことにカロルは叫ぶ。  今にも靴を舐めてしまいそうなエミリーの肩を掴み、その行動を止める。 「だ、だって拭くものがないんすよ。だったら、もう舐め取るしかないじゃないすか」 「なんでそんな発想になるんだよ! 雑巾とかないのか、この店は!?」 「モップとお頭が使った汗拭きタオルならあるっすけど……」 「最悪すぎるだろ!」  カロルはひとまずエミリーと自分を落ち着かせ、立ち上がった。  エミリーは本当に申し訳なさそうにしながらカロルに頭を下げる。  その姿に、カロルは大きなため息を吐いた。 「もういいって。こっちが疲れる」 「うぅ~」 「それよりエミリー、俺より先に来た客はいるか?」 「アニキより先に? いるにはいますが」 「どの席にいる?」 「一番奥の席っす」  カロルはエミリーの言葉を聞き、「ありがとよ」と軽く頭を叩くようにして奥へ足を踏み出していった。  そこにはニコニコと笑いながら談笑するスキンヘッドと、柔和に微笑んでいる童顔でメガネをかけた恩人がいる。 「久しぶりですね、ラウジーさん」  カロルが声をかけると、ラウジーは優しい笑顔を返した。懐かしむような目を向けながら、カロルを見つめた。 「ああ、久しぶりだね。元気にしてたかい、カロル」  カロルはその笑顔に、妙な気恥ずかしさを覚えるのだった。

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