第7話 それは必要なことだった

 暗い裏路地。まだ太陽が顔を出したばかりで、人が閑散とした時間に少年は走っていた。 「ハァ、ハァ」  息を切らし、顔を引きつらせながら走る。  途中で転がっていたビンに足を取られ、転んでしまった。  乱れた呼吸が立ち上がることを邪魔している。腕に力を込め、起き上がろうとするが思うように動かなかった。 「見ぃつけた」  ザラリ、とした声が鼓膜を揺らす。  少年は咄嗟に振り返ると、そこにはドクロの仮面を被った男が立っていた。  黒いローブで全身が覆われた男は、一歩一歩と足を踏み出してくる。  少年は必死に立ち上がろうとするが、疲れと恐怖のためか尻を引きずるので精一杯だった。 「よくここまで走ったものだ。おかげでいい運動になった」  ドクロの仮面が顔を覗き込んでくる。  少年はそれに、つい呼吸が止まってしまった。 「お前の父親、学者なのに大変だったよ。あれは本当に学者なのか? おかげで本気を出す羽目になった」 「お前、父さんに何をしたんだ!?」 「言う必要があるか? まあ、一応教えておこう。簡単なことだ。ただの殺し合いだ」  殺し合い。  その言葉を耳にし、少年の脳裏にある光景が広がった。  壁、天井、窓ガラス。ありとあらゆる場所に真っ赤な血がこびりついていた。  その真ん中で倒れていた母親と、変わり果てた父親の姿があった。  途端に身体が震え出す。呼吸も乱れ、自然と肩を切らして息をしてしまった。 「怖いか? 安心しろ、もうすぐ感じなくなる」  ドクロの仮面はゆっくりと少年に手を伸ばしていく。  少年は必死に逃げようとした。だが、それよりも早く右腕を掴まれてしまう。 「この世界を救うには、お前が必要だ」  ドクロの仮面はそう言って、少年を眺めた。  しかし少年は立ち上がらない。それどころか、先ほどまで見せていなかった強い力を目に宿していた。 「なんで、父さんだけでなく母さんも殺したんだ?」 「答える必要があるか?」 「母さんは関係なかった。欲しいのは、父さんか俺のどっちかだったんだろ?」 「どちらもだ。敢えて答えるなら、お前の母親は邪魔だった。だから殺した」 「邪魔だったって……。邪魔だからって、そんな理由で――」 「ちゃんとした理由だ」  納得なんて全くできなかった。  だからこそ、少年は大きな怒りを覚えた。  どんな形でもいい。こいつを一発殴りたい、という思いに駆られる。  父親、そして母親の仇を取るためにも、少年は食いかかる。 「そうかよ。じゃあ、復讐されたって文句はないだろ!」  少年はそういって男の右腕に飛びかかった。  意表を突かれた男は、一瞬だけ動きが鈍る。  蛇のように巻き付き、駆け上がる少年。そのまま腕を固め、ガッチリと関節を決めた。 「ぬぅッ」  ドクロの仮面は声を上げた。  思わず大きく右腕を振るが、少年は離れない。 「こんのぉ!」  少年は腕をへし折ろうと力を込める。  しかし、思ったよりも頑強なのか壊れない。 「調子に乗るな!」  痛さに耐えかねたのかドクロの仮面は、胸にあった何かを輝かせ始めた。  それが紅蓮に輝くと、途端に娼年の身体は振り払われる。  少年は身体中を打ちつけながら転がり、最後には壁に頭を打ちつけてしまった。 「なかなかに勇敢だな。先ほどまでのあれは、全てこのための演技か」  少年は差し込む影に向けて顔を上げる。そいつの左手には、鈍く輝く刃があった。 「いい戦士になっていただろう。惜しいものだ」  少年はどうにか立ち上がる。だがその直後に、壁に挟み込まれるように喉を押さえつけられてしまった。 「チェックメイトだ」  少年は覚悟した。  もう死ぬんだなって。  大好きだった母親と、憎たらしい父親の仇を取れずに殺されてしまう。  悔しいが、今の少年ではこれが限界だった。 ――パァン。  何もかもを諦めかけたその時、乾いた轟音が響いた。  目を向けると、そこには一人の男性が立っている。 「なるほど、これはとんでもない状況だね」  ドクロの仮面は、声に反応して振り返る。  男性はそんなドクロの仮面に、ハンドガンを向けた。 「警告しよう。その子を放せ」  ドクロの仮面はただ睨みつける。  男性もまた、静かに返事を待った。  するとドクロの仮面は、唐突に笑みを溢し始める。 「相性が悪いな。いいだろう、お前に免じて俺は引こう」  助かった。  そんな思いが娼年の中で広がる。  だが、安心したその瞬間に冷たい何かが右腕を抉った。 「ただし、これはもらう」  一瞬の出来事だった。  何が起きたかわからないまま、違和感を覚えた右腕に目を向ける。  するとそこには、あるはずの腕がなかった。 「あっ……」  認識すると途端に、痛みが来る。  それは今まで生きてきて感じたことのない痛みであった。 「あぁああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっっっ!!!」  ズキズキと、ジキジキと。  外からも中からも痛みが広がり、感情を壊す。  気がつけば腕を押さえ、とめどなく涙を流して叫んでいた。 「キサマッ!」 「記念としてもらっておく。機会があればまた会おう」 「待て!」  ドクロの仮面は闇の中へと消えていく。  追いかけようとする男性だが、倒れた少年を見て躊躇ってしまった。  このまま放っておけば少年は死ぬ。だが、少年を見捨てなければドクロの仮面を追うことができない。 「何をしているんだ、ラウジー?」  誰かが男性の名を呼んだ。  ゆっくりと視線を上げると、そこには少年と同年代の少女が立っていた。 「この子を頼めるか?」 「構わないが。もしや〈ウロボロス〉か?」 「おそらくだけどね」 「わかった、任せろ」  駆けていく男性。残った少女は、倒れている少年の顔を覗き込んだ。  あまりの痛さに、意識が朦朧とする。そんな顔を見て、少女は笑いかけた。 「私がどうにかする。だから君は、まだ死なないさ」  落ちていく意識。それは心地いいまどろみではない。  だがそれでも、少女の優しい言葉のおかげで少年は意識を手放すことができた。  後にこれが運命的な出会いだということに、少年はまだ気づくことはない。

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