機械仕掛けの便利屋さん | 第1章 便利屋さんはトラブルメーカー
笹野葉ななつ

第6話 これはまだ始まったばかり

 時計塔前に広がるメインストリート。そこから外れた裏路地。  そこでは、甲高い金属音が何度となく響き渡っていた。  音に反応して、一人の老人が顔を上げる。  だが、おかしなことに音の原因となるものがなかった。  ふと、老人の横を何かが通り過ぎる。  反射的に顔を向けるが、そこには何もいない。 「腕が落ちたんじゃない、エーミリー?」  楽しげに笑う女の声が聞こえた。  老人は再び視線を向けようとした瞬間、突然身体が押し倒される。  直後に、聞いたことがないような音が響いた。  目を向けると、老人が立っていた場所がなぜか抉り取られていた。 「ごめんよ、おじいちゃん」  老人は声に目を向ける。そこには青い髪を揺らした少女が立っていた。  肩にかかるほどのセミショートだ。しかし、その目つきはあまりにも鋭い。  だからこそ老人は、本当に女の子なのかと驚いてしまった。 「悪いけど、ここから逃げて。どうにか時間稼ぎするからさ」 「え、あ?」 「あいつ相手だと、守りながら戦えないんだ」  あいつ。  老人は思わず青髪の少女が見ている方向に視線を合わせた。  揺れるウェーブがかった金髪。  黒いマントに隠されたグラマラスな肉体が、妙な魅力を醸し出している。  輝く赤い目は、とんでもなく毒々しい。  浮かべている笑顔もまた、危険な香りを放っていた。 「エミリー、アンタ変わったね。もしかして、光を浴びすぎたぁ?」  エミリーと呼ばれた少女は、キッと睨みつけた。  そんなエミリーを眺める女は、楽しげに笑みを溢す。 「ま、別にいいけど。腑抜けになったのなら、こっちは都合がいいし」 「何しに来た? ここはお前の居場所じゃないだろ?」 「アンタもでしょ? 言っとくけど、結社も私達も、アンタのこと許してないからね」 「文句は受けつけてないから。とっとと消えろ!」 「やーよ」  女は言葉を吐き出すと、姿を消した。  直後、エミリーは老人へ振り返る。  そのまま持っていた右手のナイフを振り上げる。  老人が思わず悲鳴を上げようとしたその瞬間、エミリーは刃を突き出した。 「へぇ、勘は鈍っちゃいないのね」  老人の真横へ通り過ぎた刃。  恐る恐る切っ先へと視線を移動させていくと、キレイな手があった。  その手のひらの真ん中に、ナイフが突き刺さっている。  真っ赤な雫とがポタリポタリ、と落ちていく。  それが何を意味するのか。  老人は考えるよりも先に、恐怖に心が飲み込まれた。 「ひぃいいいぃぃぃぃぃッッ」  無様に、転びながらもどこかへと逃げていく。  感じたことがない本気の殺意。  それはどん底で暮らしている老人にとって、耐えがたい代物だった。 「ふぅーん」  女はそんな老人を見て、女は自由が利く左手をかざそうとする。  しかし、それを見たエミリーが反射的に顔面を殴ろうとした。  その瞬間、女はまた消えてしまった。 「チッ」  空振る拳。  思わず舌打ちをして、エミリーは顔を上げた。  とあるアパートのベランダ。  もはやボロボロで、建物として機能しなくなったそこに女は腰をかけていた。 「あーあ、逃げられちゃった。アンタのせいよ、エミリー」  血が溢れる手のひらを、一度だけペロリと舐める。  エミリーはそんな女を睨みつけながら、ナイフを振った。  滴り落ちていた血が地面へ軌跡を描くと、同時にエミリーは体勢を低くした。 「かわいげがないわねぇ」 「お前に言われたくない」 「あの男に見せる笑顔はどうしたの? もしかして、身も心も捧げちゃった?」 「関係ない! とっとと消えろって言ってんだろ、マーナ!」  マーナと呼ばれた女は、笑みを浮かべる。  ゆっくりと腰掛けていたベランダから、何もないところへ足を下ろす。  本来ならば落ちてしまうところ。しかし、マーナは何もない空中で立っていた。 「アンタが焦る気持ちはわかるよ。だって、このままじゃあ殺されちゃうもんね」 「お前――」 「ええそうよ。これは単なる時間稼ぎ。アンタはとんでもない不確定要素だから、切り離させてもらったわ。もしかしたらもう、死んでるかも」  エミリーは奥歯を噛む。  マーナはそんなエミリーを見て、楽しそうな笑顔を浮かべていた。  どうするべきか、とエミリーは考える。  そしてしてはいけない決断をしようとした、その時だった。 「え?」 「何?」  それは、見たこともない銀色の輝きだ。  どのドライブにも存在しない美しい光である。  その光は、一気に広がりエミリーとマーナをも飲み込んだ。  直後、空中で立っていたマーナがバランスを崩した。 「これは――」  あり得ない感覚だった。  それは抱いたことのない恐怖。  だがその恐怖が、忘れていたものを呼び起こす。 「面白いじゃない」  落ちていく身体。  だがマーナは冷静に身体を反転させ、静かに着地した。  エミリーはその着地に合わせて、マーナへと突撃する。  するとマーナは、それに合わせて血飛沫を巻いた。 「残念」  撒き散らされた血飛沫から、強烈な光が放たれる。  咄嗟に目を瞑るものの、強烈な光がエミリーを飲み込んでしまった。 「またね、エミリー」  声だけが響く。  光にやられてしまった目を開けて見渡すが、すでにマーナの姿はなかった。 「くそっ」  思わず、言葉を吐き出した。  そのまま近くに転がっていたダストボックスを蹴る。  だが、蹴っても何も起きない。ただ虚しく音が響くだけだった。 ◆◇◆◇◆◇ 『なんと恐ろしい』  ケイメイが、思わずそんな言葉を言い放った。  白銀に輝く一対の翼。  それはあまりにも美しく、同時に感じたこともない身震いも起こしていた。  しかし、ケイメイはそんな翼を広げたカロルを見て、笑みを浮かべる。 『生まれてこの方、どれほど経とうか。今はただ、生きていることに感謝する』  ケイメイは心が踊っていた。  なぜそんなにも嬉しいのか。  それはとても簡単なことだ。 『感謝を込めて、全ての力をお主にぶつけよう』  ケイメイは、忘れていたものを思い出したからだ。  胸を叩く。途端に身体を覆っていた黒い鎧が、輝き始めた。  徐々に、黄金色へと染まっていく。  猛々しく雄叫びを上げると、鎧はまばゆい光を放った。  それはカロルが背に持つ翼とは、対称的な美しさがある。 『勝負は一度きりだ。さあツワモノよ――我が愚直なる突進を受けてみよ!』  先ほどと同じように、右手を地面へ突き立てる。  スラスターを肩、足、腰と先ほどよりも多く展開した。 『どうする、カロル・パフォーマン?』  アイが問いかける。  このまま挑戦を受けるのかと。  それに対してカロルの答えは、決まっていた。 「ぶっ壊すに決まってんだろ」  アイは反論しない。代わりに、少しだけ時間を置いてから『了解した』と答えた。  スラスターが火を吐く。もういつ突撃してくるか、わからない。  カロルはそんなケイメイを見て、機械義手の右腕を引いた。 『いざ、参る!』  力いっぱいまでにチャージされたケイメイ。  吐き出される炎が轟音を上げると同時に、カロルは右手を拳に変えた。  地が蹴られる。  ケイメイが駆けた。 『もらった!』  その突撃は、あまりにも早い。  一般人では絶対に反応できない速度だ。  だが、それでもカロルは動いた。  しかしそれでも、まだ遅い。  ケイメイがカロルの頭を跳ねようと手を伸ばす。  もはや勝利は確信された。  だが―― 『全く、マスターも困ったものだ』  突然、全てのスラスターの推進力が失われた。 『厄介な男を押し付けてくれたものだ』  途端にスピードが落ち、僅かだがケイメイの攻撃が遅れた。 『おかげで、これからはいろいろと困る日々だろう』  するとカロルが、伸ばされた手を掻い潜る。 『まあ、悪くはないがな』  そのまま突き上げるように、ケイメイの顎を打ち抜いた。 『ぬおっ!』  一体何が。  思わずケイメイは考えてしまった。  しかし、カロルは構わずに腕を引く。  確実にぶっ壊すために、最後の一撃を放とうとしていた。 「おっと、それはダメだからぁ」  だが、攻撃をしようとした瞬間に、思いもしない女が目の前に現れた。  カロルはつい殴るのを躊躇ってしまう。  すると女は、ニヤリと笑みを浮かべて右手を振った。 「バイバーイ」  血が宙へと待ち散らされる。  カロルは咄嗟に下がろうとした瞬間、飛び散った血が輝いた。  すぐに目を閉じ、目眩ましを躱す。  しかし、目を開いた時には女とケイメイの姿はなかった。 『やられたな』  アイの言葉に、カロルは小さく息を吐いた。  驚異は去った。そう感じながら、リリアへ目を向ける。 「のんきに眠りやがって」  相棒の面影が残る少女。その無事を確認する。  すると途端に、身体から力が抜けてしまった。 「あ、うぁ……」  感じたことのない疲労感と、眠気が襲ってくる。  もしかしたら死ぬかも、と思っているとアイが言葉を口にした。 『安心しろ、カロル・パフォーマン。君は死なない』  どこかで聞いたことがある言葉だった。  いいのか悪いのか、と考えながらカロルの意識は闇へと落ちていく。  アイはそんなカロルを眺めつつ、一つの言葉をかけた。 『ゆっくり休め』  懐かしい声。眠るようにと優しく促されたカロルは、そのまま意識を手放すのだった。  まだ事件は始まったばかりだと、気づくことなく――

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