機械仕掛けの便利屋さん | 第1章 便利屋さんはトラブルメーカー
笹野葉ななつ

第5話 懐かしい声と共に

 カロルは敵を睨みつけていた。  なぜ睨みつけているのか。  自分を傷つけたからか。  圧倒的な力を持っているからか。  死んでしまった相棒の面影を持つ少女を狙っているからか。  答えは簡単だ。その全てが当てはまるためである。 「勝手に盛り上がってるんじゃねぇーよ」  カロルはわかっていた。このままぶつかり合えば、殺されることなんて。  ならどうするべきか。 「そんなに熱くなっているなら、冷やしてやるよ!」  カロルは左手をポーチに突っ込んだ。そのまま青いガラス玉を取り出すと、右肩にある装着部位へ押し込む。  直後に機械義手が青白い輝きと、身震いするような冷気を放った。  広がる青みがかかった白い片翼。それが近くにあった植木に触れると、途端に青々とした葉が白い霜に包まれた。 『ほう』  ケイメイと名乗った鶏頭のオートマタは、カロルの行動に目を細める。  だが、その表情には焦りはない。それどころか、どこか期待でもしているかのような笑顔を浮かべていた。 『面白い〈ドライブ〉だ。この濃度でそれだけの力を出せるとはな』  ケイメイはもう一度右手を地面へと突き刺す。  同じようにスラスターを展開させ、同じように突撃しようとしていた。  しかし、それよりも早くカロルが動く。 「だから、燃えてんじゃねぇー!」  叫ぶと共に、カロルは拳にした右手で地面を叩いた。  すると一気に冷気が広がり、それが一定の範囲に広がる。  ケイメイはその行動を見て、怪訝そうに見つめた。 『この程度の冷気で、止まると思うか?』  ケイメイは溜めていた力を一気に解放させる。  短い距離をあっという間に詰め、カロルの命を刈り取ろうと右腕を広げた。 『――ッ』  肩から噴出している排気エネルギー。  それが雄叫びを上げると同時に、カロルは機械義手の拳を突き出す。  するとケイメイはその拳に自ら突っ込む形で顔面に受けてしまった。  ケイメイにとってそれは、思いもしないカウンターだ。  そのまま一回転し、しかし勢いは死なないまま転がっていく。  ようやく止まった時には、カロルからかなり離れていた。 「あー、くそ。身体中が痛ぇ」  白い息を吐き出しながら、カロルは右肩を抑えた。  いくら無茶な戦い方に慣れているとはいえ、機械義手にも身体にも負担がかかる今回はとてもヤバい。 「テラミスには一応、感謝だな」  カロルは肩から〈アークデバイス〉を外した。  元々、カロルの機械義手に合わせて作ったものではない代物。むしろテラミスがグレーゾーンで手に入れた違法品である。  身体に害がない訳がない。そもそも、凍結の能力が備わっている時点で、ヒーターを積んでいない機械義手では相性が悪すぎる。 「過負荷が起きすぎないように、リミッターを積んでおいてよかった。下手すりゃ凍傷どころじゃなかったな」  カロルは右肩を抑えながら足に力を入れようとした。  だが、その瞬間に「アニキ!」という言葉が放たれる。  思わずエミリーへ顔を向けようとした瞬間、大きな手が喉元を掴んだ。 『大した男だ。今度は我を、地へと叩き伏せるとは』  身体が持ち上げられる。  思わず左手で腕を握るが、大した変化はない。 『お返しだ!』  ケイメイが大声で叫ぶと、カロルの身体は地面へと叩きつけられた。  二度、三度と転がっていく。  あまりにもものすごい勢いのためか、巻きつけていたポーチのベルトが千切れる。  さらに悪いことに、青白い〈アークデバイス〉もどこかへと行ってしまった。 「ガッ、グッ……」  カロルは起き上がろうと腕に力を込める。  ケイメイはもがくカロルを見下ろし、立ち上がるのを待っていた。 『あの空間の中で、動けたのはあっぱれだ。おそらくその義手に備わっている〈ドライブ〉によるものだろう。おかげで僅かだが、我の動きが鈍ったぞ。  だが、所詮は人。いくらツワモノであっても、我が力には及ばなかったようだな』  カロルは強い眼差しで、ケイメイを見上げた。  ケイメイはそんなカロルを見て、残念そうに首を振る。 『すまんな、ツワモノよ。我は今、我を目覚めさせた者の命に従わなければならん。もっと楽しみたかったのだがな』  ゆっくりと、着実に、カロルの命を奪おうとケイメイが足を踏み出す。  カロルは立ち上がろうと力を込める。しかし思ったように身体が言うことを聞いてくれなかった。 「くそ!」  もうすぐ殺されてしまう。  そう感じたエミリーが、思わず駆けた。  リリアが「だめ!」と手を伸ばすが、届かない。  カロルを助けるために、エミリーはケイメイへ飛びかかろうとする。  しかしその時、思いもしない邪魔が入った。 「おっ久ぁー、エミリー」  それは、エミリーにとって一番嫌いな女だった。  ウェーブがかかった金髪を揺らしながら、突然と前に現れて進路を防ぐ。  エミリーは思わずブレーキをかけてしまった。  すると女は、一度だけほくそ笑んだ後に姿を消した。 「つーかまえたぁー」  甘い香りと共に、後ろから手が回る。  包み込まれるように身体を抱きしめられてしまう。 「なっ」 「悪いけど、邪魔しないでね」  エミリーは何かを叫ぼうとした。  だが、その前にエミリーは女と共に消えてしまう。 「エミリーさん?」  リリアは思わずエミリーを探す。  しかし、どんなに見回してもエミリーの姿はなかった。 「一体何が……」  突然の出来事に、考察が追いつかない。  リリアがどうするべきか、と思わず考えてしまう。  だが、それはすぐに終わった。 『さて、ツワモノよ。残す言葉はあるか?』  ケイメイがカロルの顔を覗き込んでいた。  死へのカウントダウンはもう始まっている。いや、それどころか終わりを迎えそうでもあった。 「いけ好かないけど」  ここでカロルを死なせてはいけない。  リリアは一度大きく呼吸をし、祈りを捧げるように手を合わせた。  ただ死んでしまった姉を想い、詩を捧げる。 『〈小さな小さな思い出〉〈それはお姉ちゃんとの思い出〉』  その歌を聞いた瞬間、カロルの身体に暖かさが宿り始めた。 『〈私にとって大切な思い出〉〈忘れられない大切な時間〉』  同時に隠していたものも覗かれている気分にもなる。  しかし今はそんなこと、どうでもいい。  目の前にいる敵を、何としてでも倒さなければならない。 『驚いたな』  だが、ケイメイはカロルを見ていなかった。  その視線は、その顔は、その身体は、全てリリアへと向いていた。 『この時代に、媒体なしに力を発揮できる者がいるとは』  興味は、いや関心は、すでにカロルにはなかった。  それが何を意味するのか、カロルは気づく。 「うあぁあああぁぁあああああぁぁぁ!!!」  右腕を振り上げ、力の限りに拳を振った。  敵わない敵だとはわかっている。  このまま立ち向かっても、殺されてしまうことだってわかっている。  それでも、目の前にあるかつての面影を壊されるのが嫌だった。 『もういい』  最悪の言葉が放たれる。  途端に、機械義手は音を立てて何もないところで止まった。  感覚からして、見えない壁でも殴っているかのようだった。 『お主はよく頑張った。ツワモノとも認めよう。だが、それでも力不足だ』  見えない何かに弾かれる。  そのまま背中を打ち付け、滑っていく。  勢いがなくなり、ようやく止まるとカロルは腕を伸ばした。  だが、どんなに伸ばしてもリリアには届かない。 『〈戻りたい〉〈だけど戻れない〉〈だってもうあなたはいない〉』  歌が終わる。  同時にケイメイは、リリアの腹部めがけて拳を深くねじ込んだ。  リリアはそのまま身体を折ると、力なく腕へと寄りかかった。 「まだ、だ……」  悪あがきとも取れる言葉をカロルは吐き出した。  ケイメイはもう興味がないのか、振り返ろうとしない。  このままじゃあいけない。  望まないことが起きる。  わかっているのに止められない。  カロルは身体に命令をして、戦えと叫ぶ。  だが身体は怯えきっているのか、言うことを聞いてくれなかった。  まだ終わるな、と叫んだ。  まだ終わっちゃいない、と叫んだ。  まだ終わらせてはダメなんだ、と叫んだ。  だがその全ての叫びは、誰にも届かない。  神にも悪魔にも届かない。 ――何を騒いでいる?  人が描いた空想。  人が描いた虚構。  人たる者。  その全てには届かなかった願い。  しかし、たった一人だけ耳を傾けた存在がいた。 ――答えろ、カロル・パフォーマン。  それは懐かしい声だった。  その声を聞いた途端に、カロルの中で何かが動き出した。  なぜかわからないが、立ち上がることもできた。  力が溢れる。  忘れていた何かも、甦る。  ただ思うがままに身体を動かす。  気がつけば機械義手を大きく振りかぶっていた。 『お前――』  力いっぱいに拳を振った。  だが、先ほどと同じように見えない何かに阻まれる。  とても硬い。とてもじゃないが、機械義手が壊れてしまいそうだった。  だがそれでも、諦めるなんてできない。 「そいつを、放せぇぇぇぇぇ!」  面影を守りたい。  ただそれだけの思いだった。  そのためだけに、機械義手を犠牲にしようとしていた。 『全く、バカな男だな』  そんなカロルに、〈何か〉が呆れた言葉を放った。  聞いたことがある、いや聞き馴染んだ声だ。  ずっと求めていたもの。  ずっと忘れることができなかったもの。  だけどもう戻ってこない相棒の声だ。 『それではマスターが泣くぞ、カロル・パフォーマン』  呆れ声が、呆れたように言葉を吐き出す。  するとカロルの左肩から、銀色に輝く片翼が生まれた。  途端にケイメイを守っていた見えない何かが、音を立てて弾け飛ぶ。  何が起こったのか。一つも理解できずに、カロルはケイメイの顔面を殴り飛ばした。 『ゴアッ!?』  今まで聞いたことがない悲鳴が上がった。  カロルは驚きつつも、右の拳を引く。  するとケイメイは、リリアをカロルへと放り投げた。  カロルは思わず身体を受け止める。  ケイメイはその間に、大きく後ろへと下がった。 「あいつ――」 『幸運だったな、カロル・パフォーマン』  カロルは視線を落とす。  語りかける声。それは首から下げているペンダントであった。  死んでしまった相棒が残してくれたもの。  なぜ自分に渡したのかわからなかったものでもあった。 「てめぇはなんだ?」 『なんだとはご挨拶だ。私はマスターに作られた存在。そうだな、いわば学習して成長する人に近い存在だ』 「人はそんな形をしてねぇーよ」 『確かにそうだ。だが見た目で判断するのはよろしくない。君達の言葉を借りるならば、差別と呼べる行為だ。そもそも差別とは――』 「あー、もういい! わかったから黙れ!」  カロルは堪らず叫んだ。  するとペンダントは『やれやれ』と呆れたように言葉を吐き出す。  カロルはそれに、ちょっと苛ついた。 「ったく、どっかの誰かさんを思い出すな」 『マスターの人格データを元に私は作られた。だから当然だ』 「そうかい。そりゃ悪かった」 『わかればいい。まあ君の場合、完全に理解しているとは思えないが』 「もういいよ。ところで、名前は?」 『正式名称は長い。長すぎるため、マスターからは〈アイ〉と呼ばれていた』  カロルは笑みを浮かべる。  懐かしむように、ただ嬉しそうに笑った。 「俺もそう呼ぶ。じゃあ、とっとと面倒ごとを片付けるぞ、アイ!」 『了解した』  これから始まるのは、自分のための戦いではない。  求めても戻ることがなかった面影を守る戦いだ。  もう一つの面影。それと一緒に、カロルはケイメイへ立ち向かう。

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