時間泥棒 | 第一話 慇懃無礼
つちひさ

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下品にも口を鳴らしたのは老翁だった。いや、さっきまでの老翁ではない。笑い皺が刻まれた目尻はキリキリと上がっていき涼やかな切れ目が現れ、垂れ下がった頬はシャープな顎の線に変わった。髪も目も鼻も口も一瞬でに変化し、老翁は別人になった。  人はひどく驚くと騒ぎだすか動けなくなるかどちらかだが、たけしは後者だった。口を半開きにして、声にならない声を発している。  「案外、鋭いじゃないか、係長さん。いや、課長補佐だっけ。」  「チーフよ。」  隣にいた老婆は若い女性に変わっていた。透き通るような肌に感情を宿さない瞳は冷え冷えとした雰囲気を纏っている。  「あっ、あっ、あなたたちは…ぶ、ぶ、部長はどこですか。」  胸を打つ心臓の鼓動がたけしの体の中で響いている。相手に聞こえないか心配になる。手が震え冷や汗が脇元を濡らす。これが現実なのかどうなのか、目の前にいる二人が人間なのか、何もかも疑わしい。  「愛しの部長さんならその奥さ。飯山チーフ。」  「お、奥というと。」  「気がきかない、本当に気がきかない。君はここに来た営業マンの中で一番気がきかない。」  そう言いながら切れ目の男はテーブルの横の襖を開けた。  「あっ、あっ、あひー。」  そこに布団の上に横たわった部長がいた。いや、部長らしき人がいた。もう、頭は禿げ落ち残った髪の毛も真っ白だ。顔も皺だらけの老人だ。  たけしは部長らしき人の近くに寄ると顔を確認した。どことなく面影はあるような気はしたがしわくちゃ過ぎてわからない。だが、着ているシャツには見覚えがあった。  「部長、部長、だ、大丈夫ですか。な、何をしたんだ、あなたたち、何をしたんだ。こ、殺したのか。」  『殺した』という言葉にたけし自身が驚いた。しかし、このままだと自分も部長のようにされるかもしれない。『殺した』という自分自身の声でそれを自覚した。  「殺しちゃいないよ、まあ、落ち着けよチーフ。ただちょっとだけ、彼の時間を頂いたのさ。」  「じ、時間。」  「俺たちと同じ場所で過ごしたら、それよりもちょっとだけ多く時間を頂くのさ。  部長さんはたくさんの時間を俺たちと過ごした。だからもうなくりそうだ。案外、長生きなほうでびっくりしたけどね。  人の人生はわからないもんさ、長生きしそうだって踏んでおびき寄せたらあっけなく終わったり。」  「時間泥棒!」  たけしの声がくたびれた居間にこだました。切れ目の男がたけしに近寄って胸ぐらを掴んだ。中性的な華奢な手のどこにこんな力があるのだろう、息苦しくなるぐらいにたけしのシャツを握っている。  「人聞きの悪いことを言うんじゃないよ。じゃあ、お前たちはなんなんだよ。  え、じゃあ、自分たちは何をしたんだ。ボケかかったじじいに次から次に契約させて、ヘラヘラ慇懃無礼な態度ですり寄ってきて、しまいにゃ署名捺印お前がしただろ。いいのかよ、犯罪じゃないか。」  「あ、あれは、あんたがしろって。」  「ふん、しないやつはしないのさ、しないやつはいくらカモになりそうでも、距離をおいてくるものさ。どう考えてもヤバイだろ。  いいリトマス紙なんだよあれは、あそこで自分で署名捺印するやつは何度でも来るし、何時間でもいる。下心ありありさ。  大抵、あんたみたいにおどおどしながら流されるやつか、そこのなんとか部長さんみたいに自信過剰に押し付けて来るやつか、罪悪感を感じてるか感じてないかなんて関係ない。  結局、そんなものはいつかなくなるのさ。あんただって一昨日と今日の態度は全然違ったぜ。」  「喋りすぎよ。」  隣に立った女が冷めた声をだした。  「まっ、忘れるんだな。いけよ、全部忘れて今までどおり、しがない営業マンを続けるんだな。  ふん、時間泥棒か、屋号にするならなかなかいいな。次にやる店で使わせてもらうとするか。」  切れ目の男はたけしの胸ぐらを掴んだ手を放した。すると畳に叩きつけられたたけしが叫んだ。  「返せ!時間を返せ!」  「ふん、馬鹿かお前は食っちまった食い物を吐き出すやつがどこにいる。部長さんは当分このままさ。」  「違う!俺のだ!俺の時間を返せ!」  「あきれた!」  切れ目の男は細い目をいっぱいに見開き声をあげた。  「ふん、多少白髪が入ったほうが落ち着いて見えるぜ。」  「返してあげなさい。」  あきれた顔をした女がそう言うと切れ目の男は不服そうに口角をひきつらせた。  切れ目の男は台の上に丁寧においてあった丸い鏡を持ち出してぶつぶつなにかを唱え始めた。すると鏡面が光りだした。すうっと男が鏡の中に腕をいれた。  「ほらよ。」  男が鏡面の中からビー玉のようなものを取り出し畳の上に投げた。  「ふぇ。」  たけしが拾おうとした瞬間、切れ目の男がその玉を踏み潰した。  「これで、あんたの時間は元に戻った。さあ、行け。行けよ。」  そう突然言わはれても信じていいのか、そもそもこれが現実なのか、たけしは口を半開きにして目を泳がせていた。  「早く行け!このおっさんみたいになりたいのか!」  もういい、これ以上いたら本当に殺されるかもしれない。早くこの場から離れよう。たけしは大急ぎで玄関までいき靴を突っ掛けた。途中、片方が抜けたので手に持って車まで行った。  キーを回し、Uターンする間さえもどかしい。猛スピードで山道を下ったが対向車がいなかったのが不幸中の幸いだった。  それから、家までの道のりはあまり覚えていない。ただ、車をぶつけずに帰れたのは確かなようだ。家に帰りつきまず洗面台に向かった。切れ目の男が言った通り髪の毛は元に戻っていた。  「ふう。」  たけしは風呂からでて、第三のビールを飲み干すと。食卓に座った。今日あったことを誰にも喋るつもりもない。話したところで誰も相手にしないだろう。  忘れよう、こういうことは忘れるに限る。部長は自業自得だ。  プシュ  「ちょっと、ニ本目でしょ。それ。」  「いいの、今日は大変だったんだから。なあ、それより聞いてくれよ。今日さー。」 でも、少しぐらいならいいだろう。  

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この作品の評価

6pt

おや? 最新話は、エッセイに書くべき話ではありませんか??

2019.09.24 23:12

皐月原 圭

1

第二話の2、拝読しました。 あ、オムニバスと思わせてやっぱり続きものでしたか。 次回も期待しています!

2019.09.17 08:18

皐月原 圭

1

第二話始まりましたね。やはり一話目とは違うお話なのですね! とりあえず、女の「どっちでも」発言には思い当たることも多すぎて個人的に苛々しています(笑) そして時間……盗まれているのか。今後の展開に期待。

2019.09.13 10:36

皐月原 圭

1

最新話に追いつきました。時間泥棒がまさかのまさかで、びっくりです。 ここからの展開、どうなっていくのでしょう! たけしで続けるのでしょうか。それとも別の主人公が登場するオムニバスでしょうか。わくわくです!

2019.09.10 18:37

皐月原 圭

1

新連載ですね! 1話目を読ませていただきました。これからの展開がどうなるのか、わくわくです。

2019.09.06 15:07

皐月原 圭

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