死んでしまえ

 魔女テレサは、魔法が解ける瞬間を見た。  晴れ模様の空は太陽が沈み始めると同時に暗雲が立ちこめ、風がびゅうと吹いて楓の葉を揺らし、乾いた音をかき鳴らした。明るかった周囲は一瞬で薄暗くなり、額に雨の粒がぽたりと落ちる。  マティアスとユイが連行されるさまを隠れて見ていたテレサは、周囲に人の気配がなくなると姿を現してキャクストンの双子が住む家に向かった。 「…………」  それは家だったのだろうか。  子ども三人が住むにしては、小さすぎる。  嵐が襲えば砕け散りそうな掘っ建ての小屋ともいうべきで、かまど、食事のためのテーブル、ベッドなどが置いてある様を想像すると、既に想像の中の内装は手狭だった。  木目の粗い扉を乱暴に開けると、そこにはウィリアムがいた。 「……テス」 「気安く呼ばないでよ」  彼はぼろぼろの本棚の前に座り込んでいて、真っ青な顔で土くれまみれになっていた。  本棚には、本はひとつもない。 「愛想を尽かされたってわけ?」 「…………」 「ふうん。そう……」  答えないウィリアムはふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで寝室に向かった。  小さなベッドとクローゼット一つで埋まってしまっている部屋の壁に、釘でむりやり打ち付けた木の板の棚がある。  その棚の上に、ひび割れがあるものの、形を為して飾りとなっているガラスの楯が置いてあった。ウィリアムはそれに手を伸ばす。 「……っ」  触れた瞬間、楯はひび割れにしたがって粉々に砕け散った。 「…………」 「なんて書いてあったの?」 「……いや、なにも」 「ふうん」  にべもないウィリアムの返事に、テレサは憤る様子もない。 「うまくいかなかったね。これって、あたしのせい?」 「違う」 「じゃあ、お姉さんのせいだ」 「違う」 「ええ? だったら、あの子のせい?」 「違う!」 「ふうん……」  冗談めいた口調の魔女は、 「ならあなたのせいだね」  と、冷たく言い放った。彼女はそのまま寝室を出ていく。  残されたウィリアムは、ベッドを見つめた。  小さなベッドの上には、小さな枕が三つ置いてある。  真ん中のひときわ小さな枕と、手前側の枕には金色の髪の毛が落ちている。  窓際の枕には、なにも落ちていなかった。 「…………」  伸ばしかけた手を制し、ウィリアムは寝室を出た。  一人がけの、ぼろぼろのソファにふんぞり返って座っているテレサを見ようともせず、彼は家を出ようとする。  テレサは声をかけた。 「ちょっとちょっと。どこに行くの?」 「二人を迎えに行ってくる。もう、アンネはいないから」 「行ってもいないよ」 「え……」 「さらわれちゃった。あたしが相手した、ヤガーとかって人たちに」  テレサの言葉に、ウィリアムの顔がみるみる青くなる。 「なんでそれを先に言わないんだ!」 「だって、ねえ?」 「そんな……!」  ウィリアムは過呼吸を起こしていた。そのまま床にへたり込む。  浅い息を繰り返す彼を、ソファに座る魔女は冷たく見下ろしていた。 「お、俺のせいだ」 「…………」 「俺が、アンに全部打ち明けていたなら。最初から、ユイのこととか、約束のこととか、全部相談していれば、こんなことにはならなかった」  ウィリアムは絶望に打ちひしがれた表情で、両目から涙を流した。  嗚咽もなく、ただ座って涙を流すだけの彼を、魔女は冷たい目で見ている。 「こ、これは……。こんなのは……、俺はいらない……!」  ウィリアムは頭を掻きむしり、立ち上がった。  彼は寝室に戻り、ベッドを無理やり動かした。身体をベッド下に突っ込み、腕を伸ばす。這い出てきたウィリアムが手にしていたのは、大人が握るような長さの剣だった。 「ふぅーっ……、ふぅー……」  鞘を持ち、柄を握り、剣を引き抜いた。  純粋に斬り、突くために作られた長剣は珍しい。魔法が用いられる戦いにおいて鋭利な長剣というものはまったく理にかなっておらず、鋼という貴重な資源をより活躍させるならば、刃をつぶして観賞用とするか、魔力を宿すために鋳造し直すのがよいだろう。  その剣は、乱暴にしまわれていた割には手入れが為っていた。油や研ぎなども欠かした様子はない。 「くっ……」  鞘を革のベルトに差し込み帯刀する形としたが、長すぎる刀身を引きずる形となって、少年の身体をもつ彼の動きの邪魔をした。替えのベルトをクローゼットから引っ張りだし、慌てながらも剣を背負えるようにして装備した。 「ねえ」  抜剣を試すために外に飛び出そうとした彼を、魔女が呼び止めた。  ウィリアムは焦りを見せつつも、振り返って彼女を見た。 「どこにいくの?」 「ユイと先生を助けに行く」 「やめときなよ」 「なにを……」  魔女は、同情的な悲しみの表情を浮かべた。 「二人を……特にあの子をだしに、誘い出されてるよ。行ったら殺されるよ」 「…………」 「あたしがお姉さんの代わりになるよ。夏は涼しくして、冬は暖かくして過ごそう」 「…………」 「これでも、こうやって生き返らせてくれたことに感謝はしてるんだよ。そりゃあ、方法を教えたのはあの子みたいだけど……」 「…………」 「わざわざ死にに行くことはないよ」 「死ぬ?」 「うん……」 「…………」  ウィリアムは、テレサを睨んだ。  そして、 「死んでやる!」  と、吠えた。  テレサが驚いたように身をすくませる。 「死んでやるさ! 何度だってかまうものか! 俺は、もう死など恐れない!」  そして最後に、 「俺は  だった男だぞ!」  と、言った。  そのまま建て付けの悪い玄関の扉を吹き飛ばすように開け、走ってどこかへと去っていった。  ひとり残されたテレサは、面食らった表情のまま、ソファの上で身をよじらせた。 「う、ううん……」  驚きと疑問が綯い交ぜになった声をあげ、彼女は独り言を呟いた。 「今、なんて言った……?」

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