わたしに罰を

「前世の因縁?」 「そうだ。それがなんなのかは、二人は絶対に言おうとしない。なぜだか分かるか?」 「おっとぉ……」  聞き覚えのある口調に、テレサは面食らった。  果たして、どちらが真似をしている側なのだろう。  もしくは、もっと別の誰かを二人が真似しているのかもしれない。 「ううん、降参でいいよ。あたし難しいこと考えるの苦手だからさ」 「そうか……」  マティアスはやる気のないテレサの言動を見下す気配もない。 「恥、だと思うのだ」 「恥」 「おぼろげながら想像はつく。おれの話を聞いていても、二人が命を奪い合うような争いをしてきたことは分かるだろう?」 「え? いや、全然……」 「…………」  マティアスが難しい顔をすると、テレサは呆れたようにため息を吐いた。 「あのさあ。難しいこと考えるのは苦手って言ったじゃん」 「ああ……」 「そんな、察してくれみたいな感じでちょくちょくにおわせてくる感じ、本当におじさんおばさんっぽいよね。子どもらしくないというかさ」 「…………」 「で、仲が悪かったことが恥なの? 雨降って地固まる、って美談にはならなかった?」 「二人は過去を恥じている。なかったことにしたいのだ。誰も知りようがない前世のこと、有って無いようなものなのに、二人の中では生き続けている」 「ふうん」 「おれが分かることはこれで全部だ。具体的な争いの過去は、おれには知りようがない。ただあの子たちは、最近はとても楽しそうだった。いくらでもある時間を使って、知識と機転を駆使して問題を解決し、密やかに幸せを噛み締めていた。その過程で、彼らを認める人も確かにいたのだ」 「ふうん」 「闘技祭では胸のすく思いがした。卑怯な手を互いに使ったわけだが、シオン・シルヴェールの名誉を守り、スカーレット夫妻との約束を……」 「あのう、それはいいよ。あたし知らないし」 「……つまり、もう互いに手を取り合う二人の姿は見られないのだ。あれでは……恐らく、あれは、過去の再演だ」 「ふうん……」  テレサは、うずくまって動かないユイを指さした。  マティアスは見た。指の動かし方が芝居がかっていて、そこから伸びる腕がぞっとするほど白く美しいのを。その主が、驚くほどの満面の、作り笑顔でこちらを見ているのを。 「それって、あの子のせいだよね?」 「ばっ……」  マティアスの頭に、瞬間的に熱い血が登った。 「馬鹿を言うな! そんなことが、あってたまるか! あの子はウィリアムと同じ境遇で、しかし、アンネのような理解者もおらず、セントラルの貴族の……!」  そこで彼は歯を噛み締め、それ以上何も言わなかった。興奮で顎が震え、徐々に力強さを失っていく眼差しは重たい瞼に隠れる。均衡を失った血流が身体を狂わせ、目眩を起こさせ、指先を震わせた。 「あの子は、なんなんだ? 魔力の受容体がない、とは? 後天的になにをされた? おれにはさっぱり、分からない……」  脱力しきったマティアスに、魔女は冷ややかな目を向ける。 「無知を認めるのは勇気がいることだけど、開き直って考えるのをやめたら動物と同じだよ。あたしは難しいことを考えるのは苦手だけど、やらないわけじゃない。……あなたがどうしても考えたくないなら、どうしてもあたしから答えを聞きたいっていうなら、教えてあげる」 「…………」  魔女の言葉に、マティアスは耳を傾けてしまった。 「死人のあたしを蘇らせて、この国の秩序を崩して、ウィリアムの心をずたずたにして、アンネの心の闇を引きずり出して、あなたのささやかな幸せを台無しにして……。関わるもの、みんな不幸にしていくね?」  その声は、恐らくユイにも聞こえている。  邪悪な笑みを浮かべた魔女は、 「まるで、悪魔だと思わない?」  と、言った。 「き、貴様!」  マティアスは、またも激昂した。  彼は掴みかからんとまで距離を詰めたつもりだったが、既に魔女は姿を消していた。 「どこへ行った!」  気配を探っても、魔女がいる気配はない。  だが、声は耳に届いた。 「じゃあ、最後だから。もう会うこともないでしょう」 「姿を現せ! 彼女と、ウィリアムを……愚弄したことを詫びろ!」 「やだよ。……それより、大人しく捕まってね」 「なにを……、っ!」  彼は、気がつけなかった。  怒りのために視野が狭くなっていたから。  足音がなかったから。  様々な要因が重なったための見落としだった。 「な、なにをしている……」  視線を戻した先、生気のないユイの腕を、乱暴に持ち上げている男の姿がある。 「ヤガー、その手を離せ……」 「……いいえ。それはできません」  右手を失ったヤガーが、腕だけでユイを立ち上がらせ、持ち上げている。  魔女の気配はすでになく、声もない。去ってしまったのだろう。 「お久しぶりですね、マティアスさん。今日は世間話に来たのではありません」 「いいか、ヤガー。その子を離すんだ……」 「あなたも一緒に来るんですよ」 「やめろ……」 「トッド、お願いします。ヘンリーは周囲を警戒しなさい。特に、キャクストンの姉を」  マティアスは足音のない二人組が、自分の背後にいたことにようやく気がついた。 「エクルンドの兄ぃ、大声は出すなよ」 「く、くそっ……」  トッドは慣れた手つきでマティアスの両手を後ろで縛っていく。  拘束のためのきつい絞めに痛みを覚え、マティアスは呻いた。 「ヘンリー、なにか動きはあるか?」 「ない。大丈夫だ」 「くくく、よし。ヤガーさん、そのガキは?」 「抵抗する様子もないので大丈夫でしょう。魔法ひとつ使えない、なりそこないの人間などになにかできるとも思えない」 「! このっ……!」  暴れようとしたマティアスに、トッドが拳を振った。 「ぐわっ!」 「大人しくしとけ。べつに、あんたをどうするつもりはないんだからよ」 「くっ……」  力なく立ち尽くしているユイの頭の毛を、ヤガーの左手が強引に掴んだ。ユイの表情が苦痛に歪む。 「魔女となにを話していたのか、詳しく聞かせてもらいましょう」 「その子は関係ないだろう……!」 「これはウィリアムを誘い出す餌です。生殺与奪を握っていると知れば、彼は黙っていない」 「許されるわけがない……」 「これの戸籍が、まだできていないのですよ。手続きが遅れに遅れていましてね。ですからこれは、この国においては人間ではない」 「無茶苦茶だ! ……ぐっ!」 「大人しくしろって」 「くそ……くそっ……」  ヤガーの左手がユイの頭から乱暴に引き抜かれた。 「ひぎっ」  ぶちぶちと金色の髪の毛が空中に舞う。手に残った毛を汚らわしいものを見る目つきで見て、払いのけた。 「実に汚い。だが、利用はできる」  ヤガーはユイの足許を一切考慮せずに歩き出した。  引きずられるようにして足を動かすユイを苦渋の表情で見つめるマティアスも、トッドが背中を小突くので渋々と歩き出す。  マティアスの頭の中では、あの日、アンネが説明をした足音の魔法についての言葉がめまぐるしく反芻されていた。 「なぜだ、アンネ……」  嘘を吐いたのか? と、思わずにはいられなかった。

ブックマーク

この作品の評価

1pt

Loading...