Section.3 命力

 泉に飛び込む、筋肉を強調するようなポージングをした男の肢体。  飛び跳ねた無数の水滴が、陽の光を反射して、美しく煌めく。 「あの男、思い立ってから行動が早すぎないか……?」  ザブーンと身を投げ入れた月島に、アグノスは呆れたような視線を向ける。 「楽しそう……ジャンヌも泳ぎたいです!!」  他方ジャンヌは、羨ましそうな声を出したのち、いそいそと簡素な服を脱ぎ始める。「こら待てっ」と止めるアグノス。 「あやつがロリコンだったらどうする!?」 「おい。俺の名誉が半分くらい剥がされる音がしたぞ」  水面にプカプカと浮く、変態の容疑が掛けられた男から放たれる声は、普段より一オクターブほど低い。 「ふん。お主の名誉など、剥奪されるほどもないだろ」 「なんだと歯車? この異世界じゃその通り過ぎて悲しい」 「認めんのかい、というか歯車呼びするでない!」  目頭を押さえる月島に、アグノスがツッコミと抗議を入れている間に。  ジャンヌはシャツとパンツ姿になって、「えい」と水に入った。チャポンと小さな音がする。  そんな彼女に対して、月島は「すごい透明感だよなぁ」と話しかけた。 「はい、底までよく見えますね!」 「そうなんだよなぁ。秘境に流れ来る雪解け水というわけでもないのに、どうしてこんなに綺麗なんだろうか」 「大方、水の精霊の庭なんだろう。『浄化』の気配がする」  キョロキョロと周囲を見回して、アグノスは泉に近づいてくる。 「はぁ」 「自然系の精霊は、人里離れた場所を好むからな。ここは格好の住処だろうて。そしてマイホームの景観は誰だって整えたいもの、精霊は皆々、縄張りの手入れくらいはするものだ。今は出かけているようだが」 「え? ということは俺ら不法侵入してるってことでは?」 「お主は能力『精霊刀』保持者だし、多分歓迎されるだろ。すでに我と契約を結んでいる以上、そいつとは出来んが」 「あーマジかぁ。チェンジは出来ないのかぁ」 「ぶん殴っぞ」  ガニ股になって歯をむき出しにするアグノスへ、月島は「どうどう、冗談だ」となだめにかかる。 「うー……。我も泳ぐ」  頭を冷やしたいと思ったのか。「変身っ!」と叫び、小さなヒラヒラの付いた扇情的な水着姿になって、足を泉に浸す。  腰に左手を添えながら、グイッと胸を張り。 「どうだ? 似合ってるか?」  と勝気に賛辞を求めた。 「おおっ! 変身した! すげぇ! でも背伸びし過ぎでは? いや、その姿が好きならば別にいいのだが」 「二言くらい余計では?」 「よ、よくお似合いです!」  機嫌が悪くなるアグノスへのフォローのためか、ジャンヌは「美が水着を纏ってます!」と掛け声を入れる。お世辞以外の何物でもなかった。  鼻を高くして、「ジャンヌはよく分かってる!」と喜色満面の笑顔を浮かべるアグノスに対する罪悪感が、猫耳の少女の胸中を満たした。月島からの憐れみの視線に耐えきれなくなり、ジャンヌはブクブクと水中に潜る。  水は透き通り、泉のレイアウトをすべて見渡せる。息さえ続けば、いつまでもここに居られると思うくらい、綺麗。  うっとりと眺めていると、ジャンヌが十人手を繋いでようやくタッチ出来るくらい離れた場所に、大きな穴が空いていることに気づいた。その付近にはかすかな水流があるようで、つぶつぶのついた水草が、ユラユラ揺れる。食べられるだろうかと、呑気に水草に向かって泳ごうとした時。  穴から、影が飛び出した。  ギラギラとぶつけられる敵意。  予期せぬ事態に、びくりと止まるジャンヌの体。  彼女の口から、泡が出る。  突き出される槍の穂先。向かうは、猫耳のついた頭。 「ジャンヌッ!?」  咄嗟に月島が体当たりしていなければ、彼女の頭骨は貫かれていただろう。  しかし代わりに、槍は月島の右肩を、突き抜けた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇  ビリッと。警鐘が、全身に鳴り響く。  居たたまれなくなったのか、水中に潜ってしまったジャンヌの方から感じた。  何か、くる。  レベルアップによってだろう、地球の平均的な大学生よりはるかに強くなった脚力で以って、水底を蹴る。泉の側壁に開いたかなり大きな穴より這い出る、槍を持った化け物。  ジャンヌが危ない。  その一心で、飛び出した。  痛みで全身が熱くなる。月島の右肩に、突き刺さる槍。  否、これは銛かと認識を改める。 (なにバカなことをしてるんだ俺は……)  水中で広がる血を眺める。大怪我だ。運が悪ければ死ぬかもしれない。  体を張って、知り合って間もない他人を守る。  飛空船を爆破してまで、自分の命を優先した男らしくない。  力が抜ける。意識が朦朧とし始める。  走馬灯が、頭を駆け抜ける。  あれは、高校生の時。  学校からの帰り道、月島とその友達は、「自分の命を省みずに他者を助ける漫画のキャラクター」の話をしていた。 「実際にいたら、馬鹿としか言いようがない」  月島はそう、自分の意見を主張する。 「最優先すべきは、自分の命だ。死ぬくらいなら、殺した方がいいとも思える。死んでしまえば、何をすることも出来ないから。こうやって駄弁ることも、何もかも。正直怖い」 「じゃあ|月島陸斗《ツキリク》は、自分の命のためなら、他者を見捨てるべきだと?」 「そうすべきだろうな」 「なんと言うか、空疎だなぁお前」  実際に月島は思い切りよく、自分が助かるために飛空船の搭乗者をほぼすべて見捨てた。  だと言うに、今。勝算などなく飛び出して、自分の命を省みずに|他者《ジャンヌ》を助ける馬鹿と成り下がっている。 (あーあ。こんなところで、俺は死ぬのか……)  ガッと、肩の銛が引き抜かれる。生半可な力では、銛を引き抜けず月島を体に寄せてしまうだろう。相当な技量の証。  そして、再び構える謎の敵。一度くらいはかわす余裕もある。しかし、二度、三度はもうきつい。  出血量もいよいよ酷くなってきた。水中で、情けなく折られる膝。  向かってくる銛。  こちらへ手を伸ばすジャンヌ。  スローモーションに見える。時間がゆっくりになったように錯覚する。 「端的に言うと、全体として現実感と、臨場感と、そして何より使命感がないからだよ」  ふと安島教授の、この世界にくる直前に受けたお叱りの言葉が、脳に響いた。  過去の彼とは違い、記憶の中の彼はそのまま続ける。 「どうも君には、特に使命感が欠けていそうだ」  使命感。自らの命を使うほどの、|迸《ほとばし》る感情。  そうですかね。もしそうなら、あなたを満足させられるような卒論が書けないじゃないですか。 「そうだね。だから、足掻いて、手に入れないと」  半目で今にも閉じそうだった月島の|眼《まなこ》が。  鋭く、眼前の敵を睨みつける。  死ぬのは嫌だ。  同時にどういうわけか、知り合ったばかりのあの子たちが死ぬのも嫌だと感じる。  今俺が死ねばどうなる。  次はあの子たちだ。  命を使って、守りきれ。  体の中の、何かが消費される感覚。傷口が塞がれる。思考が明瞭になる。 (『潜水』)  飛空船での脱出劇の最中得た能力を使い、水中に30秒だけ適応する。 (『精霊刀』)  念じれば、水面でアワアワしているアグノスの体が、月島の手に小太刀として顕現し。  今にも死にそうな獲物が、突然覇気とともに武器を出したからか、銛の一撃を放とうとしている敵の体は一瞬だけ硬直した。その隙を見逃さず。  月島は右肘を突き出しながら、水中にも関わらず弓矢のように己を射る。  敵の体の横を擦り抜けると同時に、右手の小太刀を振り抜いた。  その余波で、泉の水面に、大きな半弧状の|飛沫《しぶき》が上がる。 【経験値を3489獲得。Lv.29↑30】 【剣術Lv.3↑4】  首と胴の切り離された敵の体が、|水面《みなも》にプカリと浮いた。  遅れて月島も浮上し、水上で大の字に寝そべる。 「ステータスオープン」 名前:月島陸斗 種族:地球人 魂魄:良 精神:良 状態異常:なし Lv. 30 攻撃:425, STDV=3 防御:398, STDV=3 魔法攻撃:406, STDV=7 魔法防御:413, STDV=6 俊敏:415, STDV=5 HP:526/526 MP:563/563 SP:100153 LP:95 【能力】 「精霊刀, Lv.2」「数理, Lv.6」「精神耐性, Lv.5」「文章力, Lv.3」「剣術, Lv.4」「体術, Lv.2」「軟体, Lv.1」「透明化, Lv.1」「潜水, Lv.1」「魔力伸縮, Lv.1」「燃焼, Lv.1」「魔包丁, Lv.1」 【召喚者ボーナス】 「地球外異言語」「全盛期:already applied」 「LPとやらが、106から95に減っている……」  謎の項目LP。アグノスに聞いても知らないと言う。ただ表示可能項目にあったから、チェックして出してみたというだけらしい。  完治した傷、完全回復したHPにMP。もしかすると、いざとなった時、激烈に|求める《・・・》感情に呼応して、宿り主の生命力を上げるものなのかもしれない。 「LP、Life Point。|命《ライフ》を使って、か。てっきりLuckyかとでも思ってたのだが」 「大丈夫ですか!?」  飛沫を盛大に上げた、攻撃の余波で遠ざけられたのだろう、ジャンヌがバシャバシャと月島に向かって泳いでくる。 「お怪我の具合はっ……あれ?」 「俺にはどうやら、使命感が欠けていたらしい。いや、表面化していなかったと言うべきか」  真上に広がる、どこまでも広がる、突き抜けるようなブルースカイ。  飛ぶ海鳥を、爆破され墜落した飛空船に重ね合わせる。 「君と、あとアグノスのおかげで気付けた。ありがとう」 「え、その……よくわかりませんが、礼を言うのはこちらなべきであるかと……」 「俺は」  困惑するジャンヌの横で、月島は後悔するように、振り絞るように言う。 「使命感を持って、命を使って、もっと助けるべきだった」

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9pt

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