機械仕掛けの便利屋さん | 第1章 便利屋さんはトラブルメーカー
笹野葉ななつ

第3話 銀色に輝く片翼

 静かに、だが確かにそこは冷えていた。  ゆっくりと、しかし確実に熱を奪う冷気がその空間に漂っている。  砕けた大鎚。それに目をやることなく、テラミスは握る力を強めた。  全てが凍てついてもおかしくない空間。その中に立つカロルは、とても異様だった。  燃え上がるような真っ赤に染まった片翼。それが大きな唸り声を上げると、テラミスは奥歯を噛み締めた。 「勝った気でいるんじゃねぇぜィ!」  テラミスは睨みつけながら青白い大鎚を地面へと突き刺した。  直後、砕けていた大鎚があっという間に元へと戻っていく。 「こんなもん、いくらでも直せるんだぜィッ」  テラミスが高らかに宣言する。  だが、カロルは動じない。それどころかどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。 「ちっとは成長したじゃねぇーか。見直したぜ」 「てめぇに褒められても、全然嬉しくねェ!」  テラミスは再び手に力を込める。  カロルも合わせるようにして、拳にした右手を引いた。  互いに踏み込むタイミングを伺っている様子だ。  そんな最中、リリアがやっと戦場へと到着した。 「あれは――〈アークデバイス〉」  あるものを見て、リリアは息を飲んでしまった。  金髪ドリルヘアーが持つ武器。それは本来、一般人が持てるものではない。  デバイス。それは人々が生活するうえで欠かせない媒体機器だ。かつて存在した文明の技術から応用して作られた代物だ。  その中でも大きな力を持つものが〈アークデバイス〉と呼ばれている。  武器にもなり得るそれは主に軍事に関わる者、もしくはそれに準ずる者達しか持てない代物だ。 「なぜ、あんな子どもが……」  リリアの中で大きな疑問が生まれる。  だが、そんなことを考える時間は与えてくれない。 「いっけぇー、アニキィィ!」  エミリーが大きな声を放った。  直後、睨み合っていた両者が大地を蹴る。  振りかぶられる大鎚と機械義手の拳。  二つがぶつかり合うと、直後に空間を飲み込んでしまうかのような霧が溢れ出た。 「うひゃあ!」  思いもしないことに、エミリーは声を上げた。  一緒に飲み込まれたリリアもまた、襲ってきた真っ白な冷気に一瞬だけ目を閉じてしまう。  少し慣れ、周囲に目をやる。  しかし、どんなに見渡しても何もかもが真っ白に染まっていた。  思わずカロル達を探すが、聞こえるのは音だけ。  ハッキリとした位置はわからず、リリアはついつい顔をしかめさせてしまった。 「よくこんな状況で、戦えるわね」  霧に包まれた空間、ほのかに輝く赤と青白い光。  おそらく戦っている二人は、その光を頼りにしているのだろう。 「それにしても、あいつも持っているなんて」  リリアは、カロルの右肩から噴き出していた緋色の片翼を思い出していた。  本来ならば一般人は持つことができないアークデバイス。もし所持していた場合は例外なく没収され、どんな事情があったにしろ逮捕されるのが基本だ。  それは現在、〈音無の狩人〉の一員でなくなったカロルも例外ではない。  だが、例外ではないはずのカロルがその例から漏れている。 「考えるのは後か」  上層部に何か思惑があるのかもしれない。だとしても、それを今考える時間はない。  ならばどうするべきか。  リリアは少しだけ時間を取る。そして、一刻も早く依頼に取りかかってもらうために、一つの決断をした。 「お姉ちゃん――」  小さく息を吐いて、大きく吸い込む。  神に祈りを捧げるように手を合わせ、ゆっくりとまぶたを下ろす。  そして、死んでしまった姉のことを思い、口を開いた。 『〈小さな小さな思い出〉〈それはお姉ちゃんとの思い出〉』 『〈私にとって大切な思い出〉〈忘れられない大切な時間〉』 『〈戻りたい〉〈だけど戻れない〉〈だってもうあなたはいない〉』  紡がれる言葉。  透き通った声と共に、語られるように並べられていく。  どこか悲しみを帯びているそれは、まるで誰かに優しく問いかけているかのようだった。 「あァ、なんだァ?」  響く歌。それにテラミスは怪訝な表情を浮かべた。  感じたことがない暖かさ。だが、その歌はテラミスの心に突き刺さってくる。  まるで優しい母親から叱りつけられているかのような、そんな感覚だった。 「…………」  カロルもまた、似たような感覚に陥っていた。  ただテラミスと違うのは、その顔がどこか苦しそうだったということだ。  身体自体は暖かさに包まれ、力が湧いている。しかし、なぜだかわからないが心の中に秘めている〈何か〉をほじくり返されているような気がした。 「気色悪い歌だぜィ」  テラミスがリリアへ意識を向ける。  それを見た瞬間、カロルは前に立ち塞がった。 「お前の相手は俺だろうが」 「あァ?」 「それとも、怖気づいたか?」  それはとても安易な挑発だった。  だが、今のテラミスにとって十分なものだ。  静かに、秘めていた心の炎を燃え上がらせる。  ゆっくりと、重たい一歩を踏み出すとテラミスは叫んだ。 「てめぇとは違う!」  カロルは何も言い返さない。  ただ向けられる怒りを、真正面から受け入れるだけだ。  しかしそれが、テラミスにとって最大の侮辱だった。 「なんでだィ。なんでてめぇは、そうなったんだァ!」  その言葉は何を意味しているのか、カロルは知っている。  テラミスもわかっているからこそ、投げかける。  だがそれでも、カロルは何も言い返さない。  だからテラミスは、剥き出しにした。 「俺様が憧れたアンタは、どこに行ったんだァ!」  その言葉が、カロルの動きを鈍らせる。  怒りのままに飛びかかったテラミスは、そんなカロルのことなんて気づくことなく大鎚を振り下ろそうとしていた。  カロルは遅れて防御を取ろうとする。しかし脳天に大鎚が振り下ろされるのは、確実だった。 ――いい歌だ。  この声が聞こえるまでは。 「なっ!?」  テラミスが間の抜けた声を上げた。遅れてカロルが認識する。  脳天をかち割ろうとしていた大鎚。それがすっかり消えてなくなっていたのだ。  さらに思いもしないものを目にする。  それは存在しなかった銀色の左翼が、カロルの背中にあったのだ。  テラミスはそれに目を大きくし、口をあんぐりと広げていた。 「ッ――」  カロルはというと、気がつけば右手に力を込めていた。  思いもしなかった好機を逃さず、機械義手の拳を突き出す。  それは見事にテラミスの腹部へと突き刺さった。 「オォオオオォォオオオオオォォォォォッッッ」  ただ力いっぱいに。  ただ何も考えずに。  ねじ込んだ拳を、カロルは振り抜いた。 「ゴオアァァァァァッッッ!!!」  転がっていくテラミス。一体何が起きたのか、わかっていない顔をしていた。  カロルもまた、声がしたペンダントに目を向ける。しかし、ペンダントは何ごともなかったかのように、静かに佇んでいた。 「くそったれがァ……」  強烈な一撃。それを受けたにも関わらず、テラミスは立ち上がろうとしていた。  懸命に、手放してしまった〈アークデバイス〉を手にしようと腕を伸ばしている。  しかし、カロルはその希望の芽を摘んだ。 「こいつは没収だ」  青いガラス玉に戻ったデバイスのコアを、カロルは拾い上げた。  これでテラミスは戦う術を失ったことになる。  だからなのか、テラミスはカロルを強く睨んでいた。 「もう悪さはするなよ」  カロルはそういって去ろうとした。  だが、それをテラミスは許さない。 「待ちやがれィ! まだ勝負は――」 「ついた。だから諦めろ」  切り捨てたような言葉。しかしそれを受けても、テラミスは引き下がろうとしない。 「諦めるか。諦められるか。俺様はなァ、何もかも諦めたてめぇに、負ける訳にはいかないんだよォ!」  カロルは振り返られない。  テラミスがどんなに叫んでも、まっすぐと歩いていく。  テラミスは、その背中を掴もうと腕を伸ばしていた。  だが、どんなに腕を伸ばしても届かない。  いつしか空間を覆っていた霧は晴れる。そこには倒れているテラミスと、戻ってくるカロルの姿があった。

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