219 【 オスピア再び 】

 結局大豆袋を被ったまま、オスピアは立派な建物に入っていった。  といってもここは地下。外見が立派というより、入り口がといった方が良いだろう。  目の前には|更紗《さらさ》のようなレリーフが彫られた、青く輝く金属扉。その前には黒い厚手の服に赤銅色の重厚な|全身鎧《フルプレイト》を纏った大男が二人立っていた。  微動だにしないので置物のようにも見えるが、面壁から見える瞳は鋭くこちらを睨んでいる。  いや、どう見ても怪しいのはそこの大豆袋だろう。  なかなかにものものしいが、それ以上に兵装には少し違和感を覚える。  この世界の鎧は中世的だ。形の話ではなく色の話である。爆撃などを考えないせいだろうか、それぞれ国ごとに特徴的なカラーをしている。隠ぺい、隠密などとは正反対。遠目にも目立ち、尚且つ所属が判る。  だからここがハルタール帝国の所属であれば、立っている兵士はハルタールの兵装をしているはずだろう。  だがこの赤胴色は明らかに違う。  中はかなり大きなホールだった。  壁と床は石垣を漆喰で固めたような材質で、天井は緩やかな丸みを帯びたタイル張り。  左右正面共に入って来たと同じ扉が3つずつ配置され、その前にはやはり入り口と同じ歩哨が二人だ。  見た目からは一切の差異が無く、この先もこの調子なら絶対に迷う自信がある。  壁に設置された明かりは思ったよりも強く、それを天井のタイルで反射させている。おかげで地下だというのに結構明るいのはありがたい。 「こちらだの」  広いには広いが、歩哨と扉以外に何もない部屋。そこを小さな大豆袋がスタスタと歩いていく。  誰か一人くらい突っ込めよと思うが、周囲の人間は一切動じていない。  この世界に来てから文化の違いと負うものを色々と肌で感じて来たが、これもそういったものなのだろうか。  右奥の部屋の先は長い廊下。途中で一か所左右に分岐していたが、その先は入り口と同じ扉に歩哨。そして進行先は袋小路で同じ扉と歩哨が2名。迷路かここは。  しかし、中に入るとそこは普通の応接室だった。  レースのカバーが欠けられた四角い机を挟むように、高級そうな革張りのソファが二つ。  外と違い床には絨毯が敷かれており、壁際には花が飾られている。まあ、造花だが。 「まあ座るがいいの」  そう言うと、ようやく大豆袋を外す。  今更オスピアである事を確認するまでもない。本人の体よりも長い金色の髪は幾本もの三つ編みにされ、体の周りに巻かれていた。しかし他に纏っていると言えば紐のような白いパンツに同じく白いニーソックス。 「薄着だな」 「さほどの問題は無かろうの」  互いに向かい合わせにソファに座ると、珍しくエヴィアが茶を入れる。  口がモグモグと動いているところを見ると、食べ物も置いてあったのだろう。俺の前には出されなかったところを見ると、全部喰ったなコイツ。  まあ、それはいい。それより―― 「ここはいったいどういった施設なんだ? どうもそちらの国の施設とも思えないが」 「そう警戒するな。ここは銀行だの」  目の前に出された茶には見向きもせず、真っ直ぐに射抜くような目でこちらを見ながらオスピアが答える。 「銀行? いや預金に来た覚えは無いが」 「ここはいわば中立、公的でありながら非公式な席であるの。何も問題はあるまい」  いや意味が分からない。 「要は、何処にも所属していない自由利用の施設かな。下の階層には貸金庫なんかもあるかな。もちろん無人だよ」  茶を入れ終え、横に座ったエヴィアの補足が入るが……まあ今一つ分からない点もあるが、大事な事はハルタールの施設ではなくここを選んだという意味だ。  まだ俺という存在事態が秘匿と考えて良いのだろう。  そして同時に思う。ここの近くで俺を下ろしたという事は……リッツェルネールめ、オスピアに気が付いていたな。 (エヴィア、テルティルト……魔力に反応するもの、魔力で動く機械。それらを全て確認してくれ) 〈 問題無いわよ。魔王が考えている様なものはないわねー 〉  少し考えすぎだったか。ただ相手が相手だけにな、警戒しすぎて損は無い。 「さて、では改めて何をしに来たか説明してもらおうかの。まさか観光でもあるまいて」  まあ確かに時間は有限だ。細かな事は魔人に任せて良いだろう。こちらはこちらの仕事をするだけだ。 「事前に魔人を通して説明した通りだ。人類との和平を望む。これは魔王と結ぶ平和じゃない。人が自分で平和を選ぶんだ。その為の手助けをして欲しい」 「詳しく聞かせてもらおうかの……」   •     ◇     ◇ 「そうか……」  全てを話し終えた時、オスピアは静かに目を閉じそう呟いた。 「それを、よく魔人が承諾したの」 「この決定は誰からも影響を受けていないかな。純粋に魔王の意思だから、魔人は誰も反対できないよ」 「だそうだ。これはもう決定事項と思ってくれていい。あとは実現に向けてどう話を|纏《まと》めるかを決めるだけさ」 「揺り籠……それにムーオスか。お主がかの国を滅ぼさんとする理由は分かった。それが不可欠であることもの。今後発生する損害についても受諾するしかあるまい。でなければ、亡ぶといわれている様なものだからの」 「まあ、滅ぼすのは俺じゃないけどな。このままでは、いずれ人類は滅ぶ。人類自身の手でね」  いや、もちろん星の寿命とかを考えればいつかは絶対にそうなるのだが、これは別の話だ。  魔族が相手と言い訳しながらも、あれだけの兵器を作り、そして使ってしまった。  人の命を使う、放射能汚染などないクリーンな大量殺戮兵器。それは人類同士の戦争では封印されるだろうか? 否だ。  揺り籠が――いや、やがてそれを遥かに越える強力な兵器がこの星を焼くだろう。  だが開発国であるムーオスを滅ぼしても、やがてどこかが同じものを作る。兵器開発競争は終わらない。これもまた確定だろう……しかしそれはあくまで、そのやがてをのんびり待つのならばの話だ。  それまでに、確定的な平和への道筋を立ててしまえばいい。  もちろん簡単ではないし、世の中100パーセントなどという事は無い。いつかどこかで綻びは生まれるかもしれない。  しかしそれでも、限りなく低くすることは出来るだろう。 「それを、リッツェルネールとは話し合わぬのか?」 「彼が承諾すると思いますか?」 「有り得ぬ話ではない……が、可能性は低いの。計画が悪いわけでも、お主の信頼が足りない訳でもない。だが社会が承諾しないであろう。そして奴は、その社会の耳目に敏感である。それ故に……」  今までは真剣な表情であったオスピアだが、今は少し面白そうな表情を浮かべている。  少々いたずらっ子の様だ。もしかしたらろくでもない事を思い浮かんだのかもしれない。  ちょっと聞いてみたかったが、 「……いや、そちらはまあ良いとしようの。それよりもだ――」  話をの方向を先に変えられてしまった。 「結局のところ、お主が死んでは全てご破算だの。以前にも話したが、このまま隠棲してはどうかの? 単刀直入に言えば、リッツェルネールの案の方が現実味は高い。お主の考えは……」 「夢想に過ぎるかな? いつかマリッカに言われたことがあるよ。魔族領に引きこもり、人類と出来レースをしながら共存しろと。その協力をするともね」 「それもまた良かったのではないかの? 確かに時間をおけば、新たな揺り籠が開発されよう。魔族領やムーオスの跡地にも投入されよう。だが、それでどうにかなるものではないと、お主は証明した。魔族は強い。それは今や、人類の誰もが認めておる。刺激しないという名目でこれ以上の大規模戦は抑えられる。違うかの?」 「いや、正しいよ。だけど最初に話した通りだ。俺はその案に乗る気はない。俺が目指すのは、恒久的な平和なのだからね」  オスピアは茶を飲みながら考え込んでいるようだった。  数万年の間、人類社会を影で守り続けてきた人間だ。今回の事に対する想いも、並々ならぬものがあるだろう。 「まあよかろう。お主とリッツェルネール、どちらの案が実現するにせよ、ハルタールは全面的に協力しようの。だがお主が死んだ時点でどちらの案も消滅である。理解せよ」 「言われるまでもないよ。ああ、そうだ……マリッカの現在位置は分かるかい? これが終わったら、ちょっと彼女に頼みごとがあったんだよ。中央入りしたと報告は受けているけど、こっちには来たのかい?」 「ああ、来たの。だがまあ、昨日の夜の内に魔族領へと戻った」 「は? なんで? 俺が言っちゃなんだけど、あそこは人間が活動するには結構酷い所だぞ」  オスピアは静かに空になったティーカップを置くと―― 「お主に伝言があってな。まあ、お主の中央入りがもっと早ければマリッカも休めたであろうがの」 「……酷い話だ。でもまあ仕方が無い、俺もすぐに追いかけるよ。魔族領はもう俺の庭みたいなものだからな」 「そこまで魔王の力を使えるようになったか……ではな、最後の魔王よ。我等の出番になったら、再び来ると良いの」  俺は手を振って、オスピアの残る部屋を後にした。《《》》

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78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

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