悪魔 | AGC.1347 35 611 Sp.36
井藤アイ治

「おいっ、クソガキ!」 「なんだよクソオヤジ」 「口の減らないガキめ! ぶっ殺すぞ!」 「じゃあ黙ります」 「黙るガキが一番嫌いだ! 喋れ! 殺すぞ!」 「ばーか!」 「貴様、殺されたいのか!」  時刻は夜、陽が落ちてそれほど経っていないが、西の空は朧気ながら朱色が見えるかどうかと言ったところで、月明かりに頼らなければ周囲の様子は分からない。  フォーレルシュタット南部城門から道なりに進むと、巨大な森林道に辿り着く。さらにしばらく進むと、南のアムー山脈から流れる水を源流とする小さな川がある。  ここに喧しい三人組が慌ててキャンプを設えたのは陽の落ちる少し前で、たき火も急ごしらえらしく、火種の組み方が歪んでいる。  アムー山脈を源流とする小さな川のうち、北側に位置するもののほとんどは北西の秘境、フォーレル大渓谷で交わり、水の流れはそこから更に東西に二分される。西のものはそのままフォーレル大絶壁と呼ばれる海食崖の上から西クラウン大海へと流れる。東に流れるものは細かく分化し、フォーレルシュタットに流れるものもあれば、そのまま北の海に流れるものもある。  喧しい三人組で一番年長なのは、禿頭の男、バーバだった。  次いで、卑屈っぽい笑みを口に浮かべる背の低い青年はニコという。  もっとも目立つのが、禿頭の男に啖呵をきってみせる、金髪の少年ウィリアムである。  にやにやと口角を上げっぱなしのニコがナイフを握り、たき火の上に置かれた鉄板から焼けた肉を刺して取り上げた。 「楽しいですねえ。ウィル君ぐらいなもんですよ、バーバさんにここまで言えるの」  そのまま肉にかぶりつき汁をズボンに飛ばしまくる彼を、バーバは汚いものを見るような目つきで睨んだ。 「貴様も同類だ阿呆め! 気に食わん! ウィリアム、パイプに草を詰めてもってこい!」 「あ、どぞどぞ」 「うむ。いいクソガキだなお前は。……なんだこれは?」 「草を詰めました」 「具体的に何を詰めたか言ってみろ」 「ローズマリー、ナツメグ、セージ」 「肉を焼いたやつだな、このゴミクズめ! パイプがハーブ臭くてかなわん!」  パイプからはたき落としたハーブをたき火に放り込んだバーバの剣幕に、ニコは大笑いしていた。 「くはっ、はっはっは! いや、ハーブって! はっはっは!」 「草のひとつも持ってないのか!」 「身体に悪いですしねぇ……」  バーバはぶつぶつと文句を言いながら、自分でパイプに草を詰めて、魔法で火をつけた。しばらく煙をくゆらせると、バーバは人が変わったように大人しくなる。一息吐くと、バーバはガラス瓶に口をつけ、ワインを歯で漉しながら飲み、オリをぺっと吐き出した。その口のまま、バーバは吐き捨てるように言う。 「こんなに慌ただしくなったのもクソガキのせいなのだ。なにがカモだ。おかげで晩酌と草が遅くなってしまった」 「まったくですよぉ。火起こしも先輩にやらせといて、面の皮が厚いんだから」  血の滴る生焼けの肉に塩をたっぷりふりかけ、生ニンニクと交互にかじる食べ方をしているバーバ。一方のニコは、よく焼いた肉に胡椒をちびちびと乗せ、硬くなった肉をよく噛んでうまみを味わっている。 「よくやったクソガキ! 血を抜け、羽をむしれ! って言ったのは誰でしたっけ」 「知らんな」 「覚えてない」 「……肝臓は仕留めた俺のもんですよね!」 「バカ、三等分だ! 平等にしろ平等に!」 「ひどい後輩だなあ! まったくウィリアム君は!」 「こら! 俺のは焼くんじゃねえ! 勝手に塩を振るな!」 「頼む、やめてくれ! 焼く前に胡椒をすりこみたかった!」  ひとしきり騒ぎ終えた彼らは、宴の片付けをするとちびちびと酒を飲み始める。  塩漬けのタラをかじりながら、バーバは忌々しげにガラスの瓶を振ってウィリアムを睨んだ。 「知恵の回るガキだと思うね。いや、これは大姉さまの入れ知恵か?」 「まあ、そうですね」  聞き慣れない言葉にニコは首をかしげ、ウィリアムに尋ねた。 「大姉さまってなに?」 「知らんのか」 「知らないっすね」 「俺の双子の姉ですよ」 「ああー……。あ?」  納得のゆかないらしいニコは、さらに首をかしげた。 「なぜそんな呼び方を?」 「それは俺も知らない」  ウィリアムも首をかしげたのを見て、バーバは呆れたように頭を振った。 「これだからカスどもはいかん。ここの連中は地聖ヒエロ公などという実在したかも分からん人物などを信仰しているが、そんなものは与太話でしかないのだ」 「というと?」 「処女から子が産まれるはずが……いや、そうではなくてだな……」 「酔ってるね」 「酔ってますね」 「やかましいぞ! 要するに、俺はお前たちやこの国のことなどはこれっぽっちも信用していない! ……だが、大姉さまは別だ。分かるか?」  突然、人が変わったように語りかけたバーバに、二人はうっと呻いた。 「バーバさん、そろそろ草でも」 「酒もまだまだ。ほらこんなに」 「俺は正気だ! このクズどもめ!」  ワインを呷ったバーバは、ぶふうと音を立てて息を吐くと、吐き捨てるように言った。 「これ以上なにも言うまい。要するに、研修期間にかこつけて早期に実戦部隊で働かせている貴様には、本雇用の責任が存在しないという組織規則の穴を見抜いた大姉さまの明晰さを誉めているのだよ」 「ああ、それで旅行に行くとかなんとか言ってたわけかい」 「確かにそう言えって言ったのはアンですね」 「最初で最後の自由意志による国外旅行というわけだ。逃げるならここしかあるまい」 「え、逃げるの?」 「逃げませんよ」 「逃げんだろうな、てめえは。マティアスの顔に泥を塗ることになる!」  ウィリアムは大して表情を変えず、手にしたコップから透明な酒を口に含んだ。 「痛いところを突いてきますね。その通りです」 「はーん、複雑だねえ。……特に、ウィル君はそうだろうね」  ニコの目は同情するように、遠くを見る目つきになった。 「えっ、同情なんてやめてくださいよ! 気持ち悪い!」 「あ、ひでえ! ちょっとかわいそうだなって思ったのに!」  じゃれ合う若者二人を前に、バーバはふうと息を吐いた。 「なんにせよ、大姉さまを大事にするんだな。あれは貴様と違って大成するぞ」 「言われなくとも」 「ふん、口の減らんクソガキめ……」  そう言うと、バーバはごろんと横になった。 「寝る。見張りは二人で交代してやれ」 「あっちに木イチゴが生ってたんですよ」 「まじか。取りに行こうぜ」 「見張りをしろ、ゴミどもめ!」  結局、ニコが見張りをし、ウィリアムが木イチゴを摘みに夜闇の中に飛び込んでいった。  二人が手のひら一杯に収まらないほどの木イチゴを食べながらまた騒ぎ出したので、結局バーバも目を覚まして騒ぎに混じった。  ウィリアムが休暇に入る前の最後の仕事の夜は、こうして過ぎていった。

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