Section.1 焼魚

 大爆発を起こし、燃え盛る船が、黒煙を棚引かせながら落ちていく。 【経験値を52412獲得。Lv.16↑29】 「ぐっ」  急速に変化する体。全身の筋肉、力の巡りを意識して、無理矢理脳に馴染ませる。 「MPはスッカラカンだ、早めに陸地まで辿り着かねば」  空から見た島々の位置を今一度脳裏に浮かべ、最も近いものの方向へと泳ぐ。精神的に相当疲れていたものの、運動能力が著しく上がった月島の体は、猫耳の人間を抱えながらも、グングン水面を進んでゆく。かなり強い潮の流れに負けることなく。  それほど時間をかけることなく、目的の島に到着した。 「はあ、はあ。絶海の孤島だよ」  ずぶ濡れの猫耳人間を地面に下ろし、空を仰ぎ見る月島。  ちょうど昼時、太陽は眩しい。 「脱出は出来たが、これからどうするか……」  好奇心と勢いで連れてきてしまった、眠る猫耳人間の耳を触る。毛で覆われているが、濡れているため、動物特有のフワフワ感はない。  と思えば、すぐに乾き始める。 「速乾性があるのか。そして見た瞬間から気になっていたが、この耳、いったいどんな構造になっている?」  彼は経済学部だが、生物について興味がないわけではない。テレビでやる生物特集などは、子供の頃から目を輝かせて視聴していた。中学の公民で経済に興味を持たなければ、進路においてバイオ系を目指していたかもしれない。  さて、通常の人間の耳は、外耳・中耳・内耳に分かれている。パラボラ状になって音波を集める耳介に、音の増幅を図る外耳道までが外耳。  外耳を通ってきた音波は鼓膜を震わし、その振動が耳小骨を通じて内耳に伝播。耳小骨のある鼓室あたりを中耳と呼ぶ。  内耳に伝えられた音波の振動を、電気信号に変え神経に伝えるのが、蝸牛と呼ばれるカタツムリの殻のような器官。この部分だけは印象に残っている人も多いのではないだろうか。因みに同じく内耳に存在する前庭(有名な三半規管を含む)は、体の平衡感覚を司っている。  よく知らないが、猫の耳も恐らく同様の構造になっているのだろうと月島は考える。問題は、頭の形は人と全く同じに見えるのに、この猫耳人間の耳が頭部の上の方についているという点。  どう考えてもこの位置では、外耳・中耳は大脳を突っ切っていなければならないのだ。 「不思議だなぁ」  外から見ても、何も分からない。  解剖しないと分からない。  月島は、青い海をぼうっと眺める。  遠い目をしながら、見つめる。 「助けられるのは、せいぜい一人だけだったよな」  言い訳するように呟き、小さく笑う。  この子以外は、リスクの名の下に、切り捨てた。 「俺は、クソ野郎だ」 「ああ、間違いなくクソ野郎だ!!」  泣いている女の子の出すような、涙声がした。しかし、どこか聞いたことのある気がする。  振り向けば、見覚えのない12歳くらいの少女が、瞳をうるうる湿らせている。  「誰だこいつ」となるがしかし、彼女のツインテールの根元を締め付ける、重くないのかと心配になるほど大きな大きな|歯車《・・》に、月島は大体察した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇  場所を移動し、島の中にあった小さな泉の前。 「悪かったって。これからはああいう扱い方をしないと誓う。多分」 「誓っといて、多分とはなんだ多分とはっ!?」  ギャーギャー喚く歯車、改め精霊の少女に、「一番大きな魚をやるから」と物量作戦を仕掛ける月島。  太陽の具合からして、時刻は正午から午後一時。ちょうど腹の減るくらいだ。ちょうどいい塩梅の枝に、なんとか捻出したMPで作った魔力糸を引っ付けて、バッタリ遭遇した泉に垂らしてみれば、あっという間に魚が10匹釣れたのだ。  魔力は釣り餌になるらしい。  機嫌取りのために差し出された生魚に対し、精霊少女アグノスは「いらぬわっ」と吠える。 「我の生きる糧は大気中の魔力! 物質なんぞに頼らんでも大丈夫だ!」 「バカな……食い物に釣られない子供の機嫌をどうやって直せと……」 「子供ちゃうわっ!」  失礼極まりない月島の発言に、さらに怒気を強めるアグノス。 「くっ、そんなに怒るか……。なら仕方ない。これからは、お前のことをアグノスと呼んでやろう」  苦渋の決断とも取れる言葉に、アグノスは「へ?」と呆気にとられた顔をして。 「う、うむ……。これからは我を歯車などと呼ぶでないぞ……」  照れたように右側のツインテールを弄りながら、アグノスは怒りの矛を収めた。  ちょろいぞこいつ、と月島はほくそ笑む。この歯車は子供扱いされたくないようだし、今度地雷を踏んだら大人のレディ扱いしてやればいいな! と、すぐさま次回以降やらかした時の計画を立てた。 「さて、取った魚はどう食えばいいか。生で食べるのはちょっとなあ……」  ステータスを開き、残り100254のSPで取得出来る能力一覧を眺める。「火魔法」や「料理」みたいな役立ちそうなもの。 「あっ。『燃焼』がある。これでいこう」  SPを100支払い、取得。 「なあアグノス」 「う、うむ?」  名前で呼ばれるのが嬉しいのか、応えるアグノスの口元は歪みを抑えきれていない。なぜそんなに喜ぶのか、月島には理解出来ないが。 「ワタを抜きたいから、精霊とう……」 「断る」  途端に無表情になり、小さな掌で拒絶の壁を作り出すアグノス。 「人は斬っても平気な癖に?」 「気持ち的にNGだ」  結局月島は、さらにSPを5支払って「魔包丁」という能力を取得。すでにMPは回復してきている。魔力で構成した刃渡り20センチほどの包丁で魚を捌き、乾いた枝に「燃焼」で作り出した種火を着け、息を吹きかけ大きくしていく。 「アグノスが食べないなら、10匹も捕まえる必要はなかったよなぁ……」  火炙りにされる魚は、徐々にいい匂いを放ち始めた。無論、自分に害を及ぼしそうな外敵がいるならやめといたほうがいい行為。でも小さな島だし、人間を襲うような肉食動物は出ないだろと楽観的になりながら、鼻歌のリズムに合わせて魚の串をクルクル回す月島。  その後ろ。  ピクッと、眠る猫耳人間の鼻頭が動いた。目を覚まし、ゆったりと上体を起こす。目をクシクシと掻いたのち、辺りを見回して。 「ここは……」  彼女の視線は、楽しそうに魚を焼く月島に向いた。火を見て、瞳孔が開く。  目が見開かれる。 「ひっ」 「ん? 起きたのか?」  反射的に後退る、猫耳の少女。辺りを見回す。  燃え盛る家。  嗤う天使族。  慟哭を上げる、奴隷仲間たち。  などは視界に映らない。 「……そんな絶望に満ちたような顔して、何があった?」  見下ろす男に、自分に対する悪意や敵意は感じない。攫われたのではなかったのかと、訝しる猫耳の少女。  一先ず冷静になって、彼女は正面を見据えてみる。 「助けて、くれたのですか?」 「結果だけ鑑みれば、そうだと思う」  月島の答えの、歯切れは悪い。たまたま遭遇して、興味を持ったから連れてきたようなものなのだから。助けたと面と向かって言い切れるほど、あれは誇れる動機ではなかった。 「そう、ですか……」  しかしこの少女に、安心感を供与することは出来たようだと安堵する。  頬の緊張感が緩むとともに。  グゥと、彼女の腹が一鳴きしたからだ。  顔を赤らめ、恥ずかしそうにお腹を抑える猫耳の少女に、月島は手に持つちょうどいい焼き加減の魚を見る。  そして、差し出した。 「食うか?」

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9pt

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