機械仕掛けの便利屋さん | 第1章 便利屋さんはトラブルメーカー
笹野葉ななつ

第1話 人々に愛される便利屋さん

「くっさぁー!」  青空が広がる昼下がり。綿あめのような大きな雲が一つ流れていく中で、品のない言葉が大声で放たれた。  大昔に作られた用水路。それは王国〈ヴェクトルン〉で暮らす人々の生活に欠かせないものであり、同時に忘れ去られた歴史をも甦らせてくれるロマンあふれる代物でもある。  しかし、生活に使っていれば当然汚れてしまう。だからこそ、人々は気持ちよく過ごすために、月に一度ほど掃除をしているのだ。  カラフルな屋根がせっせとドブさらいをしている人々を眺めている。入り組んだ街道と立ち並ぶレンガ造りの建物が、古さと妙な新しさを感じさせた。  遠くには王国建国時に作られた王城がある。ポツポツと存在する木々が揺れる中、オーバーオールを着た青髪の少女が「もぉー、やだぁー」と叫んだ。 「コラ、サボるな。親父に言いつけるぞ」  天を仰ぎ、流れる白い雲を見つめている青髪の少女に、一人の男が覇気のない言葉で叱りつけた。  黒髪と首から下げた琥珀色のペンダントを揺らし、せっせとヘドロをすくい上げていく。体力があるからか、その顔には疲労の色はあまりない。 「アニキぃ~、それだけはご勘弁をぉぉ」  青髪の少女が懇願するようにしがみつく。とても作業の邪魔になる行為だ。若干面倒臭そうな顔をするが、男は作業の手を止めなかった。  普段から鍛えているためか、男の身体は筋肉質だった。程よく、いやモデルにしても遜色がないほどの身体つきである。  しかし、その右腕はどこか異彩を放っていた。  ガチャン、と小さな音を上げている。剥き出しになっている配線や接続部位、そして銀色に輝くフレームが人のものでないことを示していた。 「おい、便利屋! 早く仕事を終わらせないと金はやらんぞ!」 「うっせぇ! 今すぐ終わらせるから待ってろ!」 「便利屋のおっちゃん。後でシミュレーターで格ゲーやろうぜ!」 「いい根性だなクソガキ。ボッコボコにしてやんよ!」 「べんりやさん、ツケの支払いはまだぁ~? 三ヶ月も溜まっているんだけどぉ~」 「絶対に払うからもうちょい待って! 一生のお願いだから!」  男はいろんな人々に声をかけられる。そんな中、青髪の少女は男に抱きついた。  人々の前で泣きながら、ただ必死に訴えるという暴挙に出る。 「お頭にチクリは、チクリだけは勘弁をぉぉ!」 「うるせぇ、さっさとやりやがれ! じゃねーとバイト代はなしだ」 「ひ、ひどい! うら若き乙女の身体をしゃぶりにしゃぶり尽くした後はポイするだなんて。アニキの、アニキのひとでなしぃぃ!」 「誰が人でなしだ! 俺から借金しておいて何言ってやがる。人権を訴えんなら払うもん払ってからにしろ!」 「べんりやさん、それアンタにも言えることだけど?」 「必ず返すから待っててくだせぇ!」 「うぅ、こうなれば身体で全ての支払いを――」 「そうか、わかってくれたか。じゃあ手を動かそうか、エミリー」 「ひどい! アタシってそんな軽い女だったのね!」 「ダァァッ、しつけぇんだよ! とっとと仕事しやがれ!」  エミリーと呼ばれた青髪の少女は、目をうるうるとさせながら男に訴えていた。  だが男はただイラつくだけで、取り合おうとしない。むしろ機械義手となっている右手を拳にして震わせていた。 「お、やってるな」  賑やかにドブさらいをサボっていると、誰かがやってきた。  男は顔を右へ向ける。するとそこには、青果店を営む兄貴が立っていた。 「どうしたんすか? 今回の当番でしたっけ?」 「いいや。ちょっとお前に用事があるって人が来てな」 「俺に用事?」 「ああ、とびきりのかわいい女の子だ」  その言葉に、エミリーが真っ先に反応した。  思わず「まさか、アニキっ」とわざとらしく驚いて茶々を入れてくる。  男はそんな反応に少し苛ついたのか、左手を拳にして無言でエミリーの頭にゲンコツを入れた。 「うぅ、ひどい。アニキがまさか、こんな暴力男だったなんて。アタシ、傷ついた!」 「今度は右でゲンコツしようか?」 「ひどいひどいひどい! こんな奴に、アタシの心が奪われただなんて! もう最悪よっ」 「よし、わかった。その脳天をかち割ってやるから覚悟しやがれ」 「相変わらず仲がいいな、お前ら」  青果店の兄貴は朗らかに笑いながら、後ろへと顔を向けた。  合わせるように視線を向けると、そこには見覚えのある制服を来た少女が立っていた。 「セシア……!?」  揺れる茶髪。  あどけなさが残る顔。  見覚えのある勝ち気な瞳。  漆黒のスーツに身を包んだ華奢な身体。  それは、あの時から色褪せない姿でもあった。 「あなたが、カロル・パフォーマンですね」  男は返事ができない。だがどうにか答えようと、首を縦に振る。  それを見た少女は、冷たい目で男を見下ろす。  恨んでいるのか、それとも違う感情が籠もっているのか。どちらにしても瞳には怖い色を宿していた。 「私はリリア。少しお話があります。よろしいでしょうか?」 ◆◇◆◇◆◇◆ 「話ってなんだ?」  ドブさらいを一時中断して、カロルはリリアと向き合っていた。  リリアと名乗った少女は、機嫌が悪いのかずっとカロルを睨みつけている。 「もしかしてもしかして、アニキに愛の告白を――」 「てめぇは黙ってろ」  同じように仕事を中断したエミリーは、黄色い声を上げていた。  なぜ、こいつはこんなにも色恋沙汰に繋げたがる。カロルは心の中で苛立ちながら、リリアの言葉を待った。 「一つは仕事のこと。もう一つは――いえ、それは関係ないですね」 「いいから早くしてくれ。仕事の話なら、なおさらだろ?」  リリアはその言葉に、顔をしかめさせた。  さらに不機嫌になったのか、今度はそっぽを向いたように顔を逸らす。  そんな応対にカロルは大きなため息を吐いた。 「わーった、お前は黙っててもいい。俺が勝手に当てる」  カロルはそういって、リリアの目の前に立つ。  リリアはというと、睨んだようにただジッと見つめていた。 「まず依頼人からだ。その制服を見る限り、ラウジーさんのところから来たんだろ? 用件はそうだな、いつものことなら〈音無の狩人〉だと対応に困ることだ」 「…………」 「っで、その内容。それはおそらく、俺の後始末に関わること。それはつまり、セシアとも関係する。違うか?」  カロルの言葉に、リリアは目を大きくしていた。  まるで信じられないものでもみているかのような目でもある。  カロルはそんなリリアを見て、息を吐き出した。 「もっと感情を抑えろ。できなきゃ気取れ。どんなに私情が関わってても、悟られないようにしなきゃ仕事にならねぇぞ?」  リリアはその言葉を受けると、顔を怒りに染めた。  勢いよく立ち上がり、カロルに迫る。 「あなたはどうなんですか!」  感情を剥き出しにした言葉。それをぶつけながら、リリアはカロルの胸ぐらを両手で掴んだ。 「あなたのせいで、姉は死んだ。あなたが私情に走っていたから、姉は巻き込まれた。あなたがもっとしっかりしていれば、お姉ちゃんは生きていた!」  その怒りを、カロルはただ受け止めていた。  言い訳をせず、ただただ怒りを一身に受けていた。 「お姉ちゃんは、どうして死ななきゃならなかったの? あなたが、なんで生きているの?  教えてよ、カロル・パフォーマン。返してよ、お姉ちゃんを!」  訴える顔は涙でグチャグチャになっていた。  カロルはわかっていた。いずれこういう日が来ることを。  だからその怒りを甘んじて受け入れる。 「あのー、二人だけの世界に入っているところ非常に申し訳ないんだけどさ」 「なんだ?」 「アタシね、そろそろバイトの時間なの」 「あぁ?」 「アニキは知っているでしょ! アタシ、こう見えてもカフェ〈ド・ナウ〉の看板娘なんだよ! だからシフトインに遅れる訳にはいかないんだからっ」  カロルは頭を抱えた。エミリーの空気の読まなさに、ただ呆れていた。  だが、エミリーにとって一大事であることには変わりない。  リリアに申し訳なさを覚えつつ、カロルは仕方なくエミリーへ返事をした。 「とっとと行ってこい」 「へい、わかりました!」  ビシッと敬礼して去っていくエミリー。  トタトタと駆けていく後ろ姿を何気なく見送り、視線をリリアに戻す。  するとリリアは、恥ずかしさを覚えたのか頬をほのかに赤く染めていた。 「悪い奴じゃないんだ。ただちょっと、空気が読めない」 「そうですか」  なんだか気まずい空気が流れる。  カロルは若干エミリーのことを恨んだ。ひとまずこの空気をどうにかするために、話題を変えることにした。 「それで、今回の頼みたいことってなんだ?」 「え? ええっと、それは――」 「まさか忘れた訳じゃないよな?」 「なな、何を言っているんですか! ちゃーんと覚えてますよ!」  なんだか怪しい。そう感じていると、リリアは置いていたカバンを漁り出す。  一生懸命に「これじゃない、これでもない」と呟いている。そんな姿を見て、カロルはかつて所属していた組織のことが心配になった。 「あった、これだ!」  何かを見つけたリリアは、すぐにカロルへと振り返りある封筒を渡した。  もはやツッコミを入れる気にもなれないカロルは、何も言わずに受け取る。 「何々? 『王都で起きた死亡事故に関して』だと?」 「詳しい内容は読んでいてだければわかります。ただ、あなたが言った通りに、これは姉が死んだ事件に関わると我々機関は見ています」 「待て待て。ただの事故なら繋がりなんてないだろ?」 「ええ、ただの事故でしたらね」  引っかかりを覚える言葉だった。  カロルは思わずリリアを見つめる。するとリリアは、カロルに対してある事実を口にした。 「事故で死んだ人物。それは〈ウロボロス〉の構成員です。名前はオーロット。かつてあなたと姉が追っていた男ですよ」  それは、カロルにとって思いもしない情報であった。

ブックマーク

この作品の評価

46pt

Loading...