Section.8 厄介

(なあ歯車)  召喚という名の拉致をされてから初めての朝食後。死合があると言われた時間の一時間前でもある。 「なんだ。というか歯車と呼ぶな馬鹿者。アグノスだ」  不機嫌そうにカタカタ回る歯車のことなど気にも留めず、月島は念話を続ける。 (お前、俺からどのくらい離れられる) 「いくらでも」 (この部屋から出られるか) 「もちろんだ」 (素晴らしい。なら)  便利過ぎる、運が良過ぎるなと思いつつ。  鋭い視線を、歯車に向ける月島。 (偵察を、頼まれてくれるか?) ◇◇◇◇◇◇◇◇◇  たった今、ここの職員と思われる二人を殺した月島に、「こっちだ」と歯車は声がける。 (外に出るだけなら、今の俺のレベルでも問題ないんだな?) 「ああ。ここの職員は大した戦闘力を持っていない。関門となりうるのは天使族だ。強さにばらつきはもちろんあるが、そもそもの基本性能が人間より高い。だが見回りに奴らはいない」 (なるほど。あの睡眠のマジックと囚人部屋の硬さに自信があるんだろうな)  走りながら角を曲がろうとしたところで、月島の眉がピクリと動く。 「精霊刀」  そう呟くと、歯車が黄緑色に光る小太刀のような何かになって、月島の手元に収まった。スキルのレベルが2に上がったからか、先ほど太った男を下した時より少し大きくなっている。  角を過ぎると、案の定職員がいた。止まることなく、月島は相手二人の急所を掻っ切る。 【経験値を462獲得。Lv.7↑8】  そのまま走り去ろうとしたところで、月島の足がピタリと止まる。刀から歯車に戻った精霊は、怪訝な声を出す。 「おいどうした」 (なんてことだ)  事切れる職員が運んでいた担架の上で、頭から猫のような耳を生やす、ちびっこい人間が眠っていた。瞠目する月島。あの天使族の羽のように、作り物とは思えない。 (耳の接合部とかどうなってるんだ? 尻尾もある。完全な二足方向のようだからバランスをとるのにいらないはずなのに、どうして? 知的好奇心が尽きない) 「後にしろ、今はそれどころでは」 (歯車) 「だから我はアグノス……」 (こいつ、連れてくぞ) 「ええっ!?」  気負うことなく、自分の興味のみを優先して猫耳人間を背負い始める月島に、歯車の精霊は驚愕を隠すことが出来ない。 (よし行くか)  人さらい月島は、また走り出す。  この拉致施設の、出口に向かって。 =========  その死合が終わったのち、名目上はこの施設のリーダーとなっている、閑職に飛ばされた中年の天使は相好を崩す。 「いいじゃないか。実験番号580071。ようやくマシなのが出てきたと言える」  ともに監視に当たっている、エリートの若い研修天使に対して、上機嫌に話しかけた。が、そちらは難しげな顔をしている。 「どうしたシャガ。何か気になる点でも?」 「……長官。580071の使った、あの能力はご存知ですか?」 「む……鑑定持ちでないから推測になるが、大方『霊剣』あたりではないか」 「『霊剣』……」  自らの内包する魔力を放出して剣を型作り、武器とする能力。下位互換に「魔包丁」などの能力がある。  この世界の者には滅多に発現しない……いないわけではない……有用なもの。初見で対応は難しい。  そして確かに、580071は相手に攻撃する際、虚空から剣状の何かを作り出していた。 「見た所、それに類する能力ではありますが……」  根拠は何もない。だが若い天使、シャガは言いようのない不安を覚えていた。  あれは、「霊剣」よりも厄介なものを持ってしまったのではないか。  異世界人だ。こちらが制御しきれない能力を持ってしまった可能性は、否定出来ない。  だがやはり、根拠はないのだ。彼への警戒に必要以上にリソースを割くわけにはいかない。  シャガはそう、結論づけるものの。 「どういうわけか、ヒドい胸騒ぎがしますね……」  睡眠の魔法で眠り、死合場から運ばれていく580071の姿を見ながら、若い天使は思案げに俯いた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「大変です長官!」  白い陶器のような色合いをした肌が特徴である天人族の男が、自らのリーダーの元へと急ぎ報告に行く。死合の監視ののち、長官室で書類整理をしていた中年の天使は、「どうした?」と部下に目配せした。 「この施設が立って5年、漸く捨て駒以上には役に立てそうな異世界人のことを上に伝えることが出来るのだが」 「それが、長官……」  言いにくいのか、頭の整理が出来ていないのか、天人族の男は些か間を置いた後。長官が眉を|顰《ひそ》めるのに敏感に反応し、困惑したように喋り出す。 「実験番号580071を運んでいたはずの職員2名に、異世界人育成に充てがうはずだった劣等種の運搬員2名までもが……異世界人の隔離区画の廊下で死亡しており……」  ガタッと立ち上がる長官に、天人族はさらに続ける。 「しかも、580071及び劣等種は姿を消しました、逃亡した模様です」  報告が終わるのを待つことなく、冷や汗を流す長官は部屋の扉に向かう。 「現場はどこだ! 案内しろっ」 「は、はい」  血相を変えて廊下をずんずん進む長官の様子に、すれ違う下級の職員たちは怯える。ただ事ではなさそうだ。  彼らは身を縮こませながら、粛々と持ち場での仕事を再開する。 「こちらです」 「なっこれは……」  久々に見た血溜まりの殺害現場に、長官は息を呑む。若い頃には見慣れた光景だったが、小さな失態で左遷されてからすでに15年経ち。戦いの場に立つことのなくなった彼にとっては、ショッキングなものだった。  深呼吸しながら目を瞑り、ささくれる気持ちを|均《なら》してから、長官は死体の観察を始める。  鋭利な刃物で切られたような死人たちの傷口に、彼はハッとなる。先ほど観戦した死合で580071が使った、「霊剣」と思われる能力。  長官は悟る。脱走を企てられたのだと。  初の経験だった。どうすれば良いか、上手く頭が働かない。そもそもどうやって、あの結構なコストがかかる睡眠魔道具の効果を解除せしめたというのか。  自分でも一度かけられれば、己の力のみでは解除不可能なのだ。  この世界に来て日が浅い連中になど、到底レジスト出来るものではない。 「580071担当の天使は何をやっていたのだ」  脱走を図りそうな異世界人には、天使族特有の能力を使って洗脳するようマニュアル化されていたはずだった。洗脳されていないということは、担当天使がサボっていたか、あるいは一切の脱走の素振りを見せなかったかだ。  前者ならこちらの落ち度だが、後者なら。 「とんでもない奴を召喚してしまったことになる……」  そのまま、劣等種の運搬員の永眠場所へも連れて行ってもらう。死体の様相からして、間違いなく同一犯。  しかし、この場に連れられていたはずの劣等種がいないということは、580071にさらわれたということ。狙いが分からない。あの異世界人のための経験値用の劣等種を起こしたにしろ眠らせたままにしろ、連れるのは脱走の邪魔になるのは間違いないからだ。  人質になるとでも考えたのか? 「だが好都合、なはずだ」  脱走させるわけにはいかない。初の脱走者を出すわけにはいかない。  失態を犯すわけにはいかない。  長官にはつい最近、子供が生まれたばかりだ。この施設の「名目上の長官」など、吹けば飛ぶような地位でしかない。自分の薄給がこれ以上減らされるような事態は、絶対に避けるべきだ。  焦る。彼は、焦りに焦っている。  出入り口は三つ。脱走者は、どこに向かっているのか。どこで彷徨っているのか。  まずは。長官は頭を回す。  やはりここから一番近いところ。自分を案内してくれた天人族には、残りの二つの出入り口も警戒してもらえるよう、駐在している天使に呼びかけてもらって……。 「え?」  突然、自らの身を襲う虚脱感。体からあっという間に力が抜けていき、中年天使は弱々しく膝をつく。  首から噴き出す、大量の血。同時に倒れる部下の天人族。  彼の薄れゆく意識に、背後からの声がじんわり響く。 「殺害現場にわざわざ犯人が残ってるなんて、思わなかっただろう?」

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