Section.7 急転

(なあ歯車) 「なんだ月島。というか歯車はやめろ。我にはアグノスという名がある」 (どうしてあの羽の生えた奴は、俺、あるいは俺たちを、こんなところに閉じ込めているんだと思う?)  どん底メンタルから回復した月島は、ベッドの上で柔軟しながら柔らかくなった体に感動しつつ、そもそもの根本的な疑問を念話で相談し始める。「そうだな……」とカタカタ回る歯車のアグノス。 「推測の話になるが」 (構わない) 「羽の生えた奴は恐らく天使族。飛ぶことが出来たり、感情や思考を一定程度は操作出来たりする、スペックでは普通の人間の上位互換みたいな存在だ」 (マジか。俺も操られていたりするか?) 「いや、その痕跡はない。というか操られていることを疑えている時点で操られていない証拠になる。彼らの感情・思考操作は『気づかぬうちに侵食されている』というほど完璧なものではない」 (そうか。操られてそうだったら言ってくれ) 「うむ。そのくらい解いてやろう」 (解けるのか)  天使らしい能力。だが絶望するほどとんでもないものというわけでもないらしい。この胡散臭い歯車のいうことが正しければ、だが。  自分だけで抵抗可能かとか持続時間だとか、天使同士で操れるのかなど疑問は尽きないが、一先ず保留する。 「この天使族は魔神族と、人間界を巡って争っている。大まかに言えば、天使族は人間の信仰を、魔神族は人間の恐怖を狙ってだ。詳しい内実は分からないが。多分、お前のような異世界人を召喚している目的は、この戦争に関わっているのではないかと考えられる」 (なぜ異世界人を?) 「スキリングと呼ばれる儀式によって、珍しく、強力な能力を発現することが多いからだ。スキリング自体は一般的なもので、この世界の住民なら10歳になれば誰でも受けられる。だがそれで素晴らしく有用な能力が出てくるということは、ない」 (だが異世界人にはあると?) 「そうだ。尤も、失敗することも多いがね。失敗すれば、体が弾け飛ぶ。発現する能力に、体が耐えきれないんだ」 (ここの住民がそうなることは?) 「ない」 (なるほど。つまりこの世界の住民は、体が爆発するような能力が出ないよう安全装置みたいなのが生来施されているが、別の世界の人間にはそれがない結果ハイリスクでも能力ガチャが出来る) 「そういうことだ。天使族は死んでも心と懐の痛まない異世界人を拉致して、強い能力を持った使える尖兵集めをしているのだろうと思う。言ってて気分は良くならないがね」  へぇ、この胡散臭い歯車、人の心があるんだなと、月島は念話に出てこないよう思考の隅に止める一方、胡散臭い歯車の話すことに矛盾や綻びがないか粗探しを始める。しかし、まともにこの部屋以外のことを知らない彼には、建設的な識別を行うことは極めて困難だ。  歯車の言葉に今のところ不備はなさそうだと早々に結論づけ、またベッドに寝転がった瞬間。 /元気かい?/  という通信が入る。 「何の用だ? また戦わせるのか?」 /はは。いきなりそんな稠密スケジュールを背負わせたりしないさ。食事の用意が出来たから、伝えようかと思ってね/ 「は?」  月島が疑問符をあげると同時に、ちょうど左手が向いている側壁に穴が空いて、肉、サラダ、パン、スープという簡素な献立の乗ったプレートが差し出される。 /それが、夕食という扱いになる。十二時間後に朝食が出てきて、その二時間後にまた戦闘という運びになる。いいね?/ 「良くはない」  プツンと通信は切れた。嘆息しながら、食事に手をつけ始める。  次は勝てるだろうか。  半日と少し後に迫った次なる死合。負ければ死ぬ。  だが相手について何も知らない以上、今出来るのは「精霊刀」の確認と精神の調整くらいだ。必要以上に不安になって本番動きが鈍れば、それこそ敗北して死ぬだろう。  フッと余裕を持たせるように無理矢理笑いながら、月島はパンを齧った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇  眼窩から、脳に不定形の刃を突きつけられた太った男が、絶命する。  一面に広がる湿地帯に架けられた遊歩道の上で、月島は「生き残れた」と呟いた。  その湿地帯は、凍っていた。たった今殺した太った男の能力によって、死合開始直後に瞬く間に冷やされたのだ。  細身の月島にとってはある程度幅のある遊歩道でも、相手にとってはそうじゃなかった。落ちても困らない足場を作るための策だったのだろうと月島は考えている。  足元が凍らされ、尋常じゃない冷気が発されるようになった結果、周囲の気温は急激に下がっていった。このままでは動きが鈍る。短期決戦しかあるまいと決意する月島。  どのように戦うか、思考を巡らす。  初手として湿地帯を凍らせる時、太った男は水面に触れていた。恐らく、直接触らないと物を凍らせられないのだろう。ならば出来る限り近づきたくはない。  氷細工には誰だってなりたくはない。  しかし、月島の能力「精霊刀」は、Lv.1では小さめな果物ナイフほどのものしか出せなかった。これを届かせるには、相手に触れられる距離までは近づく必要がある。さらに悪いことに、相手の首にまとわりつく重厚な脂肪のせいで、頸動脈を一度に断ち切るのは難しいのだ。  考えている間にも、相手は自分に接触するため、ドスドス足をふみ鳴らしながらこちらに向かってくる。無論ただの追いかけっこなら月島に圧倒的に有利だろう。しかしこの寒い中、すでにマイナス3℃にはなっているだろうか、すぐに体力は尽きてしまうだろう。  そこまで追い詰められれば終わりだ。相手が寒さに強ければ、だが。太った男の自滅に賭けるのは、少々危険のように思われる。  一先ず、体力を失わないよう闘牛士方式で回避し続けるかと足捌きを始めた途端、月島は信じられない思いで自らの脚部を見る。  軽過ぎるのだ。  彼は、重力が地球の六分の一だという月面にでも降り立った気分になる。いとも簡単に太った男を避けることが出来たが、今まででは考えられないほど体が軽い分、動き過ぎることに対する危惧を抱く。  身体能力の制御に気をとられながらも、後ろに通り過ぎていく相手の背中を蹴りバランスを崩させて。  前のめりに倒れた相手がこちらに振り向く瞬間に、骨に大きな穴が空いている目へと、小さな精霊刀を突き立てた。 【経験値を82獲得。Lv.3↑4】 【精霊刀Lv.1↑2】 「うむ。見事だな」  今は刀を象っている歯車から送られる賛辞に、心の中で(ありがとう)と返す月島。 (で、頼まれた仕事はやってくれたか?) 「上々だ。|今のお前でも《・・・・・・》|問題ないだろう《・・・・・・・》」  ニヤリと笑い、掛けられる睡眠の魔術に身を委ね。  目を覚ましたのは、あの息の詰まりそうな個室でなく。  死合場と囚人部屋の間。 「サンキュー歯車」  精霊により覚醒した月島は、精霊刀を振りかぶり、眠る自分を運んでいた2名の首を掻っ切った。驚愕の表情を晒しながら、血を吹き出しつつ倒れる彼ら。 【経験値を523獲得。Lv.4↑7】 「だから歯車はやめろ。我の名はアグノスだ」  カタカタ自らを震わしながら、抗議の意を表明する歯車の精霊。 「じゃあ、ま、早速だが」  月島は、獰猛に口元を歪ませながら。 「脱獄と、行きますか」  低い声で、宣言した。

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9pt

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