4.偽装

「こん畜生!」曹長が呪いの声を噛み潰した。 『SVDじゃ間に合いません!』〝ホテル2〟の声に苦虫。  AK-47をベースにしたSVDことドラグノフ狙撃銃では、タイアでも撃ち抜かなければ軽装甲輸送車ティーグルを確実に止めることはできない。 「RPGだ!」曹長に即断。  RPG-7なら、威嚇の効果は相応に見込める。「ティーグルの鼻先にくれてやれ!」 『〝ホテル1〟へ!』回線に鋭く声。『こちら〝ゴルフ2〟、目標から眼を離すな! RPGはこっちで拾う!』 「頼む!」〝ホテル1〟の暗視装置が正面入口、正門へと加速するティーグルを追う。「距離100メートル!」  床へ伏せて覗かせる暗視装置、その向こうからティーグル。それが2輌。宵闇に紛れる黒をヘッド・ライトでかなぐり捨てて、なりふり構わず加速中。  と、頭上に気配が兆す。視界の右端、特徴的な弾頭に続くより細い発射筒、RPG-7のシルエット。 『受け取れ!』  銃把に右手、スコープに右眼。捉える――ティーグル、その鼻面――からやや前方。  迫る。正門。その寸前――へ照準もそこそこに引き鉄。力。  反動の代わりに盛大な噴射炎――を背後へ残してロケット弾が飛翔する。その軌跡が延びる先、正門の門扉――やや向こう。  突き立つ。弾頭。アスファルト。成形炸薬が成して火柱、ティーグルの正面を照らし出す。  つんのめる。ティーグル。急制動。タイアが地面に悲鳴を刻む--そこへ。  追突。後続。鉄が哭く。  軸線がブレる。2台で〝く〟の字。突き上げられて前車の尻、グリップを失い流れて横へ。  傾ぐ。押し出されて尻が回り込む。前へ。勢い余って後車が突き抜け――、  激突。正門。門扉がひしぎ――そこで勢いが底をつく。 『生きてますかね!?』隣、〝ゴルフ2〟からSVDを受け取った〝ホテル2〟が構えを直す。 「会心の寸止めだぞ」苦く〝ホテル1〟。「そこまで面倒みてられるか。無茶な突入かます方が悪い――曹長!」 『ティーグルは!?』省けるものを省き切った曹長の問い。 「止めました!!」応じて〝ホテル1〟。「2輌とも正門に激突!!」 『生存者は!?』 「向こうに訊いて下さい!」暗視装置の倍率を上げつつ〝ホテル1〟。「先頭車がこっちへ尻を向けてます。後続は横っ腹! 封じ込めますか?」 『中身は逃がせ!』曹長から即答。『ティーグルをかっぱらう!』 「は!?」〝ホテル1〟の声がすっぽ抜けた。 『忘れたか!?』畳みかけて曹長。『第1分隊だ! 警察の包囲を突っ切って救出するぞ!!』 『中のSWATを片付けるのが先だろう』無線端末の向こうで声が苦る。 「足を潰しちゃ意味がない」返しつつ曹長が構えてAK-47、壁に張り付き階段を下りる。「SWATの位置をよこせ。見てるのは知ってる」 『察しがいいな』小さく声に笑い。『指揮下に入るか?』 「馬鹿ぬかせ」一蹴。「生き残りたきゃ早くしろ。時間が惜しい」 『SWATは来客ブースから公開スタジオ入り口へ引きずり込んだ』応じて声。『袋のネズミになる気はないらしいが、引き下がるほど素直でもないな』 「ゴリ押しで?」 『人質がいるからな』 「なら館内放送ででも教えてやれ」曹長から知恵。「ついさっき増援は吹っ飛ばした」 『逆上させるのがオチだ』つまらなそうに声。 「続きがある」曹長が噛んで含めるように、「生き残りはこっちの狙撃兵が狙ってる。突入してきた連中が投降するなら助けてやる」 『軍が出てくるぞ』うそ寒そうに声が笑う。 「最初からそのつもりだろうに」曹長が噛みついた。「今さら何言ってやがる」 『盛大に討ち死にするつもりだとしたら?』 「だったら後生大事に人質抱えてたりするか」曹長が断じる。「逃げる気があるならとっとと手を貸せ。こっちは自殺志願の与太に構ってるほどヒマじゃない」 『いいだろう』声がひとまず退いて、『館内放送。館内放送。公開スタジオ前のSWAT、投降しろ。増援は来ない。繰り返す、増援は来ない。現在、狙撃兵に増援を狙わせている。諸君が投降しなければ撃ち殺す。10秒待つ』  一方的に言い放って――銃声に変化。 『戦闘停止。繰り返す、』館内放送に優しげな声が乗る。『戦闘を停止しろ』  銃声が――途絶えた。  壁沿い、曹長が前へ。沈黙の数秒――の間に入り口を2つ通り越す。公開スタジオ入り口手前、角から向こうを狙うゲリラが2名。  一方が曹長に眼だけを向けた。曹長は銃口を逸らして左の掌。 『本当に?』無線端末、ゲリラの口に合わせて、『信じるんですか?』 『今のところはな』声にも緩みはない。『手間を省いてくれるうちは付き合うさ。SWATの武装解除は連中にやらせろ』 「小間使いじゃないぞ」無線端末へ曹長が抗議。「〝任せる〟ぐらい言え」 『だ、そうだ』声に苦笑。『〝任せる〟。これでいいか?』 「〝フォックストロット〟、〝ゴルフ〟、今どこだ?」 『もう追い付きます』応答は〝フォックストロット1〟から。 『よし、』館内放送に表面ばかり穏やかな声。『SWATが手を挙げた。武装を解除、丁重にな』 「こっちの仕事だと思いやがって」曹長は背後の〝エコー2〟に指招き、「SWATの武装を解除する。手伝え」 『曹長』回線に女。 「手短にしてくれ」曹長が背後、姿を見せた〝フォックストロット〟へ手招き一つ、「デリケートな作業に入る」 『事態はもっとデリケートです』女が低く、『CNNに』 「ニュースに?」曹長の声が思わず尖る。 『本国からのメッセージです。有志連合軍に動きが出たと』 「平和維持軍が?」曹長が手信号、後続の4人にSWATを任せ、「いや、そんなニュースを大々的に?」 『符丁です。イエロゥストーン国立公園のオオタカ――いえ、』そこで女が思い直して、『これ以上は洩れると厄介ですね。直接お話できますか?』 「〝フォックストロット〟の2人を迎えにやる」曹長が指示。「降りてきてくれ。その間に眼の前の仕事を片付ける」 「イエロゥストーン国立公園?」顔を合わせるなり、曹長は女へ問いを投げた。 「解説を?」女が顔をしかめつつ、「その余裕が?」 「……済まん、本題から外れた」曹長が小さくかぶりを振りつつ、「こっちは何て答えてやればいい? 明日の天気でも話してやるのか?」 『茶化さないで下さ……』 「こっちは大真面目だ」語尾を叩き斬って曹長。「国境上空に張り付かれたら、救援どころの話じゃなくなる」 「少なくとも、」女がこめかみへ指。「時間がないのは確かですね」 「救援要請を急がなきゃならん」曹長が腕組み、「少なくとも、第1分隊の救出前に」 「どうやって?」女が眉に疑問符。 「本国は、」曹長が一言。「衛星から視てるんじゃないのか?」 「警察のヘリも見てますよ」苦く女。 「あァくそ、そうだな……」曹長がヘルメットを指で小突く。「……なら、こっちも放送で勝負だ」 「放送ですか!?」女の声が飛んだ。「我々が!?」 「プロならいる」すかさず曹長。「保護目標が。放送設備も眼と鼻の先にある。救援を呼ぶんだ――今ここから」 「――怪しまれないように」女が考えながら、「カモフラージュが要りますね」 「緊急事態でも怪しまれない話、か――」曹長に思案顔。「どのみちゲリラには亡命宣言させるとして――、」 「警察が」女が腰に手。「第1分隊を押さえに走りますよ、それ」 「……他に材料は?」曹長がさらに頭を回す。「例えばだな――符丁じゃ何て言ってやることになってる?」 「〝野良犬〟」 「いま大っぴらに出す単語じゃないな――ならこうだ、」曹長から指一本。「ゲリラに勝利宣言を出させる。我々を制圧したことにすれば」 「冗談でしょう!?」女が疑わしげに傾げて首。 「まあ落ち着け」曹長が掌を見せつつ、「連中に亡命宣言を出させる布石にもなる」 「有志連合軍が足を速めてきますよ!?」 「本国にも緊急事態だってことは伝わる。あとは〝野良犬〟のフレーズを入れれば言うことはない」 「で?」女が怒りの言葉を噛み潰す。「我々は人質役で出演ですか?」 「落ち着け。今は、」曹長が女の胸元へ指鉄砲。「第1分隊とゲリラは別勢力ってことで印象づけるに限る。つまりゲリラを健在だと思わせなきゃならんのさ」 「連中が」女が声を潜めて、「こちらの思い通りに動くとでも?」 「忘れてないか?」曹長の片頬に苦笑い。「SWATを撃退したのはゲリラ――つまりここにいる我々さ」  曹長が指で招いて一つ、〝エコー2〟と女を連れて公開スタジオ、その中へ。  入り口脇に館内電話、さらに並んで番号表。受話器を手に取った曹長は主調整室の番号を叩く。 「主調整室へ。こちら〝エコー1〟、聞こえるか?」 『聞いてるよ』応じて声。『おかげで手間が省けた。礼を言う』 「礼節は行動で示してもらおうか」曹長が声を突き返す。「タダ働きは主義じゃない」 『現金な性分だな』 「衣食もなしで礼節を語る輩には、」曹長の口調に皮肉の色。「だいたい裏があるからな」 『なるほど突撃馬鹿じゃないわけだ』声も得心を覗かせる。『で、何が望みだ?』 「機材を貸せ。スタッフもだ」曹長から単刀直入、「放送をぶち上げる」 『我々に』声が訝る。『操り人形になれと?』 「その心配は要らん」断言。「〝出演〟はこっちでやる。リハーサルの時間が惜しい」 『我々のフリで?』声がはっきり疑いを向ける。『そいつが罠でない保証はどこに?』 「その気なら、」曹長が叩き返して、「こんな回りくどい手なんざ使うかよ」 『皆殺し?』 「後腐れがないだろう?」 『――いいだろう』溜め息混じりに声。『奥の第1スタジオだ。案内させる』  視界内、スタジオ入り口でゲリラが無線端末に傾けて耳。眼だけを曹長へ向けて――手招き。 「行くぞ」迷いも見せず、曹長が通路へ。  女は〝エコー2〟と眼を見合わせ――半拍遅れて後を追う。 「人質交換!?」女が声を尖らせた。 「人聞きが悪いな」正面、ゲリラのリーダは山賊の頭目さながらに、「互いの信頼を補うだけだ」 「まあ確かに、」曹長は頷き一つ、「さっきまでの敵に命を預けるとなりゃ、保険の一つも欲しくなって当然か」 「話が早いな」頭目の片頬に獰猛な笑み。「そちらも損ばかりではないと思うが?」 「どういうことですか?」女がひそめて眉。 「例えば君の」頭目が顎を女へ向けて、「身の安全をどう保証するかな?」 「つまり、」曹長が女へ眼を向けて、「彼女が人質になると?」 「私が!?」女が自らへ向けて指。 「簡単な話だ」頭目は顎を撫でながら、「放送はそっちの手でやりたい。一方で、警察へ向ける戦力は多いに越したことはない。あんたなら、人員をどう配するね?」 「なるほど、」曹長は顎を掻きつつ、「つまり、放送には彼女一人で当たるのが妥当ってわけか」 「曹長!?」女が歯を剥いた。 「こいつは理詰めの話でね」頭目が眼に知性を覗かせて、「で、ここからは親切心で言うんだが」  女は頭目を一睨み――して口をつぐんだ。曹長へ眼を向け――て理を悟る。腕組み、曹長から一つ頷き。 「いいでしょう」女は苦い事実を呑み下しつつ、「親切心というのは?」 「俺を前線へ連れて行け」 「もう一人」すかさず曹長。「どうせなら射手をもう一人よこせ」 「ああ、そういう計算もあるな」頭目が察して笑みを浮かべる。「放送が済めば、あとは人質と我々を退去させることもできるというわけだ」 「どういうことです!?」女の声が尖りを帯びる。 「文字通りの意味さ」曹長が軽くすくめて肩。「オスプレイの最大乗員は25名。保護目標10名とゲリラ10名、見張りには〝ゴルフ〟と〝ホテル〟の計4名、あとは君だ」  曹長が眼を女へ向ける。「いつでも放送局を空にできるとなれば、選択肢も拡がるというわけだよ」 「あなた達は!?」女の声が険を乗せて曹長へ。 「第1分隊と次の便に乗るとするさ――」曹長に澄まし顔。「――その時は。まあ、うまく引き上げられることを願うがね」 「これを!?」女が心底から嫌そうに、「このマスクを!?」 「贅沢言うな」曹長は抑揚を務めて殺し、「ドジって顔を晒したいか?」  二度三度、女は抗弁を紡ぎかけ――その都度折れてうなだれる。「……何て最低な……!」 「顔を晒してみろ、」諭す曹長もいい顔はしていない。「本当に最低なのは暗殺リストとか手配書に載っちまった時だって嫌でも解るぞ」 「この臭いと埃より?」うんざり顔で女。 「自分の血が匂うよりマシだ」曹長にもあきらめ顔。「俺達の戦場はこういうとこだ。暗殺者の影に一生怯えたいんなら止めないが?」  女は渋い眼線をマスクへ一つ、ヘルメットを外すと勢いに任せて顔までを覆う。

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