ボーイズトーク

 我が懐かしの新兵同期、マークワンことオークのニコラス・オニール。  西海岸のキャンプ・ペンデルトンの近所に住んでいた彼が、どうやってクアンティコの海兵隊士官候補生学校敷地のすぐ近くにシューティング・スクールを構えることができたのか、俺には大きな謎だった。  ポトマック川にちょろちょろと注ぎ込むクアンティコ川を遡ること五キロメートル。この辺りはD.C.やアレクサンドリア、ラングレーからもそんなに離れているわけじゃない。  つまりいい具合の片田舎に落ち着いた居宅を据えたい連中を相手に商売している不動産屋にとっては、喉から手が出るほど欲しい地域だ。  海兵隊はその価値の高い、クアンティコ演習場奥地の二.五キロメートル四方を賃貸に出し、その二週間後にはマークワン・スナイパー・アンド・タクティカル・スクール名義の業者が賃貸契約を結んでいた。二〇一六年七月のことだ。  先にも言ったが、クアンティコはそれほどD.C.やラングレーから離れているわけじゃない。  だからD.C.やラングレー、クアンティコの海兵隊大学に用事があるときは、帰りにマークワンの射撃場へ行って、めっぽう旨いコーヒーを一杯飲むのが俺とレイザーのお約束になっていた。 ◇ 『はーん。相変わらず思い切りがいいと言うか、考えてんのか考えてねぇのか』  スピーカーモードにした平べったいマギ・ホンの向こう側で、訓練同期で今は第三歩兵大隊大隊長の、アイスマンことトッドは呆れた声を上げた。  それを聞いた俺とマークワン、それに新兵同期で今はCIAのアジア担当作戦課員の、ヘルシングことマイケル・ジョセフ・バンデクリフトはそろって苦笑する。  俺たちが座っていたのは、きちんと空調の利いたクラブハウスの隅のほう、丸テーブル代わりに、横倒しにした電線リールの周りだ。  コーヒーはマークワン=ニコラスが手ずから淹れてくれたもの。特殊部隊勤めの連中のうちの何人かは、コーヒーや紅茶の淹れ方が異常に上手くなる。中にはそれで会社を起こしたやつだっている。  奥行き六メートル、幅八メートルほどの店内にはあと二つ同じようなテーブルと、プレートキャリアやマグポーチなんかの装備品を飾った棚、反対側にはカウンターで購入した弾を弾倉に詰めるための長机が置いてあった。  店員はパートタイムのレジ兼電話係のおばちゃん一人と、インストラクターの元リーコンが三人、経営者兼チーフインストラクターのマークワンに、奥さんのサーシャ。今や誰もかれもが顔なじみだ。  懐かしい面々とひとしきり談笑した俺は昨日決めたことを、中佐殿と小隊長たるスパイディ=エディことウェイラー・スミス大尉(そう、彼も昇進していたんだ)にメールで報告しておいた。  どんな反応だったかって?  いやまぁ、みんな同じ反応なんだな、これが。  中佐殿に至っては「確かにお前でもいいとは言ったけどさぁ」と来たもんだ。  なぁ、これってひどくない?  まあいいや、新兵同期の出世頭、アイスマンの話に戻ろう。  俺はアイスマンの反応がちっとも変わってないことが嬉しくて、つい間抜けな声を出しちまった。  相手は中佐への昇進が間近な少佐だっていうのにな。 「へへ」 『褒めてない褒めてない。ちゃんと考えたのか? 士官になるってことはお前の年齢とキャリアじゃ|マジに重大な問題《ビッグ・シリアス・プロブレム》だ。給料だけでもそうだ、特殊部隊勤務の一等軍曹の方が歩兵中尉より給料多いの知ってるだろ?』 「知ってますとも。でも中尉で部隊に戻れば、各種手当と士官割増でその差も埋まる」 『|士官候補生学校《OCS》で一〇週間、|基礎学校《TBS》で六ヶ月、歩兵小隊長を一年。それらをこなしてからじゃないと隊に戻れないんだぞ? あの人喰い女ベンガル虎が、二年近くもお前無しで耐えられると思うか?』 「ヒトの婚約者捕まえてひどいこと言いますね! レイザーはそれぐらいなら我慢するって言ってくれました。全く会えなくなるわけでもないし」 『アフガンのときの騒ぎでお前の評点は下げられたままだ。四八歳で少尉で退役なんて笑えんぞ?』 「そこは中佐殿と上院議員が何とかしてくれるそうで」  そこまで言うと、マギ・ホンの向こうから大きなため息が聞こえてきた。 『マークワン。ヘルシング。こいつ真面目に考えてそうに見えるか?』  俺たちは控えめに吹き出した。  アフガニスタンでドツキ漫才していた頃を思い出す。  店内には金曜夕方の自主練をしに来た将校の卵たちが二~三人と、少佐や大尉が居たが、礼儀正しく無視された。  ここは民間施設であって、軍の施設じゃないからな。 「あー、サー? オラは実にゴッディらしいと思います、サー」 『アーハン?』 「彼の前に道なくして、彼の通るあとにこそ道はあり。其は海兵の征途なり、であります、サー」  マークワンはもう民間人なのに真面目くさって厳かに答え、俺たちはまた爆笑した。  その言葉はリーコンの非公式なモットーで、言う場所とタイミング次第でどうとでも取れる言葉でもある。  つまりマークワンが何を言いたかったかというと、だ。 『心配するだけ無駄だってか?』 「クソ真面目に努力する必要はないんであります。思い切ってやれば、あとは運命の女神様が幸運をケツに突っ込んでくれるんであります、サー」  ブートキャンプで散々聞かされたセリフだが、妻帯者が言うと重みが違う。  これには周りの客もたまらず吹き出した。 『……全く、お前らときたら。そのジョークのセンスは誰に似たんだ?』 「ブートキャンプでふんぞり返ってた白人のブラザーと、アフガニスタンでの小隊長だと思いますよ?」  俺がとぼけて言うとマークワンはまたも吹き出し、机をバンとひとつ叩いた。  ヘルシングは声を上げずに腹を抱え、のけぞって体を震わせていた。 『このやろう。おいジョニー。決めちまったんならしょうがないけどな、マジで真面目に考えろよ。お前ももうそんなに若くない。おまけにお前の相手は長命だ。ホントに、マジで、きちんと、考えてやれ。こないだの作戦もヤバかったっていうじゃないか。あの勝気なレイザーが、俺にまで電話かけてきたんだぞ』 「アイ」 『わかったよ。俺も回せる手があるなら協力してやる』 「恩に着ます。あ、それで早速なんですけど」  ちょっとそこまで、みたいな口調で俺が言うと、アイスマンは失笑した。 『本当に早速だな。なんだ』 「来週末、自分の実家でバーベキューするんですよ。それでミスター・リドリーも来られるんですが、良かったら来てください」  下士官が上官にするお願いは、実質としては命令だ。  おまけにアイスマンと俺は新兵同期だ。  多少気安すぎる気もするが、まぁよかろう。 『わかった。俺も海軍予算審議会の重鎮に顔を合わせといて損はないからな』 「よかった。ありがとう、アイスマン」 『そんじゃあ切るぞ』 「じゃあまた来週。ゴッドスピード、オーバー」 ◇  電話を切った俺は仲間たちと一緒にクスクス笑う。 「いやぁ、彼はちっとも変わりませんねぇ」  とはヘルシング。もともと痩せっぽちだが、海兵で鍛えられたおかげでカタナのように粘り強さと鋭さを感じさせる体つきだ。  尖すぎる目元を和らげるためにかけているちょっと丸っこい眼鏡は、奥さんのケイティが選んだもの。実によく似合っている。   「昔なじみが変わらねってこた、ほんに安心できるもんだで」  マークワンは海兵を辞めてからちょっと太ったようだ。オークはもともとスモウレスラーみたいな体格になるから当然。一六〇キロを超えそうな体格だが、キリング・ハウスをものすごい勢いでクリアリングしていく姿は必見だ。 「これで実はヴィクトリアさんに会わせるために呼んだと知ったら、どんな顔するだろうな」  俺が言うとヘルシングはニヤリとした。  マークワンは逆に神妙な顔をする。   「だどもレイザーのお姉さんも思い切るもんだべな。おめの知り合いから婿探すって、部族にはいい人おらんかったんだべか」 「いや、俺も知り合いに独身の長命種はいませんよつったんだけどな。でも近所の男どもはどれもこれも眼鏡に適わず、白エルフは論外。堕天使や天使も最近の若いのはヒトと寿命が変わらない。だったら独身で将来有望そうな、あんまり若すぎないやつはいないかって」 「それでアイスマンですか」  長机の方で弾倉に弾を詰めていた大尉が肩を落とし、少佐が腕を組んでちょっとほっぺたを膨らませたのが見えた。  すまんね、俺はこれでも人を選ぶんだ。 「お前らもヴィクトリアさんにはびっくりするぞ。深窓のご令嬢って感じなのに、言うことやること、海兵もびっくりだ。アイスマンとは気が合うと思うんだよ。それに、新進気鋭の少佐殿がいつまでも独身ってのは、ちょっと」 「ああ見えて女が苦手だものなぁ、アイスマン」 「でもヴィクトリアさんもそんなに結婚に焦るような年じゃないでしょう。なんでまた今のタイミングで」  ヘルシングの疑問に俺はニヤリとしただけで、言葉は返さなかった。  いくら相手がCIAでも、何でもかんでもしゃべるほど俺の口は軽くない。  いや、実のところは俺とレイザーを見てて、義姉さんも旦那が欲しくなったってだけなんだがな。  人が動く理由なんて、案外そんなもんだ。

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この作品の評価

124pt

かわいい……みんなかわいい……

2019.09.05 09:36

榊亮

2

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ああ、ついにお二人が結婚! 13年もなんと一途なこと!(笑)

2019.08.16 15:37

機人レンジ

1

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