逃げたかった

 それからの道程に関して、彼らに特筆すべき出来事は起こらなかった。  一行はブルークを出てから四日を移動に費やした。その間、トゥワール、アムーという小さな町で夜を過ごしたこともあれば、野宿を行ったこともあった。  野宿の際は、マティアス、ウィリアム、アンネは代わる代わる見張りを行った。青少年らが夜間に起きていることに関して、彼らは何ら問題にすることはなかった。  四人は二百と四十キロほどを移動して、四日目の昼頃にフォーレルシュタットに辿り着いた。  フォーレルシュタットという、国家としての一面も持つ広大な城塞都市は、西方の大きな湾岸を城壁でぐるりと囲み、広大な土地と海域を領土として保有している。この豊かな土壌は彼ら三人を含め、一万六千人を育んでおり、その数は上昇の兆しを見せている。また、それを許す領土の大きさは半径七キロほどに及ぶ。この都市が発生した経緯や産業、地理、特色などは、フォーレルシュタットの住民の人格形成などに大きく影響を与えているのだが、ここでは、彼らが議論好き――議論の如何によって彼らが自らの主張を変えることはほとんどない――であること、保守的であること、衆愚の一員と認められることをよしとしないことを記憶に留め置かれたい。  さて、彼らが直面した当座の問題は、この都市の住民として登録を受けていない人間を、移住させる目的で連れてきたことである。しかし、これはさして大きな問題ではない。もしもこれが観光であったならば、推測される外資の取り入れが利潤であるし、また、そもそもこの城塞都市は通常の移民を厳しく受容しないというわけではない。このユイという少女に関して、関所を通り抜けさせるということは、目的が観光であろうと移住であろうと、どちらにせよ容易なことではなかったのである。  馬車が開いている城門に近づくと、番所の男が詰め所からのそりと現れた。彼らが馬車から降りると、男は笑顔を見せて会釈した。しかし、その視線はマティアスだけに向いていた。それ以外にはフードを目深に被ったユイをちらりと見ただけで、なるべく他のものを写したくない様子であった。会話の対象をマティアスのみに据えたのである。四人の中で彼だけが大人であったことを考慮しても、その態度は自国民に対するものにしてはあまりに冷たいものだといえた。 「こんにちは、マティアスさん。お早いお帰りでしたね」 「ああ。少し予定が早まった。入国の手続きをしたい。それと、移民の申請だ」  マティアスがそう言うと、男は一瞬だけ、分かりやすく眉根を寄せた。彼自身もそれに気づいたらしく、すぐに口を開いた。 「……移民の申請ですね。しかし、まずはあなた方の入国手続きが先です。奥へどうぞ」  結論から言えば、彼らは帰郷のため、あるいは一時入国のための手続きを果たすことができた。しかし、問題なのは移民手続きの方である。  四人は入国手続きを終え、係の男に連れられて、専用の詰め所の前にやってきた。  係の男は扉を開け、入室を促した。  そして、当然のように入ろうとするウィリアムとアンネを見て、慌てたように声をかけた。「入室は保護者だけが許されている。君たちはそこの談話室で待っていなさい」  間髪入れず、ウィリアムが口を開いた。 「保護者は俺たちだ」  強い口調であった。 「まあ、そういうことよ。どちらかといえば付き添いは先生のほう」 「……詳しくは中で。とりあえず、二人とも入っていい」  当然だろう、とばかりにウィリアムは足止めをした男から顔を背け、部屋に入っていった。アンネもそれを追いかける。  男は苦々しくその背中を見て、小さく舌打ちをした。

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